その9 田舎にも賊はでる!
護衛対象を麦農園から引き離す都合で早めに米農園に移動になった。
次の村に着いたが、米の収穫にはまだ早かった。
稲穂は金色に輝いているように見えるが、農園主からは『あと7日程待て』と言われて今の所は暇だ。
まあ、護衛対象のジンを早く移動させる為にこういう事態になったのだけれども、こちらとしては休暇が手に入ったようなものだ。ジンの監視はしてるけど。
昼寝ばかりする訳にも行かないので、雑用と刈り取りの準備はちゃんとする。直ぐ終わったけれど。
「何食べる?」
「辛い物が食べたいなあ。皆と一緒では食えない超辛い奴!」
「そういって残しちゃ駄目よ〜見栄はっちゃって」
「ココも挑戦しなよ、美味いぜ」
「や〜よ、アタシはグルメなんだから」
暇なので彼女とデートする時間は簡単に作れた。
家を離れ、職場を移動しながらの生活は不自由が多い。たまには娯楽が必要だ。
後発隊が来るのに備えての買い出しにかこつけて、商店街をココとふたりで回った。
洋服屋にも寄った。試着して微笑むココは綺麗だった。
『買ってあげようか?』と言ったら、
『欲しいけれども、荷物が大きくなるのでやめておくわ』と言っていた。
農地や現場を転々とする我々ならでわの事情。
それでもココと二人の時間は嬉しかった。
ただ、ジンには見られないように気を使う。
流石に『壮絶な彼女との別れ』をしたジンの目の前でいちゃつくのは無理だ。そこまで無神経じゃない。
そんな時事件は起きた。
山に竹の切り出しに行ったジンが襲われた!
山賊とも街道の強盗とも見える2人組に襲われたのだ。
ジンの悲痛な声が響く!
散らばって作業していた俺達は悲鳴の主を目がけて走った。倒れてるジン、応戦する同僚(監視仲間)
俺達は賊を取り囲んだ。
なんてことだ、昼間は安全かと思っていたら不意をつかれた。どちらかと言えばジンの逃走だけを心配していたのがマズかったか。狙われる理由が解らない。
賊は鎧は無く刀だけをもっていた。
見た目を信じるなら騎士や傭兵ではなく、ゴロツキか盗賊。
賊は強そうに見えるが、俺達も強い。
薮でナタと竹しかもってないジンが物取りに襲われる訳が無い、どう考えてもジンに生きていてもらうと都合の悪い奴の仕業だ。
ジン達を助けに来た俺達から賊は逃げようとする。逃げる直前にもう一度ジンに切り掛かるが、させはしない!俺は奴らの剣を弾く、剣は久しぶりだが野良仕事で力は益々強くなっている。
逃げられると思うなよ!こう見えて俺達は精鋭揃いだ。
ジンとは友達ではないが奴には思う所が有る、ジンを傷つけられた怒りで賊をなぶり倒す!今は殺しはしない!ナタの背の方で賊を殴る、賊の戦闘意欲が無くなっても何度も叩き付ける。そして賊は失神して動かなくなった。
横たわるジンは意識が無い。
右手も無い。
急いでジンの傷を止血の為に縛り上げて農園主の小屋まで運び込む。
賊も縛り上げ、目も口も塞ぎ連行する。
大急ぎでジンの治療にあたるが出血が酷すぎる。
右手が肘から先が無い、左手も骨まで届く刀傷がある。とっさに両手で頭を庇ったんだろう。それでも額まで刃が届いた、生きてるのは運が良かったに過ぎない。助かるんだろうか?
「みんな、ジンを押さえて!暴れるから離すなよ!」
仲間の1人が煙が出る程に焼いたナタを右手の切り口に押当てた!
「ぐああああああああっ、ああああああああああ!」
ジンが痛みで目を覚ます!
出血を止めるにはこれしか無い。
焼き肉の匂いが広がるが、これは人肉の焼ける匂いだ。
押当てたナタが冷えると、新たな焼きナタが渡され再び切り口を焼く!
「ひああああああああ、うがああああああああ!」
部屋中にジンの叫びが響く。見ていて痛々しすぎる。
そしてまた気絶する。
気絶して静かになったら頭と左腕を糸で縫う。無理矢理の止血だ。
あとは、ジンの生命力に賭けるしかない・・・・
怪我が消える魔法なんて有りはしない。
俺達は憎い賊を叩き起こした。
揺すって起こすなんてしない、棒で叩いて起こす。
「おい!名前を言え!」
「・・・・・」
殴る。
「名前を言え!」
「・・・・・」
何度も尋問するが答える気がないらしい。素直に言う訳ないか。
「どうする?」
「物取りの訳が無い。ジンを狙ったのは確かだ」
「何処かの兵か傭兵かあるいは冒険者かもしれん。問題は依頼主が誰かという事だ」
身分を表す物は持ってないし、農園の者もこいつを知らないと言った。
だが、意外な所から身元が出た。
「んんん? ワタルじゃないの」
俺の彼女が知っていた。
賊に対するココはいつもよりガラが悪い。
「知ってるわよ。こいつの名前も実家も、こいつの大好きな妹ちゃんの住所もね。ついでに所属してるギルドも知ってるわよ」
途端に賊がが目を伏せる。
「こいつに聞くより妹連行した方が早いわね。容赦いらないわ、ジンを斬ったんですもの。案内するから馬借りて来て!」
「待ってくれ!妹は関係ないだろう」
「は?話す気無い奴が何言ってんのさ。話さないんだったら、依頼者への警告として、他に仕事を受ける人が出ないように見せしめとして、両親と兄弟は処刑に決まってんじゃない。ワタル、そう言えば彼女とは結婚したの?結婚したんだったら親族として処刑ね。まあ妹拷問すれば解るか」
ココはやはり恐い女だ。このまま暴走させていいものか悩むが、賊には酷い目にあって欲しいとも思っていたのでそのまま任せる事にした。
怒らせると恐いが味方なら頼もしい。
「お願いだ、見逃してくれ・・・・・・」
「は?なにいってんの。もうアンタは詰んだんだよ。
ジンに手を出した時点でアンタは終わったんだよ。
一度だけ聞くよ、喋る?喋らない?」
そして
「30秒考えな」
彼女は何故か30秒の時間をあげた。
だが、彼女は他の仲間にワタルの実家や妹やワタルの嫁(?)の住所を教え出す。
その光景にワタルは完全降伏した。
1人が堕ちればもう1人の賊も簡単に堕ちた。所属ギルドがバレてるならもう突き止められるのは時間の問題。ワタルが堕ちてるなら自分だけが口を閉じてもどうにもならない。
賊はギルドから派遣されて来た。
ギルドが誰から受けたのかは知らない。ただ、ちらりと見た代理人の姿から相当な名家なのだろうと。恐らくは表面上は立派な家だろう、中身は真っ黒だが。
依頼はジンの殺害。
しかも、死んだ事が世間に知れるように行うというのが条件。行方不明とかでは駄目だと。
ギルドか。
『黒い仕事』にはだいたいギルドが絡んでいる。
表立っては違法な事はしない事になってるが、殺人、強盗、誘拐、商売の嫌がらせの代行、借金取りとろくなものではない。『白い仕事』だけであんなに財が成せるなんてありえない。
ギルドには国でも手を焼いている。
正式な逮捕をしても向こうは闇討ちで報復して来るのだ。
山菜薬草取りの村から『ギルドの若い衆が山を荒らす』と苦情を受けてギルドに対応すればその村は『何故か』野盗に襲撃され何人も殺された。その後村は絶え、ギルドの縄張りになった。素人採取だから品種間違いも多くギルドの薬は質が悪い。だが、薬屋にも圧力をかけるからギルド側は平気だ。そして貴重な植物は絶滅したし、山は荒れた。
ギルドに害獣刈りで人夫を頼めばすぐ死にそうな奴を送って来て『死んだのはお前らのせいだ、金寄越せ』と大金をふんだくる。つらい仕事はしない。だから農園の人夫出しも国でやっている。
婦女誘拐しての人身売買はギルドの仕業で、他地域のギルドと繋がって販売網を確立している。
火事の焼け跡に娘の遺体が見つからないときは大体ギルドが絡んでる。
ギルドは報酬の7割以上をせしめ、冒険者には少ししか渡さない。しかしそれでも冒険者はギルドから離れない。皆『借金』と『弱み』と『上層部の恐怖』で縛られている。
暗殺、人殺しも断れないのが冒険者だ。
そして一度『殺し』をすれば罪の共有でギルドから離れられなくなる。
冒険者が苦しみから抜け出すには『幹部になる』か『脱走』するか『この世を去る』しかない。
軍や警備隊に自首してもギルドの魔の手からは逃げられない。牢の中も安全ではない。
だが、ギルドに加盟する事は悪い事ばかりじゃない。
町で悪事をしてもギルドを恐れて被害者は泣き寝入りしてくれる。強姦、代金踏み倒し、腹いせの暴力。ただ、ギルドのお得意様だけは手を出してはいけない。それは死に直結するからだ。
「ワタルがギルドの冒険者ねえ、やっぱりか。さて、町に戻って妹も調べ上げないとね。あの兄弟はよくつるんで悪い事してたしな、なにか噛んでるかも」
俺は慌てた。彼女に言ってみる。
「妹はとかはいいんじゃないか?あんまり関係ないいんじゃないか」
「あのね、妹もろくな奴じゃないよ。兄と似た様なもん。もうギルドメンバーかもね,いつもワタルとつるんでたし」
そして俺の耳元で小声で、
「私はね、あの女に騙されて『男部屋』にほおりこまれた事が有るんだよ。それであいつは金を貰った。昔から兄の威厳を使って妹もろくでもない事やってたんだよ」
衝撃の内容に耳を疑った!
「あの時私と一緒だった親友は自殺したよ。私はアイツを許しはしない。兄がしくじってくれたお陰で復讐のチャンスが来たんだ。絶対逃がしはしない」
そう言い残し彼女はほかの仲間と二人で馬を走らせた。
俺は呆然と見送った。
暫くして、彼女の報告でジンの為の軍医が派遣されて来たが、彼女は帰ってこなかった。
彼女は任務から外れたのだろうか?軍医には医療助手の女性職員がついてきた。
その娘からココの手紙を渡される。
親愛なるカイへ
今までの2年間ありがとう。私みたいな女には過ぎた幸せでした。
正直に告白するとジンと付き合いたく無いばっかりにカイに近づいたの。気付いてた?
見えるように貴方と付き合えばジンも私に興味を持たないだろうし、打算で貴方の彼女になったの。本当に悪い事をしたと思ってる。許される事ではないけれど謝らせて欲しい。本当にごめんなさい。
どうせ私は幸せになれる様な女じゃない、汚れきった身体の醜い女。カイの側に相応しい女じゃない。
カイはもっといい人が似合うわ。あなたモテるのよ?私が付きまとっていたから他の娘が近寄らなかっただけ。カイから口説けば結構イケるわよ。でも、エイルだけはおすすめしないわ。あの娘は金の亡者よ、苦労するから。どうしてもってなら止めないけれど。
カイの日焼けした顔と腕は男らしくて好きだったわ。もう見れないなんて残念。
最後のデート楽しかった。
やはりカイは素敵な人。
もっと一緒に居たかった。
いままで騙しててご免なさい、お別れしましょう。
カイはもっと素敵な人が居る筈です。
さようならカイ。
ココ・1023