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第三十夜 応報

 明治の初め、北海道であったことです。


 場所は万一にも差しさわりがあるといけないんで、石狩川の上流のある村落、とだけ申しておきましょう。


 札幌や小樽よりは少し開拓が遅かったところです。


 まだ道路ができていないので、その頃は人の移動や物資の運搬など、川を舟でいくのがふつうでした。


 石狩川はいま長さでいうと日本で第三位ですか、それでも旭川あたりより上流になると、ずっと川幅がせまくなります。


 そのせまくなってる流域で、ある日、舟がぶつかってしまったんですね。


 おまえがよけろ、おまえこそよけろっていってるうちに、衝突してしまった。


 岩の多い場所だったんでしょう、衝突した勢いでさらに舟が岩にぶつかって破損し、それでまたおまえが悪い、おまえこそって、喧嘩になりました。


 いまなんか比べものにならないくらい、みんな気が荒かった時代です。


 なにせ、ヒグマは我がもの顔で出没するし、冬は雪が積もるわ寒いわで、大自然の中で暮らすっていっても、ゆるくありませんからね。生き伸びるのに必死だった。


 そのふたりをAとB、とします。


 Aが、Bをドンと押した。


 するとBはそのはずみにひっくり返って、運が悪いことに頭を打ったんですね。


 血がどんどん出てきたのでさすがに慌てたAは、Bの額にきつく鉢巻をしまして出血を防ぎ、それからより破損の少なかったじぶんの舟でもって、急いでじぶんの住む村落まで行って女房にBを介抱させました。


 この顛末は、すぐ村落中に広まりました。Bの住む村落からはまもなく、年老いた母親がBの幼い子供をつれて、やってきた。女房は北海道にきてまもなく、体調を崩して死んでしまっていた。


 喧嘩両成敗というが、AはなんともないのにBは大怪我をしている。


 Aはなんらかの形で償うべきだろうと、みな口々にいいあっていたところ、数日後に憐れBは死んでしまったそうです。


 今はの際にBは、Aの謝罪を受け入れ、


「俺はもう駄目かもしらんが、そうだとしたって、あんたの命で償ってもらったっても仕方ない。俺が悪かったことにするから、その代わりに婆さんと子供の面倒をしっかり見てほしい。それでいっさい恨まんよ」


 筆硯を持ってこさせてその旨をしたためると、まもなく死にました。


 しばらくの間、Aは神妙にしておりました。


 Bの遺族にはまとまった金を払い、ことあるごとに顔を出して食べ物を与え、病気になったとなれば薬を渡し、医者を呼んで……と、しっかり約束を守っていました。


 ですが、一年もたつとだんだん疎かになってきて、まる二年が過ぎてからは、全くBの家を訪れることが絶えてなくなりました。


 Bの老母には生活力がありませんでしたから日に日に困窮してきて、Aになんとかしてほしいと何度も頼んだのですが、Aはもうじゅうぶん償ったじゃないかといって取り合いません。


 思い余って郡役所に訴えると、Aが呼び出されることになりました。


 でも、老母の期待とはうらはらに、Aが提出したBの遺書が決め手となって扶養の義務はいっさいないとの裁定がくだりました。


 そうです。Bみずから非を認めているので、無罪のAに賠償責任はない……と、こうなってしまったわけです。


 絶望したBの老母が子供に手をかけ、みずからも頸をくくったのは、それからまもなくのことでした。


 Aが死んだのは、さらに数年後のことです。


 酒を飲んで、家人が危ないからやめろというのも聞かずに舟で移動中、死んでしまったんです。


 はい。岩に頭をぶつけて死んだんです。


 ちょうど、喧嘩になったときにBが頭をぶつけた岩でした。


 翌朝、通りかかった同村の者が見つけたのですが、Aの遺骸にはなぜか手足がなかったそうです。

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