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渾融のパトス  作者: 黒鉛筆
六章 決戦のイペアンスロポス
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六章 決戦のイペアンスロポス 2

 人が寄り付かない場所、放棄された場所というのは、意外と存在している。


 例えば、家主が不在の民家。例えば、事業に失敗し手放された工場。それらはアルコーンにとって絶好の拠点だ。実際、キビシス達がいるここも人間から打ち捨てられた場所だった。

 住宅街から少し離れて位置する洋館。ここは、キビシス達の主人である西園愛が人間であった頃に住んでいた屋敷だ。西園愛が自殺し、それに傷心したという彼女の父が行方をくらました為、未だ西園家に権利がありながら、無人の洋館と化している。


 無論、敵が探りに来ることはあったが、それによって見付かったことはない。


 それは、この洋館に存在する地下室に秘密があった。

 地下室、というより地下金庫と言った方が正確だろう。どうやら西園愛の父は用心深い性格だったようで、隠し扉で封じた地下室に自身の研究資料を秘蔵していたらしい。出奔した際に中にあった物は持ち出したようだが、むしろ隠れ家にするには都合がよかった。

 地下室の存在を知るのは、行方知れずの西園愛の父、既に他界した母、そして西園愛本人を除けば、彼女の父が直接雇っていた建設業者だけで、その業者の存在は家族にしか知らされていなかった。その為、この地下室にイペアンスロポスが辿り着くことは本来不可能である。これは、西園愛の父の慎重な性格がもたらした僥倖と言えよう。


 しかし、このアジトの存在はイペアンスロポス達に掴まれている。それは、


「ちゃんとできたのね、キビシス」

「ああ。しかし、存外難しいものだな。尾行に気付かぬ素振りというのは」


 キビシスが敢えて敵を招き入れたからである。


 駅前での交戦後、撤退したキビシスを一台の自動車が追跡してきた。こちらに気付かれないよう工夫していたようだが、キビシスが誤魔化されることはなかった。そもそも、キビシスが出張ったのは、尾行を誘発する為だったのだから。

 意気揚々と攻めてくるイペアンスロポスを万全の態勢で迎撃する目算である。


 そこに、新たな足音が響く。


「ただいまー。愛、キビシス、今戻ったよ!」


 一対の翼を背負った少年――タラリアである。

 タラリアは西園愛から別命を受け、今まで外に出ていた。


「お帰りなさい、タラリア。ご苦労様」

「これくらいへっちゃらだよ! 友達の頼みだもん」


 無邪気に笑うタラリアに対して、西園愛も無垢な笑みを返す。

 同じ混じり気のない笑顔でも大きな違いがある。タラリアの無邪気さが『友愛』という大きな一つの感情によるものに対し、西園愛のそれは、感情を削ぎ落とした結果だ。

 西園愛は、自らの感情と同じように、キビシス達を切り捨てることに迷わないだろう。


 キビシスにそんな連想を与える笑みのまま、西園愛は歌うように言葉を紡ぐ。


「それじゃあ準備をしましょう。私から相人を遠ざける悪いお客様でも、しっかりとおもてなししてあげないとね」


 涯島相人。主たる西園愛の思い人。キビシスが生き残る為の交渉材料――否。キビシスが生き残る為に乗り越えねばならない最大の障壁。


 キビシスの想定が正しければ、涯島相人は敗北したハルパーを取り込んだことで、西園愛の手によって既に融合していたアルコーン――キュエネーの融合能力を得て、触れただけでアルコーンを滅し得る天敵と化している。

 積極的に害なす姿勢がある以上、あるいは西園愛以上の脅威。


 キビシスは、主の意向に真っ向から対立する己の決意を再度固めた。

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