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3.勘違い ②

 2人はKURAGEに留守番を頼み、天国を出た。どこまでも続く青空と、ふわふわとした白い雲の上を歩いていく。


 つい3日前、不思議な気持ちでここを歩いてきたっけ……なんて思いながら歩いていくと、直径10メートルくらいにぽっかりと開いた穴が見えてきた。下を覗き込むと、霧がかかったようになっていて何も見えない。


「ここから人間界へ行ける。落ちないように、飛び込んだら羽根を広げろ」


「どうやって?」


「多分、説明してもお前には理解できないだろう。だから……」


 ドン、と背中を押される。


 あまりに不意の出来事で、晶はふらついて穴の中に頭から突っ込んだ。


「体で覚えろ」


 そう言い、星斗も穴の中に飛び込んだ。


 体には何の抵抗も感じない。


(何だ……?)


 モヤモヤとした空間を漂っていると、突然視界が開けた。


 真っ青な色。ところどころに浮かぶ白い筋。そして、眼下には宇宙衛星からの映像のような、日本地図……。


 グン、と体に重力がかかった。空気が体中を叩きつける。ゴオオオと耳を劈く轟音。重力に任せて落下する体。


「ぎゃああああっ……」


 叫ぶ声があっという間に青空に消えていく。


「晶、飛べ!」


 星斗の声がするが、あまりの風の強さに目を開けられない。


「背中に力を集中させろ。〝飛ぶ〟イメージを思い浮かべてな」


(飛んだこと無いのに解るかああ!!)


「夢の中でなら飛んだことあるだろう? あんな感じだ」


(どんな感じだ!)


 突っ込みを入れながら、どうにも動かない手足に力を込めてみる。


「手足じゃなくて背中だ」


(背中……)


 背中に意識を集中してみる。そういえば、星斗の翼は綺麗だったなあ……。そんな思いが頭を過ぎる。真っ白に輝いて、優しい光を放っていた。それが鳥のように優雅に、力強く羽ばたいていて……。


 そんな、青空に羽ばたく真っ白な羽根のイメージが、脳に鮮烈に描かれた。同時に、くるりと体が一回転する。


「お、やっぱ頭より体の覚えは早いな」


「え?」


 パチっと目を開けると、目の前で微笑んでいる星斗の姿があった。ファサ、と耳をくすぐる柔らかい感触。


「ん?」


 振り返ると、純白の大きな翼が見えた。顔を逆方向に向けると、そちらにも同じく綺麗な羽根が。


「おおおお! 羽根出た!」


 顔を紅潮させてさけぶ。


「ああ。ギリギリだったけどな」


 そう言われて下を向く。典型的な二階建ての日本家屋の屋根が、足元にあった。つま先が触れるギリギリのところに。今度はサーッと青ざめる。


「ぶ、ぶつかったら死んじゃうじゃん!」


「もう死んでるだろ。ま、その前に助けてやろうとは思ってたけど。一回で出来るなんてたいしたもんだ」


「……凄いの?」


「元が人間のヤツはな。〝飛ぶ〟イメージが出来ないんだ。ま、お前運動神経良さそうだったから、すぐ出来るとは思ったけど」


「ああ、確かに、飛んだことないもんね~」


 晶は星斗の飛んでいた姿をイメージしたら飛ぶことが出来た。


(先に飛んでるの見といて良かったな)


 背中に意識を集中させると、翼が大きく羽ばたいて空へ舞い上がる。僅かに背中が突っ張る感じがするだけで、さほど違和感は感じない。


「へえ~、凄い! 飛んでる~!」


 晶は子供のように目をキラキラさせて上空を旋回した。最初はバランスを崩したりもしたけれど、すぐに慣れて自分の思い通りに翼を操った。


「おーい、あんまりはしゃぐな! 疲れるぞ!」


 下の方から星斗の声。


「はーい!」


 返事をして、星斗の元に戻る。そこで、あることに気付いた。


「あれ? ……星斗、羽根ないのに飛んでる?」


 星斗の背中には翼がなかった。しかし屋根の上、つまり宙に浮いている。


「ああ、基本的に、天使が飛ぶのに羽根は必要ない」


「えっ!?」


「今日は羽根を出して、飛ぶイメージを作りやすくしてみただけだからな。通常の仕事だけなら特に出す必要はないだろう」


「無くても飛べるんだ? じゃあ、この間の恐竜の時は……」


「お前、食われそうだっただろ。加速するのに出した。この翼は天使の力を増強させるんだ。けど、元は自分の力だからな。一気に使うと体力が消耗する」


「ああ、だから疲れるんだって言ってたんだ」


「そういうこと」


 晶は納得して何度か頷いた。



「じゃあ行ってみるか」


「うん」


 高層ビルの合間をスイと抜け、緑に溢れた住宅街の中にある神社を見つける。さほど広くない神社の境内は、参拝に訪れた人々でごった返していた。分厚い雲が垂れ込めているせいで太陽の光も影ってしまい、人々は白い息を吐きながら大きな焚き火の周りを取り囲んでいる。


 そこから少し離れたところで。寒さに震える参拝客に甘酒を振舞う金髪の少年がいた。


「いた!」


 晶はその金髪少年、神楽の前に降りる。周りの人々と同じく白い息を吐き、黒のロングコートを着こんで小さなコップを配っている。


「おお~い」


 目の前で手を振ってみるが、やはり見えていないらしい。まったくこちらを見ない。


「やっぱり見えないかあ……」


 分かっていたこととはいえ、少し寂しい気持ちになる。


(お父さんたちの顔も見ようと思ってたけど……やめた方が良さそう……)


 喧嘩友達の顔を見ただけで何となく泣きそうだ。家族になんて逢ってしまったら号泣してしまうかもしれない。


「……来ない方が良かったか?」


 振り返ると、心配顔の星斗。口は悪いし、生意気だし、短気な彼だけど、やっぱりどこか優しいのだ。


「ううん」


 晶は笑って首を振った。


「こいつの元気そうな顔見ただけでも嬉しかったよ」


 と、神楽の隣に立ち、金髪の髪をバシバシ叩いてからグシャグシャ撫で回す。


 すると。神楽が鋭い瞳で晶を振り返った。


 かちりと、目が合う。


「えっ……」


 心臓が飛び出そうなくらい驚いた。


 まさか。


 見えてる?


 そのまま立ち尽くしていると、神楽はふいと目を逸らし、辺りに視線を走らせた。まるで何かを探すように。


「見えてる──わけじゃないんだね?」


 心臓をドキドキさせながら訊く。


「いや……もしかすると気配は感じてるかもな。こいつ〝和泉の長〟だから」


「和泉のおさ? 何それ」


 星斗は一瞬黙ったものの、「どうせ忘れるから、いいか」と話し出した。


「陰陽家の一員だ。『術者』ってヤツだな。普通の人間には見えないような悪しきものを退治する一族なんだ」


「えええ~、神楽ってそんな凄い人だったの!? 陰陽師なら知ってるよ! 映画で見たもん!」


「ま、それとも少し違うけどな。……授業抜け出したり遅刻したりしてただろう。それは陰陽家の仕事が入ってたからだ」


「……知らなかった……。あたし、サボっちゃ駄目って、いつも怒ってたのに……」


「ま、半分は本当にサボってたんだろう。お前のおかげでそれは無くなったはずだ」


「そうだったんだ」


 しばらく視線を漂わせた後、探し物が見つからなかったらしい彼は、一息ついてまた甘酒を配り始めた。それを眺めていたら……ふと、気付いた。


「あれ? 何で星斗、神楽がサボり魔だってことまで知ってんの?」


 そう言うと、何故か星斗は言葉に詰まったように顔を硬直させた。


「あ、ああ……それは……死期の近づいたお前の傍を偵察していたから、かな……」


 珍しく言葉を濁す。


「何?」


 怪訝そうに訊く。


「だから……少し前からお前に付いてたんだ。だから、お前が和泉神楽を好きだってことも知ってたし、だから、その、死なせて悪かったと……」


「……あたしが神楽を好きぃ~?」


 晶は眉をひそめてから……盛大に笑い出した。


「あっはははは!! そんなわけないじゃん! 神楽はただの喧嘩友達だよお~!」


「え?」


 星斗はぽかん、と口を開ける。


「嘘、そんな風に見えた? やだあ~、こんなガサツで乱暴で馬鹿で人を見下したような目をする俺様な男、どうしたって好きになんかならないって~!」


 神楽の背中をバシバシ叩きながら晶は笑う。実際には叩いているわけではなく、空を切っている感じだが。それでも神楽は何か気配がするのか、怪訝そうな顔をしながら何度も後ろを振り返っている。


「ああ、そう……」


 星斗は少し驚いているようだ。


「あれ? もしかして、それでここに連れてきてくれたの?」


「……いや、好きなヤツに逢いたいかと思って……」


「あっはははは、星斗、優しいね!」


 今度は星斗の背中を叩く。こちらは空を切るわけではなく、ちゃんと手応えがあった。


「勘違い激しいけどね!」


「……悪かったな」


 少し口を尖らせる星斗は、少しだけかわいく見えた。



 一頻り笑った後で、晶は星斗に向き直る。


「ありがとね。楽しかった!」


「ああ……」



 そうして、ちょっと絆を深めた2人は、天国に帰って行った。








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