3.勘違い ①
翌朝。昨日と同じく星斗と朝食を済ませると、KURAGEがどこからともなく現れて、今日はまだ仕事は入ってきていないというので、約束通り、天国についての勉強をすることになった。
寮の外にある綺麗に整えられた庭の片隅の東屋。小さな丸いテーブルの上にドサドサと大量の資料が置かれた。
「まずは、これに全部目を通せ」
「えええ~!!」
厚さ5センチはあると思われる資料が積み重なる山に、晶は非難の声を上げた。
「ムリ」
「文句は目を通してから言え」
『晶さん、頑張って♪』
容赦なく言い捨てる星斗と、能天気なKURAGEの応援に、晶は唸りながら椅子に座り、山になった資料の一番上のものを手にした。同じく資料を手にし、星斗はゴホン、と咳払いをする。
「じゃあまず、天使について説明する」
晶は面倒くさそうに、資料を1枚捲った。
「ミカエル様が〝大天使〟と呼ばれていることは話したと思うが……」
「うん」
「天使には階級があって、全部で9つの位階がある」
「いかい?」
「官吏の序列のことだ」
「かんり? じょれつ?」
「……役人のことで、……あ~……偉い方から順に並べるって感じか?」
「ああ、成る程?」
解っているのか怪しい晶の返事に、星斗は不安になりながら話を進める。
「えー、それでだな。まずは、最高位の天使、〝熾天使〟に始まり、〝智天使〟〝座天使〟と、ここまでが上級天使と呼ばれる。次に中級天使の〝主天使〟〝力天使〟〝能天使〟が続く。最後に下級天使の〝権天使〟、〝大天使〟……ミカエル様だな。そして、俺たち〝天使〟だ……」
星斗はチラリと晶を見る。晶は惚けた顔で資料を見ていた。
「頭に入ったか?」
「全然」
「……解ったことは?」
「え~と……あたしたちが一番下ってことかな? んで、ミカエルがその上」
「……まあ、いいか」
とりあえずそれだけ理解してくれれば……と、星斗は話を続ける。
「ミカエル様の所属される〝大天使〟は少し特殊でな……。階位的には8番目だが、権力、能力ともにトップクラスを誇る。〝大天使長〟であるミカエル様は、実質、天国のトップなんだ」
「……ミカエルって、そんなに凄い天使なの?」
あの美形だけどフリフリを着せようとするちょっと変な人が? と晶が言うと、星斗にギロッと睨まれた。
「〝様〟を付けろ! ミカエル様は人間に最も近しい天使でありながら、天国のトップを行く御方だぞ!」
(その御方にうさ耳付けられて怒ってたの誰だよ)
晶は心の中でそう思うが、あえて口にしないことにした。
「そのミカエル様の下で働ける天使たちは皆、誇りを持って仕事をしている。お前も肝に銘じておけ」
「う~い」
と、返事をしてから、チラッと星斗を見る。やはりというかなんというか、きっと真面目なんだろうな、という彼は口の端をピクピクさせながら目を吊り上げていた。
「は~い」
言い直して、更に資料をめくる。
「後は、法律とか、仕事内容とか、色々書いてあるが……一気に説明しても頭に入らないだろう?」
「うん」
「仕事については、また追々説明する事にして……。天界について、話しておくか」
「ここのことだよね?」
「ああ」
星斗は宙にプカプカ浮いているKURAGEに目をやった。
『はい! 私の出番ですね~』
きゅるん、と音を立ててくるくる回ったKURAGEは、『うきゅっ!』と唸りながらカッと目を光らせた。
「うおっ!?」
晶が驚いていると、KURAGEの目から光が飛び出し、テーブルの上に卵のような形を映し出した。手を伸ばしてその卵に触れてみるが、スカッと宙をきるばかり。どうやら立体映像のようだ。
「凄いKURAGEちゃん! プロジェクターにもなるんだ!」
『えへへ~、褒められちゃいました~』
照れるKURAGEは白い頬(?)を桃色に染める。
「じゃあ、天界について説明する。分かりやすいように卵型を用意してみたんだが……。まず、卵の中心、ここが人間界だな」
と、高さ30センチ程の白い卵の中心を指差す。真ん中に線が入り、赤く色がついた。
「その上全部が〝天界〟と呼ばれる。下は〝地界〟だな。おおまかに説明すると……」
人間界を表す赤いの印の上に、オレンジ、黄色、そして天辺には青色が点る。
「人間界のすぐ上の層、ここが天界第一層。通称天国。俺たちのいるところだな」
赤い印の上につけられたオレンジの光が点滅する。
「第二層は、神々の居住区。そして第三層は、この宇宙を統べる神々の王、〝天帝〟が座する須弥山がある」
黄色と青色が、交互に点滅する。
「偉い人が一番上にいるわけね」
「そう。そして、その更に上」
卵の上に笠のようなものが浮かぶ。
「ここが〝天上界〟。この宇宙の創造者である〝創造神〟、そして世界を維持する〝至高神〟、破壊を司る〝破壊神〟の三大主神がおられる。……今は、何故か天上界は封鎖されているようだが……ま、内実は俺たちの関するところではないだろう」
「ふう~ん。……神様もいっぱいいるの?」
「聞きたいか?」
「……やめ……とこうかな~?」
晶は苦笑い。きっと、聞いたところで覚えられるはずもない。
「お前達アジア人には結構覚えやすいはずだが……まあいい。詳しくはそこにある金色の表紙の資料に書かれている。あとは、ここ、天国だが……」
卵はオレンジに光っているところから上がパカッと取れた。その中には、何やら仕切りが出来ている。真ん中が丸く仕切られており、そこから放射線状に5つの線が伸びている。
「今俺たちがいるのは、この真ん中の部分。人間たちの魂が集められるところだ。集められた魂は、それぞれ目的別に分けられ、そこでしばらく過ごす……」
と、円形から伸びている6つの部屋を指差す。
「そして転生する前に再び戻ってきて……」
また指は円を指す。
「ここから人間界に戻っていく。俺たち天使の仕事は、大体そのサポートだな。……どうだ? 割と簡単に説明したと思うが……」
星斗が卵から目を離して晶を見ると、分厚い資料の上に顔を乗せ、ヨダレを垂らしながら幸せそうな顔で寝ていた。
「……」
星斗の顔がピクピク引きつる。KURAGEは静かに『きゅーっ!』と星斗を止めようとしたが、べしっと叩かれ、東屋の後ろに生い茂る木々の中に突っ込んだ。それを見届けることなくすうっと息を吸い込むと、鬼のような形相で叫んだ。
「この馬鹿女あ──!!!! とっとと起きやがれえええ!!!!」
あまりの大声に、晶は飛び起きた。
「な、何だよっ、びっくりするなあ……」
「俺が説明してんのに寝るな! ただでさえ理解力に乏しくて全然頭に入ってねえんだから!!」
「だって、どうせ生き返るなら話聞いても意味ないんじゃないかと思ってさ~。それに気づいたら眠くなっちゃって……天気は良くて気持ちいいし」
「たとえそうでも仕事を引き受けた以上、最低限の知識をつけるのはお前の義務だろーが!」
「いやぁ、そうだよね、申し訳ない……」
ポリポリと頭を掻きながらヘラリと笑う晶に、星斗は苛立つ。
「ヘラヘラしてんじゃねぇこの馬鹿女!!」
怒鳴られて、晶とKURAGEがびくんと飛び跳ねる。
「これ以上はないくらい簡潔に、丁寧に教えてやってんだから! 真面目に! 取り組め!」
「い、いや、うん、そう、だね……」
「いくら頭が馬鹿でもちゃんと聞いてれば覚えられるんだ! それを最初から無理だの必要ないだのウダウダ言ってんじゃねぇよ! そもそも天界について教えろって言ってきたのはお前なんだからな! しっかり勉強しろよ! そうじゃなきゃ、避けられる危険も避けられないことだって……」
「うがああああ! うるさああああい!」
最初は反省の色を見せていた晶も、長い説教に耐えられずに椅子を後ろに倒しながら立ち上がる。
「そもそもこんなことになったのはアンタのせいでしょーが!」
「うっ」
「それを差し置いて、そんなに怒鳴られる筋合いは、なぁあああーい!」
「そ、それは……そう、だが、でも」
「うるさい星斗の頑固ショタ天使!」
「……はあっ!?」
「うさ耳~、半ズボン~」
「……うるせえ、馬鹿女!」
「馬鹿馬鹿うるさいんだよ! 何回馬鹿っていうんだよ、コノヤロ~!」
「馬鹿だから馬鹿って言ってんだよ!」
『やめてくださ~い!』
ザザッと木々の中からKURAGEが飛び出し、今にも手が出そうな2人の間に割って入る。
『もう~、それじゃあ売り言葉に買い言葉ですぅ! お2人とも少し落ち着いてくださいよぅ~!』
クルクル飛び回るKURAGEは、2人にギッと睨まれた。
「うるさい!!」
苛立ちのまま、同時にそう怒鳴りつける。
『きゃあ~こわ~い! 酷いですぅ~、KURAGE何も悪い事してませんよぅ~!』
機械なのに目からポロポロ涙を流してプルプル震えるKURAGEに、2人の戦意はみるみる消失した。少し気まずげに顔を見合わせる。
「く、KURAGEちゃん、ごめんね……?」
「……悪かったな」
謝ると、KURAGEはパアッと顔を輝かせた。本当に顔が眩しく光っていた。
『わーい! これで2人とも仲直りですね~♪』
まだ完全に気持ちが落ち着いたわけではないが、ニコニコ笑顔で飛び回られると、もう何も言えなかった。
もう一度顔を見合わせた2人は、
「ごめん」
「悪かった」
と、もう一度謝った。
微妙にギクシャクしていたが、先程説明していた天国の話を、今度こそ目を見開いて聞いた。しかし、やはり一度聞いただけでは頭に入らず、3回同じ説明を受け、やっと一息ついた。
「多分、大丈夫」
その言葉を聞いて、星斗も息をつく。
「よし、じゃあ今日はここまでにする」
勉強会を始めて二時間。晶の集中力を考えるとこれが限界だろうと、星斗は資料を閉じた。晶もホッとして資料から手を離す。
思い切り腕を上に伸ばしていると、星斗が改まった様子で話しかけてきた。
「……なあ」
「何?」
「下、行ってみるか?」
「下?」
「人間界」
「えっ!? ……いいの?」
「まあ……仕事が入ってるわけじゃないし、な……?」
星斗はKURAGEを見る。
『はい! 今のところミカエル様からのお呼び出しはありません!』
元気良く答えるKURAGEに頷き、星斗は晶に視線を戻す。
「どうする? ……お前、行きたがってただろ? 神社」
「神社って……〝和泉神社〟? ……あっ、もうお正月になってる?」
「ああ」
晶は生前約束していたことを思い出す。クラス委員をしていた晶は同じクラスの遅刻魔、サボり魔である不良男子生徒を更正させた。その後その男子生徒とは喧嘩友達になり、休日もたまに遊んだりする仲だった。
その男子生徒──名を和泉神楽というのだが──は、意外なことに神社の跡取り息子で、新年が明けたら初詣に行くよ、と言っていたのだった。
「行っても姿は誰にも見えねえけどな。それでもいいなら」
「行く行く! やったあ、約束守れないかと思ってたよ!」
喜んで立ち上がる晶に、星斗も笑みを溢す。
「分かった。じゃあ、ついでに翼の出し方教えてやる」
「おおっ、楽しみ!」