1.時空守護天使、誕生! ③
しゃくりあげていた晶は、その男の姿を見て大きく目を見開いた。
まず目に入ったのは、ゆるく波打つ金の髪。腰まで伸びた髪は、眩しい位にキラキラと輝いている。薄い青の瞳と、スッと通った鼻筋、そして理知的に引き結ばれた薄い唇は、小さな顔の中に芸術的に配置されている。
造り物めいた美しさを持つ男は白く長いローブを羽織っていて、そこから覗く大きな手が優しく少年天使の頭を撫でた。
「星斗くん、大丈夫かい?」
低く、甘く囁くその声に、晶の心臓はとくり、と音を立てた。
(こ、この人は……天使様!?)
まさに晶の想像していた天使像そのままの姿である。
男のあまりの美しさにドキドキしながら眺めていると、男が晶に目を向けてきた。綺麗な青い瞳が、ジッと晶を見つめる。
(え、えっ!?)
その視線が外れる様子はなく、晶の心臓はどんどん音量を上げていく。
これ以上見つめられたら恥ずかしくて倒れそうだと思い始めたとき、男は徐に立ち上がり、晶に向かって歩いてきた。
「君は……」
大きくて温かい手が、晶の頬に触れる。
「そう……まだここに来るべき魂ではないのだね? ……星斗くん?」
美形天使が、少年天使を振り返る。星斗と呼ばれた少年天使は、ふら付きながら立ち上がり、頭を擡げながら頷いた。
「はい、ミカエル様。俺の……ミスです」
その返事を聞き、ミカエルと呼ばれた美形天使は静かに溜息をついた。
「君がこんな初歩的なミスをするなんてね……。何にしても、許されることではないよ?」
「解っています。どんな処分でも受けます……」
生意気だった星斗が、あまりにも神妙にそう言うので、晶は少しだけ可哀相に思えてきた。
だが。
次の言葉で晶は奈落の底に突き落とされた。
「この子の体は?」
「……つい、先程……」
星斗の言葉はそれ以上続かなかった。晶の前では、言えなかったのかもしれない。それでも、何を言おうとしたのか知るには十分だった。
「……ねえ、それじゃあ、あたし、どうなるの……?」
頭の良くない晶にだって、今の状況は解る。間違ってここに連れて来られ、戻る体もなく、天国にだって入れない。どこにも居場所がないまま、彷徨わなければならないのだろうか?
「ねえっ、どうなるの!?」
ミカエルに詰め寄る。彼は晶を見つめながら、しばらく思案しているようだった。
そして、スッと手を挙げる。
周りにいた天使たちはそれを見て、一礼をするとサッと消えてしまった。誰もいなくなった空間に、晶とミカエル、そして星斗が残される。
ミカエルは静かに語り始めた。
「そうですね……。このままでは、貴女は浮遊霊として彷徨うこととなる。それだけは避けねばなりませんね」
「浮遊……霊……」
晶の背筋に冷たいものが走る。
「や、やだ! そんなの!」
「そうでしょうね」
ミカエルは頷く。
「方法はあります。上層部にいる神に報告すれば、あるいは生き返ることも」
「出来るのっ!?」
「ええ。ですが……」
チラリと星斗を見やってから、ミカエルは痛みを堪えるように目を閉じた。
「……間違いなく星斗くんは抹消されますね」
「ま、抹消? なに、殺すってこと?」
「文字通り、消すのです。その存在ごと。人に例えるならば、魂ごと消し去るということですね。二度とこの世界に現れることのないように」
「そ、そんな……」
「人ひとりの運命を変えてしまったのですから、仕方のないことです……」
ミカエルは静かに瞼を開き、そして淡く微笑んだ。
それは泣きたいのを堪えているように見えて、晶は思わず目を逸らした。逸らした先に星斗がいた。俯いて、何かを堪えるようにギュッと拳を握りしめていた彼は、ふいに顔を上げた。
視線がぶつかって、彼は一瞬だけ泣きそうな顔になったけれど。すぐに唇を引き結んで、晶に向かってゆっくりと一礼した。それは星斗の謝罪と、覚悟の表れだった。
人の運命を変えてしまった責任を取る。それはきっと、当然のことなのだろう。普通のサラリーマンだって、ミスを犯せば責任を取る。天使だって、同じ事なのだ。
(でも……)
確かに間違いであの世に連れて来られたことは許せない。でもそれで抹消されてしまうなんて。しかも自分のせいで。どうしても罪悪感が湧き上がる。
(あいつ、いい奴だった)
口は悪いけど、親切に受け答えはしてくれた。今だってミスを認め、罰を受けるつもりでいる。僅かな時間の間に、真面目さと優しさが垣間見えていた。
「……ねえ、あたし、どうしても生き返れないの? 元に戻れるなら、あいつ許してもいいよ? いっぱい仕返ししてやったし」
そんなことを言いだした晶に、ミカエルは苦笑した。
「貴女はお優しいですね。しかし、それは無理なことです」
「駄目なの……?」
「時間というものは、簡単に戻せるものではないのですよ。ましてや人の命。簡単に扱えるものではありません」
謝って済むことではないのだというその事実は、晶の胸を締め付けた。
「そんなお顔をなさらずに……。貴女のせいではないのですよ?」
ミカエルは優しく微笑む。しかし、待ち焦がれた美形天使の微笑みでも、晶の曇った表情を晴らすことは出来なかった。
しばらくミカエルはそんな晶を眺めていた。そしてふい、と視線を斜め上にやった。
「そうですねえ……。貴女が星斗くんを救ってくれるというのなら、策がないわけではありませんが」
「……えっ?」
晶は顔を上げる。
ミカエルは綺麗に微笑んで、晶の耳元に口を近づけた。そして、囁く。
「貴女、天使になりませんか?」
「えっ!? て、天使に!?」
胸に響くイケメンボイスに危うく意識を飛ばしかけながら、なんとか言葉を返す。
「ええ」
にっこり、と微笑むミカエル。晶の声が聞こえたのか、星斗も驚いてミカエルの前にやってきた。
「ミカエル様、どういうことですか!?」
「うん、この子ねえ、普通に亡くなってたら、おそらく特級ランクだったはずなんだよね」
「特級!? こいつが!?」
星斗が目を丸くする。
「な、何、特級って……」
何が何だか分からない晶に、星斗が説明する。
「特級というのは、1級の更に上で……天使になれる資格を持つ魂のことを言うんだ」
「人間でも天使になれるの?」
「それだけ綺麗な魂だということですよ。貴女がご自分の生よりも星斗くんの処罰について考えてくださった、そのお心を見ても分かります」
「……確かに」
そんなお人よし、滅多にいないと星斗も頷く。
「それで、何故天使にならないかというお話なのですが。……実は私、今開発中のものがありまして」
「な、何ですか?」
「タイムマシンです」
「……は!?」
「タイムマシンです」
聞こえなかったと思ったのか、ミカエルは二度繰り返して言った。
「ちょ……ミカエル様! そんなの作って上にバレたら!」
「ええ、だから秘密なんですよ。先ほども申しました通り、時間というものは簡単に巻き戻せるものではありませんからね。ただ……どうしても開発しなければならない事態が起こりまして」
ミカエルは、晶と星斗の肩に手を置き、再度耳に口を近づける。
「地獄でもタイムマシンが開発され、それを悪用しようとしているみたいなんです」
星斗が大きく目を見開いた。
「それを止める手立てがなければ、地獄の死神たちに天国はおろか、人間界まで乗っ取られます。神々を巻き込んでの全面戦争となれば、この宇宙そのものの存続も危うい。それを避けるためにも、密かにタイムマシンで死神たちをやっつける必要があります」
晶の頭の中は混乱していた。いきなりの急展開に、ついていけない。
「え~と……それが、こいつとどう関係が?」
星斗が代わりに話を進めてくれた。
「タイムマシンはまだ試作段階で、経験値もないため力がありません。そこで、特級の中でも最上級の魂を持ち、最高の天使となれる貴女がこれを使いこなし、レベルを上げてやれば……貴女の時間も戻せるようになるでしょう」
「──こいつ生き返らせられるんですか!」
星斗の叫びに、晶はようやく話を呑み込んだ。
「あたし生き返れるの!?」
ミカエルに飛びついて叫ぶ。
「ええ、貴女次第……ですが。そうすれば、星斗くんのミスも報告しなくて済みますからね」
「生き返れて……ついでにこいつも助かるのね……」
晶の胸に、微かな希望が灯った。
(何だか良く分かんないけど……いい話なんじゃない?)
キラキラと目を輝かせだした晶に、星斗は少し不安になる。
「おい……いいのか? 死神と戦うことになるんだぞ? そこは分かってんだろうな?」
「んあっ!? そうか! 戦わないといけないのね!」
晶の叫びに、すかさずミカエルが割り込む。
「それは心配ご無用。貴女のサポートに星斗くんを付けますから」
「……ええええっ!?」
星斗は顔を引きつらせながら叫んだ。
「まあ、このようにとんでもないミスをやらかした彼ですが……本来はとても優秀な天使ですから、分からない事があれば、彼に聞くと良いでしょう」
「ま、待ってください、ミカエル様!」
「なんだい?」
にっこりと微笑むその顔は……有無を言わせぬような、凄まじい威圧感を放っていた。こんな面倒事を起こしておいて、まさか何のサポートもしてやらないなんて言わないよね? ……そう、笑顔が語っていた。
「な……何でもありません……」
星斗に反論の余地はなかった。
「よろしい。では、決まりですね?」
「はあ……」
晶も、何だか上手く丸め込まれた気がしないでもなかったが……生き返れる可能性があるのなら、やるしかなかった。
「では、タイムマシンを紹介しましょう」
ミカエルはパチン、と指を鳴らした。
(タイムマシン!)
映画の世界では車だったり、丸い宇宙船みたいな形だったり、色々あったが……一体、どんな乗り物なのだろう……と、ドキドキしながら待っていると。
『は───い!!』
どこからともなく、小さな子供のようなかわいらしい声が聞こえてきた。そして、ボンッ! と空中に白煙が巻き起こり、そこから現れたのは……丸くて白いボールだった。直径30センチ程の。
ボールはクルクルと回り、晶たちの前でピタリと止まった。白いボールには大きな黒い目と、小さなかわいらしい口がついていた。良く見ると、紐のような手足もついていて、頭にはおさげがついている。
晶と星斗、ポカーンと口を開けて見ていると。
『きゃー!! ご主人様ですね? KURAGE嬉しいですぅ♪』
白い頬(?)をピンク色に染め、ボールはニコニコ笑った。
『初めまして、時空守護天使サポーター、タイムマシンのKURAGEです! 宜しくお願いしまーす!』
「……」
晶と星斗、まだ口をポカーンと開けたまま固まっている。
「どうしたんだい、2人とも。KURAGEちゃんに自己紹介をしてあげなさい?」
そうミカエルに言われ、晶はようやく我に返る。
「あの……タイムマシン?」
KURAGEを指差し、晶はミカエルに聞く。
「ええ、かわいいでしょう?」
「か、かわいい、けど……」
格好いいマシンが登場するものだとばかり思っていたので、意表をつかれて言葉が出てこない。一言いうならば、何故このデザインにした、だ。
「さあ、これでメンバーは揃ったことだし。秘密組織、『時空守護天使』始動だね! 楽しくなるぞ~!」
何だかはしゃいでいる様にも見えるミカエルに、晶と星斗はますます嵌められた気がしてきた。
『お2人とも~、頑張りましょうね~!』
晶と星斗の頭の上を、キュルキュル言いながら飛び回るタイムマシン、KURAGE。
何はともあれ。
このタイムマシンを成長させて生き返るために、晶は『時空守護天使』に就任したのであった。