1.時空守護天使、誕生! ②
装飾の一切ない真っ白な扉。それは朝日を受けたかのように光り輝いている。
「うわ、おっきな扉~!」
こんな大きな扉、人力で開くのだろうか……と、口を半開きにしながら見上げていると。
ギギギィ、と重苦しい音を立てながら、観音扉が勝手に開き始めた。
「まさかの自動ドア」
扉の隙間から漏れ出す白光のあまりの眩しさに、手をかざして目を細めた。そうして段々とその眩しさにも慣れた頃、扉は完全に開ききった。
扉の向こうに広がっていたのは、白い空間に浮かび上がる半透明な階段と、その先にある国会議事堂に良く似た建物だった。他にもチラホラと、地上で見ていたような建物が見える。
「天国って、花畑じゃないんだね」
と、天使を振り返る。
「花畑はあの建物の向こうにある。あそこで手続きを済ませた後、天国へ入ることが正式に許可される」
天使は国会議事堂に似た建物を指差した。
「ふ~ん。そういえば、三途の川ってのはないの?」
「人間たちが言うその川なら、あれだろう」
天使は扉の下の方を指差す。半透明な階段のずっと下に、深い緑色をした大きな川の流れがあった。
「あ、あれが三途の川? うわあ~!」
目を輝かせて下を覗き込む晶は、天使に襟首を引っ張られた。
「あまり覗くな。落ちると地獄まで流されるぞ」
「えっ? そうなの?」
晶は慌てて顔を引っ込める。
「そう。この流れは地獄まで続いている。──さあ、行くぞ」
天使は扉の中に入っていく。
「……うん」
晶は小さく頷いた。
この中に入ったら、本当に〝この世〟とはお別れなのだな……と思うと、少し足が重くなった。脳裏に家族や友人達の姿を思い浮かべると、また涙が出そうになる。
(仕方ないよね。あたし、死んじゃったんだもん)
喉の奥をジリジリさせながらも、晶は顔を上げた。
(さよなら、みんな──!)
力強く地を蹴り、胸を張って扉をくぐろうとした……が。
ゴンッ!!
思い切り鼻の頭を何かにぶつけ、晶は引っくり返った。
「いっ……いったああ~!!」
痛みで涙目になりながら、晶は顔を上げる。
「もうっ、何だよ!」
尻餅をついて怒鳴る晶を振り返り、天使は驚きの表情を浮かべている。
「天国が拒んだ……!? そんな馬鹿な!」
天使は晶の元に駆け寄ってくる。
「おい、立て! もう一度行くぞ!」
「ええ~!?」
まだ痛む鼻を押さえながら、晶は天使に手を引っ張られる。しかし、やはり結果は同じだった。見えない壁に阻まれて、どうしても先に進めない。
「何これえ~!」
頬を硝子窓に押し付けたような奇妙な顔で、天使に訊く。天使は青い顔をしながら宙に手を翳した。そこに、眩く光る分厚い本が現れる。それを開き、目を走らせた。
「望月晶、第一級クラスで天国行き……間違いねえじゃねえかっ……」
どうやら、死人のリストが載っているらしい。
「どれ?」
晶も本を覗き込んだ。そこには、晶の見たことのない文字で文章が書かれていたが、何のおかげなのか、日本語を読んでいる時のようにスラスラと読むことが出来た。
「なになに~? 望月……」
最初の名前を見た瞬間、頭の上にハテナマークが浮かんだ。
「生まれは栃木……」
晶は東京生まれだ。
「高等小学校の時に川で溺れていた子供を助ける……」
そんな記憶はないし、おまけに〝高等小学校〟?
「二十歳で結婚、次の年に長男を出産、更に次の年に長女、更に次女、次男三男と、5人の子供に恵まれ……」
晶の声が段々震えてくる。
明らかにこれは自分の経歴ではない。
長男の結婚を機に東京に転居、そこでボランティア活動に励み、都知事から感謝状を貰い、晩年はかわいい孫たちに囲まれて幸せに暮らし、そして心臓発作で急遽した、その人物は。
「これはあたしのばあちゃんだろーが!!!!!」
「ええっ!!!」
晶の叫びに、天使は飛びのいた。
「だって、望月晶って……」
「晶子!! も、ち、づ、き、しょ、う、こ!! って書いてあんだろうがあ!!」
晶は天使の胸倉を掴むと、物凄い勢いで体を揺さぶった。
「うえええっ!?」
揺さぶられながらも、天使は本の中身を確認する。
「……ホントだ」
「ホントだ、じゃねえだろおおおっ!!!」
叫びながら更に激しく天使を揺さぶる。
怒りのあまり我を忘れた晶は、天使を投げ飛ばすと、うつ伏せに倒れた天使に覆いかぶさり、太腿で頭を挟み込み、首四の字固めを決めた。
「ぐあああ!」
かわいい天使の顔が、ホラー漫画の登場人物のように恐怖に歪んだ。必死に暴れ、それから逃げた天使を更に追いかけ、足払いをかける。
コケた天使は何とか逃げようとするが、あっという間に掴まり、両足を膝でクロスさせられる。晶は天使の右足を自分の右腕でロックし、右足を軸に天使をひっくり返す。
「やめろおおお~!」
どすっと腰を抑えられ、更に天使は悲鳴を上げた。筋肉馬鹿兄貴の影響で、晶は格闘技を一通りマスターしていたのだった。
「てめええ! どうしてくれんだ、この野郎~!!」
「やめでええ~!!」
天使は必死に白いフワフワの地面を叩き、タップする。そうやって格闘している2人の周りには、いつの間にか人だかりが出来ていた。
「あの子、何者だ? 人間が天使を押さえつけるなんて」
「すげえ……」
「いや~ん、星斗さま~! 頑張ってええ~!」
中にはそんな黄色い声援が混じっている。
そんな大騒ぎになっているとは気付きもせず、晶は更に天使を締め上げた。
「あんたのせいで死んだんじゃん! あたしの青春返せゴルァアアア!!」
天使の顔が青ざめ、段々タップする手も動かなくなってくる。
「あんたのせいでっ……みんなと、逢えなくっ……」
晶の手が緩む。
「ううう……うええっ……うえええええええんっ!!!」
見る間に顔が歪んで、大粒の涙を流し出した晶。
そんな彼女を振り返り、天使は目を伏せた。
「ごめん……」
呟くようにそう謝ると。
「ごめんで済むなら警察いらねえー!!」
かえって晶を怒らせてしまったようだ。立ち上がると、天使の足を掴み、グルグルと回りだした。そして、思いっきり投げ飛ばす。
「うわああああ!!」
天使は頭から雲の上に落下。そこから天国への扉の前まで転がっていった。
「おおおお……」
周りがどよめく。それでも晶は騒然とする周りの人々──いや、天使か──に気付かなかった。流れる涙を手の甲で何度も拭う。
「うええっ……」
死んだのなら仕方ないと。まだ生きていたかったけれど、諦めなくてはならないこともあるのだと、一時は割り切ったのに。間違いで死なせられたなんて、そんなこと納得出来るわけがない。
どんなに天使をぶん回したところで、なんで、なんでと涙が溢れてくるのは止められなかった。
動かなくなった晶。
転がったまま動けなくなった天使。
そしてそれをハラハラと見守る人──いや、天使たち。
そこに一筋の光が差し込んできた。それは倒れた天使を包み込むように広がり、やがて収束する。
光が消え去った後には、1人の男が立っていた。