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1.時空守護天使、誕生! ①

『……うう……しくしく……』


 どこからか泣き声が聞こえる。

 

『うわあああっ』


 叫び声も聞こえる。


『なんみょーほーれんげーきょ……』


 お経も聞こえる。



(何だよ……朝からうるさいなあ……)


 晶はふわふわとした夢心地の中、それを聞いていた。


(もうちょっと寝かせてよね……)


 今日は学校休みなんだから……と寝返りを打ち、心地よくまどろむ。すると。


「早く起きろよてめえ……。いつまで寝てんだよ、このボケ!」


 耳元で聞き慣れない声がした。まだ声変わりの途中のような、かわいいけれど少し掠れた声。


「……んん?」


 重い瞼を無理やり開けてみる。うっすらと、少年の顔が見えた。


(あれー……何で男の子がいるんだ? ……あたし、弟いったけ?)


 覚めきらないぼんやりした頭で、そう考える。


(そうか……いつの間にか弟がいたのか……)


 と、更に寝返りを打つ。



「……」



(んなわけないじゃん!)


 ガバッと飛び起きる。

 そうだ。自分には弟などいない。いるのは筋骨隆々としたむさくるしい兄と、見た目は可憐、中身は小悪魔な妹だけだ。では自分の部屋に忍び込んできたこの少年は誰なのだ。


 良く目を擦り、目の前にいる少年の顔を捉える。しかし……どう見ても知らない少年だった。


「……あんた、誰?」


 そう、訊いてみる。


「天使」


 少年は答えた。


「ふあ?」


 晶は間抜けな声で聞き返した。少年は表情ひとつ変えずに晶を見ている。


「は? 何?」


 もう一度訊くと、少年は軽く嘆息した後、言った。


「だから、天使」


「……はあ?」


 少年が何を言っているのか、イマイチ呑み込めない。晶は立ち上がり、少年を見下ろした。そして観察する。


 晶より頭一つ分くらい低い身長。ぱっちりした二重の青い目は、男の子らしい強い眼光を放っている。真っ黒な髪の毛は後ろだけ少し長く、同色のゴムで結わえてあった。


 そして。


 頭上にはほんのり光るリングが浮いている。


「天使、ねえ……」


 なんの素材で出来ているのかは分からないが、輪郭がはっきりしていない。プラスチックのように硬質ではなく、光だけがふわりと浮いている感じだ。一体なんの素材で出来ているのだろう。随分精巧な作りだな──とジロジロ眺めていると、少年の顔が不機嫌そうに歪んだ。


「何見てんだよ」


「いや……こんなの付けちゃって……よっぽど天使が好きなんだねぇ……」


 哀れむような目で少年を見ると、ギッと睨まれた。


「お前が何考えてるか解るぞ。俺が天使だって信じてないんだろ? んでもって、『ちょっと頭のイカレた危ない中学生なんだわ、かわいそうに』とか思ってんだろ」


「ありゃ……どうして解ったの?」


「顔に書いてあんだよ、単純馬鹿」


「……」


(むっかああ!!)


 今度は晶の方がムッとする。


「なーによ! 何が天使だ! こんなオモチャ付けちゃってさっ!」


 ガシっと両手でリングを掴むと、思い切り引っ張ってやった。だが。


「いってー!! 何すんだ、このアマぁ!!」


 少年は悲鳴を上げながら、晶の手を振り払った。


「……あ、あれ?」


 晶はもう一度リングを見てみる。良く見てみたら、頭に付けてあるはずのリングを支えるカチューシャや針金の類は見当たらなかった。


「あれっ?」


 もう一度少年のリングを掴み、そしてリングと頭の間に手を潜らせてヒラヒラ振ってみた。


 ……何もない。リングは頭の上に、紛れもなく……浮かんでいた。


「え……ええええっ!? 何これえっ! 一体どうなってんのぉ!?」


「だから俺は天使だって言ってんだろーが!!」


 晶から離れ、リングを両手で護りながら怒鳴る少年。


「て、天使!? いやだって天使って……白い服着てそんな風にリング付いてて、大きな羽あって、とってもにこやかで美形で甘く囁きながら天国に連れてってくれる人でしょお!?」


「何夢見てんだお前」


 少年は少し呆れる。


「な……何で、こんなチンチクリンが天使なの?」


 失礼なことに、指差しながらそう言う晶。


「悪かったな、想像と違ってて」


 少年、今度は剥れた。


「そんなことより。お前、全然気付いてないみたいだから言うけど」


 ポリポリと頭を掻きながら、少年は面倒臭そうに言った。




「お前、死んだんだぜ、一昨日」




 その言葉に、晶は一瞬言葉を失った。


「え……? 誰が、何だって……?」


 震える声でそう訊いてきた晶に、少年はもう一度、きっぱりと言った。


「だから、死んだんだって。いい加減自覚してくれねぇと天国に連れて行けねーんだけど。おまけに何の未練があんだか知らねぇけど、メッチャクチャ重いし……。こんなに重いヤツ、初めてだぜ……」


 晶は途中から少年の話を聞いていなかった。



 目を点にして。


 口をぽかーんと開けて。


 直立不動になる。


(何……死んだ? ……あたしが?)


(いつ?)


(何で?)


(どこで?)


 そんな疑問符ばかりが頭の中をグルグルと駆け巡る。


(死んだ……)


(あたしが……)


 冗談だと思いたいのだが、なぜだか嘘だとは思えなくて。でも認めたくはなくて。“死”という言葉が徐々に脳に浸透してくる恐怖から、唇を震わせながら声を上げた。


「ちょっと、どういうことぉ!? どうしてあたしが死ななくちゃならないのよお! あたしまだピッチピチの16歳なのに──!!」


 少年の肩を掴み、ガクガク揺らす。


 受け入れたくない。納得したくない。死んだ時の記憶など、まったくないのだから。行き場のない怒りは少年に向けられ、それから30分ほど、晶は怒鳴り続けていた。



 声が嗄れる程怒鳴り続け、疲れた晶はペタン、と座り込んだ。大きく息をついた後、ゆっくりと辺りを見渡す。


 自分の部屋だと思い込んでいたそこは、まるで雲の上の世界だった。座っている地面は真っ白で、雲のようにフワフワして柔らかい。それがどこまでも広がっていた。頭上に広がる、目に染みるような真っ青な空と一緒に、どこまでも。


(……何、この現実にありえない光景……)


 呆然としながら、そう考える。


(あたし、死んだの……?)


 死んだら、どうなるのだろう。


 こんなところに独りぼっちにされて……。


 誰にも逢えないのだろうか?



 厳しくも優しかった両親。筋肉馬鹿だけれども、底抜けに明るいムードメーカーな兄。小狡いけれど甘え上手なかわいい妹。賑やかな友人達。頼もしい先生達。気のいい近所の人達。


 みんなには、もう、逢えない……?


 ポタリ、と涙が落ちた。


 ポタリ。


 手の甲に、何滴も。


 暖かい涙は無情にも、これは夢ではなく現実だと教えてくれた。


「やだあっ……やだよぅ……何であたし死んじゃったのぉ……」


 とめどなく流れる涙。声を押し殺して泣く晶を、少年は黙って見守り続ける。





 ──更に時が流れて。


 晶は濡れた頬を手で拭うと、スクッと立ち上がった。


「いっぱい泣いたらすっきりした」


 そう言う顔は晴れ晴れとしている。


「さあ、さっさと連れてってちょうだい、死神」


「死神じゃねえっ、天使だ!」


「どっちでもいいよ……似たようなもんじゃん。死んだ人連れてくんでしょ?」


「大違いだ! 死神が連れて行くのは地獄だぞ」


「えっ、そうなの? ……じゃあ、あたしを迎えに来たのが天使と言うことは……」


 少年はコクリ、と頷く。


「日頃の行いが良かったんだな。お前、第一級ランクで天国行きだ」


「ランク?」


「そう。第五級まで分けられてて、二級までは無条件で天国行き。三級は審判にかけられる。それ以下は地獄だな」


「へえ~っ。じゃあ、あたしって凄くいい人だったんだ」


「そうだな」


 そんなに良い行いをした覚えはないが、天国でそう判断したなら良い人間だったのだろう。そんな風に評価されたことに晶は少し嬉しくなった。


「じゃあ、付いて来い」


 少年にそう言われ、晶はおとなしく付いて行く。歩きながら、地上から見えるのと同じ色の青空を見上げた。


「ねえ、ここって、空の上なの?」


「いや、人間界とは別空間だ。ただ、この下に人間界が見えるから、空の上とも言えるかもな」


 難しい話は得意ではない晶。イマイチ少年の言っていることが理解できなかった。


「……何だか良く解んないけど、空はどこも青いってことかな?」


「“天界”の空はな。“地界”の空は薄闇だ」


「“天界”? “地界”?」


「“天界”はこれから行く天国のあるところだ。“地界”は地獄のあるところだな」


「そこって神様もいたりするの?」


「そうだな。神は天国より上の層と、地獄より下の層にいらっしゃる。ま、お前が逢うことはないだろうが」


「ふ~ん。偉い人には中々会えないって、どこでも一緒なんだね~」


 口は悪いようだが、質問には丁寧に答えてくれる少年に、晶はだんだん好感を持つようになった。


(結構いいヤツ)


 そう思いながら歩いていくと。目の前に、突然10メートルはあるかという大きな扉が現れた。





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