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7.別れの前に

 その後。


 天国の上部には「地獄との争いは一段落した」と報告され、二度とこのようなことが起きないようにと、ミカエル、ルシフェルによる会議が頻繁に行われるようになった。


 めでたし、めでたし……か?




 晶はふくれっ面で、執務室の椅子に腰掛けるミカエルの前に立っていた。もちろん、隣に並ぶ星斗も似たような顔だ。KURAGEはいつもと変わらない、のほほんとした顔だが。


「3人とも、お疲れ様」


 いい笑顔を見せるミカエルを、晶、星斗はジト目で睨む。それを軽く無視して、ミカエルは話を続けた。


「今日はね、晶ちゃんの今後のことについて話そうと思って呼びました」


 そのミカエルの言葉に、晶も星斗も姿勢を正した。


「この間の一件で地獄との関係は良好になったわけで、タイムマシンを悪用する者はいなくなった、ということになります。そうすると『時空守護天使』も解散、ということになります」


晶たちはコクリと頷く。


「KURAGEも大分成長したようですし、一度では戻れないかもしれませんが、星斗くんが間違って晶ちゃんの魂を抜いてしまう前にたどり着けると思います」


「ほんと⁉︎」


 人間に。


 死んでしまう前に。


 戻る事が出来る──。


 ミカエルとルシフェルのふざけた作戦のおかげですっかり忘れていたが、当初の目的はKURAGEを成長させて、自分が死ぬ前に星斗を止めることだった。今思えば、ミカエルにいいように騙されただけで、別に時空守護天使にならなくても何とか出来たのかもしれないが、その怒りすら霧散するほど、帰れるという事実は大きかった。


「どうします? すぐに戻りますか?」


 晶の脳裏に、家族や友人達の顔が浮かんできた。


「うんっ、戻れるなら、すぐに……」


戻りたい。そう続くはずの言葉が、何故が出てこなかった。


 あんなに大泣きして、生き返りたいと喚いたのはつい最近の話だ。家族が恋しいあまり、大泣きしてしまいそうで、直接会うことも出来なかった。今度家族に会う時は、ちゃんと戻った時だ。ちゃんと生き返った時だ──。そう、強く思ってきたはずなのに。何か、心に引っかかる。


「晶ちゃん?」


「あっ……ううん。帰り、ます」


「では、すぐに。星斗くん、KURAGE、頼んだよ」


「了解です」


『はいですぅ』


 星斗もKURAGEも、「良かったな」と言いたげな笑みを浮かべている。晶もそれに応えるべきなのだが、どうにもこうにも笑顔が浮かんでこない。


「晶ちゃん、ご迷惑をおかけしましたね。貴女の人生に幸多からんことを」


「ありがとう……」


 ミカエルの言葉にペコリと頭を下げる姿は、どこか覇気がない。何故だろう。嬉しくないはずがないのに、自分でもおかしいと思うくらい元気が出てこない。


「晶、どうした?」


「あ……ううん」


 胸の奥に何か重い物を抱えながら、三人は晶の魂が抜かれる前に跳ぶ。






『ほいっ。晶さんが間違って亡くなられるちょっと前に到着です!』


 一秒の狂いもなく、正確に過去の時間に辿り着いたそこは、晶の家の真上。


 緑色の屋根の下はどういう原理なのか透けて見えていて、部屋のベッドで眠っている自分の姿が見えた。そして、その傍らには、無表情に立つ星斗の姿。彼はゆっくりと晶の額に手を翳そうとしている。


「あっ……」


 晶の体がほのかに光る。


 このままでは晶の魂が体から引き離されてしまう。


「晶! 俺をぶん殴って止めろ!」


「うん!」


 翼を広げ、ぐん、と勢いをつけて下降し、過去の星斗の前に飛び出す。


「星斗!」


 過去の星斗が、驚いたように目を見開く。


「は……え!?」


 ベッドに眠っている晶と、翼を広げて迫ってくる晶を見比べ、何が起きているのか把握できずに狼狽えている彼に向かって、拳を振り翳す。


「こんの……お馬鹿あああっ!!」


 握りしめた拳が、キイイインと高い音を立てて光を収束する。それを纏ったまま、力の限り星斗の腹を殴りつけた。


 ドゴオオオオオッ。


 およそ、人を殴った音ではない、重い音が辺りに響き渡り、過去の星斗は部屋の壁を擦り抜けるようにして、宙の彼方へ吹っ飛ばされていった。


『ナイスホームラーン』


 KURAGEののほほんとした声が響く。


「……生きてるかな、俺」


 自分で殴れと言ったのだから仕方ないのだが、少々青くなりながら自分の体をペタペタ触り、確認する星斗。


「あたしは……生きてる?」


 ほんのりと光っていた晶の体は、徐々にその光を失った。寝ている自分の胸に、そっと耳を当ててみると、とくん、とくん、と静かな鼓動が聞こえてきた。あたたかな命の音に、喉の奥がじわりと熱くなるのを感じながら顔を上げる。星斗もKURAGEも、優しく微笑んでいた。


 その笑顔を見たとき、別の痛みがやってきた。

 

「……さよならだな」


 星斗にそう言われて、はっきりと自覚する。


 生き返れるというのに、全然笑えない理由を。


(そっか……寂しいんだ)


 一緒にいたのはたったの1週間余り。最初は口が悪くて生意気だった星斗。タイムマシンとは思えない間抜けさだったKURAGE。美形だけどロリショタ野郎なミカエル。そんな彼らと、今日でお別れなのだ。


 キュッと口を結ぶ。


(悲しい事なんかない。あたしは間違ってここに来たんだから。今までのがおかしかったんだから)


 そう、心の中で強く言い聞かせる。


(そうそう。もうすぐお父さんたちに逢えるんだ。もう悲しませることはないんだ。……おばあちゃんは、いなくなっちゃうけど……)


 晶は祖母と間違えられてここへ来た。おそらく、戻ったら祖母が代わりに天国へ召されるのだろう。


(おばあちゃんに逢えなくなるのは悲しいけど……でも、本来ならそうなるはずで)


 うんうん、と頷く。


(帰ったら、神楽のトコ……はいけないのか。おばあちゃん死んじゃうんだもんね……。お葬式が終わったら、学校が始まって、みんなに逢えて、それから……)


 何事もなかったかのように日常は過ぎていくのだろう。


 何も、なかったかのように。


 指先から、すうっと色が抜けていく。さらさらと、夜闇に溶けるように、〝今〟の自分の存在が消えていくのが分かる。それを目にした瞬間、気付いてしまった。


(あれ……。時間巻き戻したら、あたし、忘れちゃうんじゃない?)


 星斗に逢ったのは、間違って死んでしまったからだ。その前に戻ってしまったら。記憶に残らなくなってしまうわけで。


「……忘れ、ちゃうの?」


 星斗に間違えてここに連れてこられたことも。KURAGEというお茶目なタイムマシンがいたことも。一緒に死神を退治してきたことも。ミカエルに騙されながらも、結構楽しく仕事をして、勉強をして、泣いて怒って笑って喜んだことも。全部、忘れてしまう。


 そう認識した途端、ぽたりと雫が目から溢れ出てきた。


「……晶?」


 星斗が驚いた顔をする。


「あ……」


 晶は両手で頬を覆う。……涙が止まらない。顔がクシャクシャに崩れていく。


「おい、どうしたんだよ」


『晶さん、どこか痛いですかあ~?』


 2人は晶を取り囲んでオロオロする。


「だ、だって……あたし、あんたたちのこと、忘れちゃうんだって、思ったら……うう~」


 ボロボロ涙が溢れ出してきて、もう自分ではどうしようもなかった。


『晶さん、泣かないでくださいよう~! KURAGEも悲しくなっちゃいますからあ~』


 なんて言っているうちに、KURAGEも大きな瞳からポロポロと涙を溢し始めた。


「うう~、KURAGEちゃあ~ん!」


 晶はKURAGEを抱きしめる。


『うえええ~ん、晶さあ~ん!』


「お前ら……」


 2人に泣かれてしまい、困惑顔の星斗。


「ったく……気ぃ強いクセに泣き虫なんだから」


 盛大に溜息をつきながらも……空を仰ぎながら、星斗は言葉を捜した。


「……まあ、仕方ねえよ。時間戻すんだから」


「うう~」


 ますます溢れる涙に、星斗は眉間にシワを寄せる。


「……また、逢えるからよ」


「うう?」


 泣きながら顔を上げる晶。


「天使ってのは、人間より遥かに寿命が長い。お前が人としての寿命を終えたって、俺は変わらず天国にいるから」


「ふえ、そうなの?」


「ああ。だから、お前がばあちゃんになって死んだら、また俺が迎えに行ってやる」


「……あたしがおばあちゃんになっても、分かる?」


「ああ」


「でも、でもっ、時間が戻ったら、あんたもあたしのこと忘れちゃうんじゃないの?」


「忘れない」


 まったく迷いのない瞳でそう言われ、溢れ出ていた涙もピタリと止まる。


「絶対に?」


「絶対に」


 星斗はしっかりと頷いた。


「……ずっと前から見守ってた。それだけは、変わんねぇからな」


 柔らかく細められた青い瞳が、とても優しくて。まるで愛しいものでも見つめるようなあたたかなものであったから。思わず名前を叫んだのだけれど、それは音にならなかった。もう体の大部分が溶けるように消えてしまっていて、意識すらあやふやになっていた。


 揺れる視界の中にいる星斗、そしてKURAGEに向かって、必死に手を伸ばす。



『またな』



 星斗の声が、波のように穏やかに響く。



(うん、またね)



 そう呟いた声は、届いただろうか──。















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