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5.ピンチ!? ②

「其の方、なかなかやるな」


 才蔵は星斗に目をやる。


「茜、あの者は我々で押さえるとしよう」


「分かりました。では、他の者はあの者を!」


 茜が指差したのは晶。途端に、今まで見守っていた死神たちが空から舞い降りてきた。押し寄せる大群に、晶は後ろに下がりながら体勢を整える。


「晶、離れ過ぎんな!」


 そう星斗が叫ぶところへ才蔵、茜が突っ込んでくる。一度刃を交えたからか、剣の軌跡を読まれ、先程のように簡単には攻撃させてくれない。星斗が振り返った時、すでに晶の姿は死神たちに隠れて見えなくなっていた。


「晶!」



 星斗の声は晶に届いていたが、隙間が見えないくらいの大群に押し寄せられてはどうすることも出来なかった。


「くっそう~」


 1人倒せばまた次が来る。心なしか、パンチ力が落ちたような気もする。


『晶さん、頑張ってくださ~い! そろそろ時間がっ……』


 KURAGEの声に、ああそうか、と納得する。羽根のおかげで力が上がっているのが、徐々に限界が来ているのだろう。


「ヤバいんじゃないの~?」


 額から汗が頬を伝って流れていく。たった2人で山のようにいる死神を倒そうと言う方が無理なのだ。地獄との全面戦争を避けるため、秘密裏に事を収めなければならない──。もうそんなことを言っている場合ではないのではないか。


『星斗さあ~ん! 晶さんはもう限界ですよぅ~!』


 空高く飛び、KURAGEが叫ぶ。


「……駄目か」


 才蔵の短剣を躱し、バック転しながら距離を取る。ザッと地面に足をつけて──星斗は短く息を吐いた。


「仕方ねえ……最終手段だ」


 星斗のリングが眩く光る。


「KURAGE! 晶の目を覆ってろ!」


『はいっ!』


 KURAGEはすぐに晶の元に舞い降り、顔にビタッと張り付いた。


「うわっ、何、KURAGEちゃん……」


 その光景を見ていたYUKINONが慌てる。


『才蔵様! 茜様! 目を……!』


 言うより早く、星斗を中心に光が波状に広がっていった。KURAGEの光よりも遥かに強いそれに死神たちは呑み込まれ、声を上げる間もなく倒れていった。




「……」


 晶はKURAGEの体をそっと離し、うすく目を開けてみる。閃光の散った余韻なのか、辺りは光が乱反射してキラキラ煌めいていた。地面は転がる死神たちで埋め尽くされ、まるで黒い海のようだ。


「すご……何これ……」


 辺りを見渡していた晶は離れたところに立つ星斗を見つけ、駆け寄ろうとした。途中、背中の羽根が音もなく消え去るのを感じた。本当に限界ギリギリだったようだ。羽根が消えた後は、鉛のように体が重くなった。足を縺れさせながら星斗の隣に立つ。


「凄いね! これ星斗がやったの!?」


「ああ……」


 星斗の声はいつもより低い。ゆっくりと、重そうに瞼を下ろす。いつも血色のいい頬が、その色を失くしてしまっている。


「……大丈夫?」


「ああ」


 返事にも力がない。


「ねえ、ホントに大丈……」


『晶さん!!』


 晶の声を遮り、KURAGEが叫んだ。ハッとして振り返ると、YUKINONを頭に乗せた才蔵が、短剣を構えて突っ込んでくるのが見えた。


「うわっ! アイツ倒れてなかった!」


 どうやらYUKINONが光を遮ってくれたらしい。咄嗟に構えをとるが、足が踏ん張りきれずに膝を曲げてしまった。


(ゲゲッ、思ったより疲れてる!?)


 慣れない羽根を出しての戦闘に、もう体がついていけない。星斗も恐らく動けないのではないか──?


 今度こそピンチだ……そう思っていたら。バサッと耳元で羽音がして、目の前が覆われた。


「ったくっ……」


 すぐ頭上で星斗の声がする。


「いい加減、消えろ!!」


 グッと力強く肩を抱かれた。瞬間、突風が巻き起こり長い髪が舞い上がった。


『ああ~、星斗さん、駄目ですうぅぅ!!』


 すぐ横でKURAGEの声がする。


 何が起きているのか分からない。ただ、頬と肩に温もりを感じた。



 ……しばらくして。突風が収まり、辺りは静けさに包まれた。ファサッと軽い音がして、視界が明るくなる。少し顔を横にずらすと、晶の肩に乗るくらいの近距離にKURAGEがいた。


「KURAGEちゃん…」


 そう声をかけると、KURAGEはプルプル震えながら顔をこちらに向けた。


『あ、晶さあ~ん……』


 大きな黒い目にうっすらと涙を溜めたKURAGEは、ぴょん、と飛んだ。それを目で追ってから、顔を上げる。至近距離に星斗の顔があった。少し驚きながら、肩の温もりに気付いて──星斗に抱き寄せられているのだと気付く。


 いつの間にか空は晴れ渡っていて、太陽の光が優しく降り注いでいた。その逆光のせいなのか……下から見上げる星斗の顔が、なんだかとても格好良く見えた。


「……平気か?」


 柔らかく微笑むその顔に、不覚にもドキッとしてしまう。


「う、うん」


 返事を返すと、星斗はゆっくりと目を閉じて──晶にもたれかかってきた。肩に添えられていた手が、ずるりと下に落ちる。


『ああ~、やっぱりぃ~!』


 KURAGEが星斗の頭の上に乗る。


『もう限界だったのに、力出しすぎですぅ~!』


「えっ」


 倒れてきた星斗の体を支え、顔を見る。生気の抜けきった、青白い顔をしている。星斗はこうなることを解っていたはずだ。解っていて、才蔵から助けてくれたのだ。


「……ありがとう」


 そっと囁くように礼を言うと、顔を上げた。


「KURAGEちゃん、今ので死神は全滅だよね?」


『はいっ。もう気配は感じられません!』


「じゃあ早く天国に帰ろう。星斗、休ませないと」


『はいっ!』


 移動するためにKURAGEは眩く光り出した。だが。


 すぐにKURAGEの光は消えてしまい、動きが止まった。


「KURAGEちゃん?」


 晶が声をかけると、KURAGEは頬を水色に染めた。


『あ、晶さん、何か来ます』


「な、何かって?」


『解りません……でも、凄い力です。空間が歪んで飛べません……!』


「ええええ!?」


 何て叫んでいる間に、才蔵たちが倒れている辺りから黒い渦が巻き上がった。それは急速に膨れ上がると、弾けるようにして消えた。そこに、人が立っている。


 黒のローブを羽織り、長い黒髪を靡かせた女性だ。宙に浮いていた女性は、ゆっくりと地面に足をつける。一歩一歩こちらに向かって歩を進めるたびに、空気が重みを増してくる。


(この人──)


 鋭いながらも深い慈悲を感じさせる瞳が、晶を捕らえる。


「ルシフェル」


 晶はそう呟いた。


『似てるから』


 ミカエルの言葉通り──もう少し成長したらこんな風貌になるのではないか、と自分で思えるほどルシフェルと晶は似ていた。


 赤い唇が、静かに開く。


「そなたらがミカエルの手の者か。……成る程」


 ルシフェルは穏やかな笑みを浮かべ、倒れている才蔵たちに目をやった。


「すまぬな。酷い思いをさせた」


 その言葉に、才蔵はピクピクと腕を動かし、何とか応えようとしているようだったが、星斗の攻撃でまともに動けないようだ。そんな才蔵の頭を優しく撫で、近くに転がるYUKINONをそっと抱き上げた。


 それから、少し離れたところにいる茜や他の死神たちのところも回り、同じように労いの言葉をかけていった。


 それが終わると、鋭い瞳を晶に向けた。ビクッと晶の体が震える。


「良く2人だけでこれだけいる死神を退けたな。素晴らしい力量だ」


 言葉とは裏腹に、目が笑っていない。


「KURAGEちゃん……」


 静かに晶が言った。


「星斗連れて飛べる?」


 きゅるん、と音を立ててKURAGEは何やら演算した。


『この時間の天国に逃げ込む事は可能です』


「じゃあ、お願い」


『晶さんは!?』


「あの人、足止めするから」


『で、でもっ』


「ね、お願い。星斗、連れてって」


 初めての戦闘でうまく立ち回れなかった。不甲斐ない晶を、星斗は文句ひとつ言わずに助けてくれた。そんな彼を、今度は自分が守ろうと思ったのだ。


『晶さん……』


 KURAGEは心配そうに晶を見るが、少し間を置いて頷いた。


『分かりました。すぐに戻りますからね!』


 小さな丸い手で星斗を掴むと、KURAGEは猛スピードで空へと飛んだ。ルシフェルはそれを見上げたが、動く事はなかった。とりあえずはそのことに安堵する。


「貴女の目的は何なの?」


 晶は立ち上がってルシフェルを睨みつける。


 ルシフェルは妖艶に、薄く笑った。


 それが、晶の最後の記憶。






 天界へ入るぽっかり開いた穴のそばに星斗を寝かせ、KURAGEは急いで人間界へ舞い戻った。しかし、地上に戻ったKURAGEが見たものは、何一つ変わらない人間界の日常の風景だった。先程まで黒い海のように転がっていた死神たちの姿も、圧倒的な力を持って現れたルシフェル、そして晶も。


 どこにも、その姿は見当たらなかった。


『あ……晶さあぁ~ん!!』


 温かな光が降り注ぐ街中を、KURAGEは晶の名前を呼んで飛び回った。







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