アナタのコト、わたしが知っていることだけ…
コソコソと話されている噂話ほど耳に絡み付いてくるものはない。
社交場に来れば来るほどにそれを痛感する。
他人の噂話が大好きな人はどこにでもいて、そんなの、小説の中だけでも、なんでもない。
今日も、控えめの装いで壁の花になることを決めたわたしは、背筋をぴんと伸ばして顎を引き、じっと一点を見つめている。
何にも感じない。
ただ、耳障りな低音の嫌がらせがあるだけ。ただ、それだけのことだ。
それも慣れてしまえば、口の両端の筋肉を使って、自身を笑わせることもできる。つくづく便利な性格だと思う。
『ほら、アレが例のご令嬢?』
『あぁ、曰く付きで、莫大な資産を受け継いだっていう…』
うるさい。ただ、両親が唯一残してくれただけのモノでしょ?
『でも、曰く付きに引っ掛かって、社交界のお相手もいらっしゃらなぃんでしょ?』
『まぁ、仕方ないわよね、あんなことがあったんだから』
真実を知らない癖に、知ったかぶりして、他人を陥れるのは好きなのね
『あら、でも最近、また妙なことがあるとか』
『あぁ、夜な夜な…ね』
!
!?
『モノズキな方もいらっしゃるから』
『あら、彼女から無理矢理なんでしょ?でなぃと、誰があんな娘と…』
っ!!
『相手も鬼なら、違うんでしょうけど』
クスクスっ
誰かの失笑に、顔に血液が集まる
これが、わたしが、愚かな所以
まだまだ、修行が足りない
時間がないのに
早くしないと、本当に次は闇に包まれてしまう
否
……
刹那、空気が変わる
視線を動かすと見慣れたはずの姿
でもまだ、夜の帳が降りてはいなぃから、わたしは動くことはできない
動くことを、許されてもいないから、ただひたすらに視線で追う。
そんなわたしはどんな表情を浮かべているのかいつも気になってしまうのだ。
鏡でみれるなら、とても醜い表情にでもなっているのだろう。
わたしが、わたしでなくなっていく。
そもそも『わたし』って誰?
「一曲踊っていただけますか?」
その特徴的な声に思わず視線を合わせてしまう。
同時に差し出される手とまわりの歓声。
ヤメテ
表情が作れないまま、握り返す。あとはあたかも当然のようにステップを踏み始め、慣れてしまった匂いに包まれていく。
誰?
夜の貴方しか知らないままがいいのに。
今のこの状況は何?
でも、知ってる
『たまには、お嬢様にも付き合わないと周りがうるさいから』
そうね
面倒なことが嫌いなだけでしょぅ?
知ってる
シッテルキニナッテルダケかもしれないけど
わたしに見せてくれた分だけ知ってるの
貴方のことを
何も知りたくはなかったって言葉にしたら貴方は表情を歪めるんでしょうね
長いワルツが終わるとわたしは挨拶もそこそこに壁に寄り、一笑する。
わたしができる精一杯の裏切り。
また夜が訪れてくる
心待にしてしまってた時間
なくなることが分かっている甘美な時
そして、失う準備を始めてるわたし
今は生きていくすべがそこにしか見つからない。でも、それは永遠でも、命が尽きるまででもなくて。
死神の宣告よりも酷であり、出口を探せない
早く
早くして
神様が用意した分だけ、真っ黒になって、罪を重ねてしまうから
だから、最近の夢はあんなに辛いのだろう
ねぇ、わたしの血をあげる
できることなら全て飲みつくしてよ
そんな『面倒』なことをしないことは知ってるのけど