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カラーセレクション  作者: 清水 悠
-緑-
8/8

ささやかな時間

積み上げて来た時間。

相手が貴方で本当に良かった。

「あなた、ご飯出来ましたよ」


 暖かい日差しの差し込む部屋で、座椅子に深く腰かけていた主人は声に気づき目線を送った後で腰を上げる。ほのかに、い草の匂いがするその部屋で新聞を読むのは朝の日課だ。



 食卓には、炊きたての白いご飯、出汁から取った味噌汁、今が旬の秋刀魚の塩焼きと大根おろし、かつお節をまぶした冷奴、白い容器に移してネギを乗せた納豆が並ぶ。秋刀魚の塩焼き以外はいつもの献立。


「「いただきます」」


 箸を持ちお互いに味噌汁に手を伸ばす。


 ズズッ...ズッ...ゴクッ...。


 合わせてる訳ではないのだけれど、自然と揃っているのは長年の付き合いだからなのか。


 私は次に秋刀魚に手を伸ばす。


 パリッ。


 箸を入れると皮の間から旨みが染み出てくる。そのまま身をほくじ一口。

 ふっくらした身、しっとりした舌触りで噛むと身がほぐれて旨味が口の中に広がる。見た目からは想像が出来ない程の脂がのって濃厚な味。

 お肉はキツイなと感じる事が多くなったけど、秋刀魚は毎日でも食べられる気がする。


 私が黙々と食べ進める中、ふと気がつくと主人は箸を置いて一点を見つめていた。


「…どうかしましたか?」


 体調でも悪いのかと不安になりながら、私は振り返って主人が見つめる先を確認する。ガラス越しではあったけど庭を見て不安は納得に変わった。



「なるほど…ハナミズキが綺麗に染まりましたね」

 鮮やかな紅なのだけれど、どこか落ち着く雰囲気があるのは昔から私達と一緒だったからなのだろう。


「そうだな...」

 目線は動かさず小さく頷く。

「今日はお団子を作りますから、息子達も呼びましょうね」

「うむ」


 主人は満足気な表情で、止まっていた箸を秋刀魚へと伸ばした。



「「ごちそうさま」」


 私の方が食べ終わるのが遅いのだけれど、二人揃って手を合わせる。そういう気遣いは昔から変わらない。


「よいしょ…片付けが終わったらお茶を淹れますね」

「あぁ、ありがとう」


 部屋にはカチャカチャと食器を片付ける音。テレビはついているが、あまり見ないので音量は小さい。その分、時たま聞こえる鳥のさえずりが心地いい。


 食器を運び終え、蛇口をひねろうとして気がついた。


「昔に比べると便利になったのだけど、まだ慣れないわね…」


 そう呟いて、取っ手を持ち上げ水を出す。


「まぁ、そのうち慣れるだろう。少し辛抱してくれ」

「あ、いえ、不満がある訳ではないですよ。息子に慣れた所を見せたいなと」


 今のキッチンは主人が定年を迎えた年、独立した息子に家のリフォームを頼んで出来た物。細かい段差とかが無くなり、住みやすくなったので感謝している。


 息子もかなり力を入れてくれたみたいで、インターネットに乗せているって見せてくれた。その時の主人は自慢げな顔をしていて、息子は満足してくれて良かった!と言っていたけれど、あの顔は貴方が立派になったのが嬉しいのよと心の中で呟いたのを思い出し笑みがこぼれる。


 止まっていた手を動かし、カチャカチャと食器を洗いはじめる。


 手早く洗い物を片付けてお茶の準備。

 急須に茶葉を入れて、ゆっくりお湯を注いでいく。一度に注がず、少し置いてから湯のみに数回分けて注ぐのがコツ。


「うん。今日もいい香り」

 ふわっと漂う香りと静けさが森林にいるような気にさせてくれる。


「あなた、お茶が入りましたよ」


 テーブルに湯のみを並べていつもの定位置に。

 それを見てから主人はお茶を啜る。


「美味いな...」

「お粗末様です」


 たわいの無い会話をしながらテレビに目を向けると、レポーターさんが紅葉をバックに見頃の解説やキレイに見える場所などの特集をしていた。


 あっ!と思うと主人も同じ事を考えたようで、無言でこちらを見ている。


「電話してきますね」


 頷く主人を見て、居間の電話を取り履歴ボタンを押す。


 プルプル...プルプル...プルプル...ガチャッ


「はい、もしもし」

「もしもし、朝からごめんなさいね。今、大丈夫かしら?」

「大丈夫ですよ。お義母さん何かありましたか?」


 朝の忙しい時間は過ぎたとはいえ、普段掛けない時間帯だったからか声色に少し不安が感じ取れて申し訳なくなる。


「ううん。大した事はないのだけど、今日の夜にお団子でも食べに来ないかしらと思って電話したの」

「そういえば、もうそんな季節でしたね!お義母さんのお団子は家族みんな大好きですから、お邪魔していいのであれば是非」

「ふふっ、嬉しいわ。ハナミズキも綺麗なのよ、待ってるわね…。あっ、晩ご飯はどうしようかしら?」


 今更ながら晩ご飯の事を考えてなかった事を思い出し、年甲斐もなくはしゃいでしまっていたと自覚する。


「今日の夜は秋刀魚を食べようと思って準備してあるので、こっちで済ませてから行こうと思います」


 その返事にホッと胸を撫でおろした。別にこちらで準備するのは構わないのだけれど、気を使わせてしまうのは心苦しい。


「そうなのね、私達もさっき秋刀魚を食べたのよ。今の時期美味しいですものね。じゃあ晩御飯を済ませてから来てもらってもいいかしら?」

「はい、分かりました」

「ありがとう。楽しみにしてるわね」


 別れの挨拶を済ませ受話器を置く。来てもらえるみたいでよかった。


「あなた、来てくれるそうよ」

「おぉ、そうか。それは楽しみだな」


 顔はテレビに向けたままの返事だったけど、顔が緩んでいるのがわかる。


「後でお買い物付き合ってくださいね」

「あぁ、孫は栗も好きだったから栗も買わないとな」




 お昼過ぎまでゆっくりして、主人の運転で大きなショッピングモールで買い物。2人とも張り切っちゃってついつい買い過てしまった…。思いのほか遅くなったので晩御飯まで済ませて家路に着く。



「ふふっ…すっかり暗くなっちゃいましたね」


 楽しみな気持ちが抑えられなくなり思わず笑ってしまう。


「そうだな、荷物があるから気をつけろよ」

「大丈夫ですよ、躓くような所もないですし。貴方も気をつけてくださいね」


 そんな会話をしながら玄関を抜けキッチンに向かう。物静かなリビングの先では今日の主役が輝いていた。足元からライトで照らされている様子はルビーが散りばめられてるかと思いそうになる。


 改めてキッチンに立つと、目の前に来る光景に思わず意識が引っ張られそうになるが、そこは皆が来てからのお楽しみだと決意して今すべきことに集中する。



「お団子、作りますね」


 そう決意して準備を整えたら、材料をボールに入れてお湯を注ぎ混ぜていく。混ざりあったら少し熱が取れるまで放置。その間に餡子や、みたらし団子用のタレを作っていく手筈だ。


「ぺろっ·····。うん。美味しい」


 タレの味を確認して、ボールに手を伸ばそうした時


「もういいのか?」


 気がつくと主人が横に立っていてボールに手を伸ばそうとしていた。てっきり和室にでも座っていると思ったので少し体が跳ねてしまったのが恥ずかしい。


「ありがとう。全部は丸めずに少し残しておいてね」


 我が家では団子の中にタレや餡子を入れた、外から分からないお楽しみ団子を作るからだ。


「あぁ、分かってる。少し残しておく」


 クルクル…ポンッ…。

 クルクル…クルクル…ポンッ。


 2人とも慣れた手つきで、あっという間に団子が積み上がっていく。そろそろボールの底が見え始めたとき



 ピンポーン。



「…来たみたいですね」


 はーい。と玄関に向けて返事をしてドアを開けに行く。



 ...ガチャっ。


「よっ!ただいま!」

「おばあちゃんー!こんばんわ!」

「お母さん、今日はありがとうございます」

 

 3人の笑顔が飛び込んでくる。


「来てくれてありがとう。ほら、早く上がって」

 こちらも嬉しくなり、同じくらいの笑顔を浮かべてリビングへと促す。


「「お邪魔します」」


 2人は挨拶をして家に上がる。

 孫は今年から小学生だというのに、きちんと靴を並べるあたりしっかりしてるんだなと感心する。


「オヤジ!来たぞー!」

「おう。お疲れ様」

「ありがとう。もうそろそろ家には慣れた?」


 関心してる間に息子は家に上がって、主人と話していた。既にボールは空になっているらしく、2人揃ってリビングで椅子にかけている。



「じいじー!来たよー!」

「よく来たなー!栗も買ってあるからいっぱい食べてな」

「栗!?やったぁー!食べる食べる!」


 孫がキャッキャッとはしゃぎながら主人に駆け寄っていき、よっこらしょっ…なんて言いながら孫と一緒にこちらに栗を受け取りにやってくる。


「お父様、いつもありがとうございます」

「喜んでもらえたらいいんだ。気にしないでくれ」


 主人はいつもと違って少し柔らかい印象だ。

 孫が来るといつもこう、そんな雰囲気を見て嬉しい気持ちになる。


「ほら、みんなこっちでお団子食べましょう」


「食べる食べるー!」


 今日の主役…今となっては脇役になってしまった庭に団子を持っていく。


 自慢の庭には、ちょっとしたテーブルと椅子が4脚置いてあって、ハナミズキは中央でライトアップされている。


「うわー、綺麗!じいじ達いいなぁ!」

「ほんと、いつ見ても綺麗だよな。やっぱりライトアップして正解だっただろ」

「凄い...鮮やかで綺麗」


 3人は初めではないけれどいいリアクションをしてくれて嬉しくなる。


「ありがとう。今年も綺麗に色づいて良かったわ」

 主人を見ると誇らしげに頷いていた。


「ほら、みんな席に着いて。温かいうちに食べましょ」


 私は縁側に座って、みんなをテーブルに座るように促す。机には、みたらし団子、餡子の乗った団子、ただ丸めた団子の3つが串に刺さって並んでいる。その周りを囲うように栗を置いている。


「「「いただきます」」」


「「いただきます」」


 揃って団子を一口。

 孫と息子はみたらし団子を頬張った。


「んーーっ。おばあちゃん!!!美味しい!!」

「よかったわ、いっぱい食べてね。でもそのお団子はじいじが作ったのよ」

「え?じいじ凄い!!美味しいよ!!」

 主人は少し困惑したような顔をしてるけど、すぐ笑って


「ありがとう。いっぱい食べなさい」

 そう言った。


「うん!!!」


 テーブルでは4人でワイワイしながら、団子と栗を食べている。


「パパ、ママ、見てみてー!このお団子ミツが入ってて美味しい!!」

「あっ!ママのは餡子が入ってるわ!」

「いや、俺のには何にも入ってないんだけど!?」


 知らない間に主人がしっかり入れてくれたみたい。


 そんな光景を見て幸せだなって...。しみじみと思う。

 来世でもこんな風に縁が続けばいいなって、お月見様にお願い事。



 すると、主人が静かに席を立ち私の横に座る。




「いつもありがとうな」


「...急にどうしたんですか。私の方こそ、いつもありがとうございます」


 真面目な顔でそんな事を言われて、照れながらも素直な気持ちを口にする。


「結婚して良かったよ。幸せだ。あと何年、一緒に居られるかはわからないが、もう少しよろしく頼む」


「嬉しいです。だけど、あと何年って...。ひ孫を見るまでは一緒に居るって約束、忘れてないですか?」


「あぁ、そうだったな」


「よろしくお願いします。この幸せな時間がずっと続くように」


 不器用だけど、たまにこうやって気持ちを伝えてくれる。


 何もしないように見えるけれど、細かい気遣いや出来ることは手伝ってくれる。


 なにより一緒に居ると安心するし落ち着く。





 それに、たまに見せるその表情に今でもときめく事があるんですよ?



 私が見つめる先で、月光に照らされた主人が今までで1番の笑顔を浮かべていた。


次回-深紫-


君の事が大好き。

絶対誰にも渡さないよ?

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