未来へ向けて
昨日は本当に送り主に届くのか、他の人に見られたりするんじゃないかって、不安と期待の入り混じる感じでなかなか寝付けなかった。でも、その時間も悪くなかった。
何かを楽しみにする事なんて最近なかったから。
そのせいか、今日は学校に着いてからもずっとドキドキしている。どんな結果になるだろうって。
ワクワクとドキドキで頭がいっぱいになって、昼休みに入っても本を読まずに教室で上の空だった。
「教室にいるの珍しいね。窓の外をずっと見てるけど、何かあった…?私でよければ相談に乗るよ」
優しく後ろから声をかけられる。
振り返ると心配そうな顔で委員長がこちらを見ていた。
「ありがとう、特に何も無いよ。昨日、小説を読むのが止められなくて夜更かししちゃったから眠たいの…」
まさか声をかけられるとは思わなくて何とか言い訳する。大人しく図書室に行っておけばよかった、と心の中で悔やむ。
「そっか、もう試験も終わったもんね!私も最近はスマホとかいじって夜更かししちゃうもん。でも何も無いなら良かった」
そう言って、おやすみなさい。と少しいたずらっぽく笑って委員長は自分の席に戻った。
気にかけてくれる人がいた事に少しあったかい気持ちになりながら、眠れないけれど机に伏せるしかなかった。
そして放課後、早足で色々なグループを掻き分け、校門をくぐり、改札を抜けて、電車に乗り込んだ。途中で靴が脱げそうになりながらも足は緩めなかった。そのおかげで乗り込んだ電車は、いつもより早い時間に目的地に着く。
途中、腕時計をチラッと見るといつもより20分は早く海に着きそうだ。
はやる気持ちそのままに、防波堤ではなく真っ直ぐ砂浜に向かう。もはや靴に砂が入る事すら気にならなかった。
ただ、砂浜に差し掛かる途中で珍しく男の子とすれ違った時は、少し息切れしているのが恥ずかしく思えた。
目的地の近くに来ると、昨日と同じ透明なビンが目に飛び込んだ。
「あっ…あった…!でも、これって…」
呼吸を整えながら、おそるおそる手に取る。
キュルキュル...パカッ...
ガサガサ...ゴソッ
...シュルシュル。
震える手で手紙を開く。
そして中身を見たとき、震えは体にも移った。
それは何度も家で見返した彼の字だったから。
手紙には、拾ってもらえた事や返事が返ってきた事を喜ぶ言葉が並んでいた。
その後には、友達がいない事の心配や趣味は何なのか?など、方眼紙いっぱいいっぱいまで質問が書かれていた。
「あはは、テンション高いなぁ」
文字だけでどれだけ嬉しかったのかが伝わってきた。
そういう私も自然と笑みが零れるくらい嬉しいんだけどね。
そして、その場所で返事を書く。
私も嬉しかった事。
趣味は読書と海を眺める事。
昔…いじめられていた事。
そして彼への質問と、私も便箋いっぱいいっぱいまで書いた。
その間、頬にあたる風が冷たかったけど体は暖かかった。完成した手紙をそのままビンに入れて、下敷きや筆箱についた砂を落とす。
満足げな表情で顔を上げて海を見つめた。
このビンはどこから来たのかな?とか考えようとしたけれど、もうあたりは黄昏時。
思ったより時間が経っていた。完全に暗くなる前に鞄の中を整えて歩き出す。
帰り際にどこかに居る彼に向けて、またね。とだけ呟いて。
それからのやり取りは順調だった。
手紙も絶えることなく翌日には届く。
こうなると手紙がなんで届くのかは考えないようにしていた。
そのやり取りは本当に楽しくて、久しぶりに友達が出来たとさえ思えた。
彼も読書が趣味で、好きな作家や好きな本のタイトルを言い合ったりして盛り上がった。今日は何の本を読んだよ!なんて報告をしたり。
でも、お互いどこに住んでるかとか、会ってみたいとかは言わなかった。私はこの手紙のやり取りが続くだけで満足だったし、聞くと何かが壊れそうな気がしたから。
こんな関係が1週間くらい続いた時だった。
受験してた文芸大学の合格発表の日が訪れたのは。
ずっと私を助けてくれた本、私もそんな本を書きたい、誰かに力を与えられるような物語を書きたい…そう思ってこの大学を受験した。
今は自分の部屋でスマホを握りしめて時間まで待つ。先に1人で確認させて欲しいとお願いして、家族にはリビングで待機してもらっている。
机に座り、時計とにらめっこ。
3.2.1…。
すぐに合格発表と書かれているリンクを押して、受験番号を入力する。
何度も受験番号を確認して、1度スマホを置いて深呼吸。画面に移る受験番号は間違っていない。
「よしっ…!」
覚悟を決めて、発表の通知を受け取る。
画面が切り替わり表示される「合格」の2文字。
グッとスマホを握る手に力が入る。そして一瞬で脱力した。
「はあぁぁぁ…」
本当に受かってよかった…。四肢をだらんと伸ばし、全てを椅子に預ける。
「嬉しい…よかったぁ」
もう一度、言葉に出して噛み締める。
まだまだ余韻を楽しんでいたかったけれど、リビングで待つ家族のためにゆっくりと立ち上がる。
全身の脱力感が残ってるせいで、少しフラフラする形でリビングに現れることになり、家族全員の表情が強ばったのが分かった。
「大丈夫。無事合格しました」
そう笑顔で告げた。
報告を受けた両親と妹は「はあぁぁぁ…」とため息を漏らし、椅子から四肢を投げ出している。
その光景を見て、やっぱり家族って素敵だなと再認識した。
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そこからは、おばあちゃん家へ報告に行ったり家族にお祝いされたりであっという間に夜になった。
そして、今はお気に入りの万年筆を片手に便箋と向き合っている。もちろん彼に報告する為だ。
手紙の書き出しはスムーズだったけれど、途中で筆が止まる。
「そっか…そうだった…」
この大学に通うなら一人暮らしになる。
だから海には来られない。
その事実に気がついてしまった。
まるで転校生していくような気分。
実際、進学といえど転校と変わらないもんね、と1人で納得する。
ただ海に来られなくなる事はどうしようもない。癒しと楽しみ、どちらも失うことは気持ちの整理がつかない。
携帯電話の番号を書く?
それともLINE?メール?SNS?
どれもダメだ。
今は順調に手紙のやり取りが出来ているけれど、いつ受け取ってくれなくなるかは分からない。それに、過去のやり取りが色褪せてしまうから。
だから素直な気持ちと決意を書くことにして筆を進めた。
「親友の君へ
今日はすごく嬉しいことがあったの。
前に一度話したよね?受験してた文芸大学に無事
合格しました!
勉強して、君に面白いって言わせる小説書くから!
ペンネームは安易かもしれないけど海野 夕子
にしようって思ってる!
もし見た時は感想を教えてね。
後、もう一つ報告しなきゃいけない事があるの。
大学に進学したらこの海には来れなくなるの。
だからこれが最後の手紙になります。
君と手紙のやり取りができてほんと嬉しかった。
久しぶりに親友ができたと思えたから!
大学ではちゃんと友達作るから!
大丈夫だよ!心配しないで。
こういう風に思えるようになったのも君のおかげ。
本当に感謝してる。ありがとう。
この手紙の返事はいらないからね。
ほんと不思議な縁だったね。
また出会えた時はよろしく。
じゃあ、君も頑張ってね!」
何度か見返して、よしっ。と頷いてビンに入れる。
親友って書いたのが少し恥ずかしくて頬が赤い。
でも、確かにそう思ってるから。
これは自分が前に進むために必要な事なんだ。
もう会えないかもしれないけれど、私の小説が売れるといつか届くかもしれない。感謝の気持ちくらいは伝えられるようになるかもしれない。
これからは未来を見て歩くんだ。
新しい決意を胸にビンを持って家を出る。
最後の手紙を砂浜に届けに。