不思議な手紙
貴方の存在が私を変えてくれた。
暗く沈みそうだった私を。
名前も顔も知らなかったけど、きっと好きになると思う。
色褪せた方眼紙。
だけど…。私にとっては大切な、何より大事な宝物。
あれは今から2年前。私が高校3年生になった時のお話。
私は高校に入ってから、ずっと浮いた存在だった。自分からそうなるように動いていたから当然と言えば当然。
関わりは最小限で、休み時間はずっと図書室にこもり本を読んで過ごす。私の態度などについて陰口を言われるのは気にならなかったけれど、青春の無駄遣いと言われていた時は少し胸が痛かった。
私だって、好きで無駄遣いしてる訳じゃないのに…。
そう何度も頭の中で呟いていてたのを覚えている。
こんな風になったのは、中学生の時に体験したイジメのせい。今でも引きずっているのだから、まだイジメは終わっていないって言えるかも。
その時から私の唯一の癒しは家の近くの海。
白い砂浜というわけでも、透き通るほど綺麗な水というわけでもなかったけど、青くて大きくて…何より波の音が心地いい。
特に好きだったのは夕日が沈む瞬間。
ゆるやかに赤く染まって、輪郭が溶けていく。
世界がぼや〜っとした中で私も一緒に溶けていくあの感覚が好きだった。
でも、夢の時間はやっぱり短い。溶け切ってしまえば辺りは真っ暗。そこからは途端に海が怖いものに見えてきて、駆け足で家に帰る。
そんな生活をずっと繰り返していたある日のお話。
―――――
キーンコーンカーンコーン。
終礼のチャイムが鳴り「今日はカラオケに行こうぜ」なんて同級生はワイワイと楽しそうにしている。
その横を抜け、廊下を歩き、校門を出るまで、グループになっていないのは1人だけ。「青春だね…」そう呟く声色はまるで夜の海みたいだった。
そのままいつものように電車に揺られ、いつものように定位置の防波堤に向かう。
よいしょっ…。
そういいながら両手を着き、体を引き上げる。そこには、まだ水面を輝かせている太陽、大きくて青い海、ザブンッ、サーッと波打つ音といつもの光景が広がっていた…が、それ以外に違和感のあるビンが目に入る。
ゴミが流れ着いているのは別に珍しくないけれど、それは砂に少し埋もれる形で立っている。そして中に丸めた羊皮紙の様な物が見えた。
「なんだろう…すごく気になる」
どうしようか少しだけ迷ったけれど、海に紙の入ったビンがある。それだけで私の好奇心は抑えられなかった。
ぴょんっと防波堤を飛び降りて、砂浜をシャクシャクッシャクシャクと踏み鳴らしていく。
今、この場所には波と砂の音、それに少女とビン。
それだけだった。
そしてビンの前にきて違和感の正体に気づく。砂浜の真ん中まで流されていたのに、傷一つなく綺麗な状態な事に。
ただ、そんな事はどうでもよかった。
手に取り軽く砂を落としてから、改めて眺める。
ビンは透明でクルクル回すタイプの蓋が付いてた。やっぱり中には筒状に丸められた紙が入っている。それは羊皮紙ではなく方眼紙だったけれど。
グッ…ググッ…クルクルクル…キュポン。
ガサッ、ガザガサッ、シュルシュルシュル。
自然と早くなる手は抑えられず、紙を掴んで開いていく。何の意味もない紙が入っているんだろうと思いながらも、少し期待している自分がおかしかった。
でも、中身は期待通り手書きで文字が綴られていた。
「この手紙が誰かの元に辿り着く事を信じて」
その書き出しから始まるその紙には
最近、親の都合で引っ越して友達がいない事。
新しい家の前に海がある事。
だから、新しい友達が欲しくて手紙を海に流してみた事が書かれていた。
読み終わった後は、少し震える手つきを抑えながら手紙を戻す。
ビンの中に手紙を入れて流すなんて本でしか見た事なかった。それに、ちゃんと人に届くなんて…。
事実は小説よりも奇なり。
そういう事ってあるんだと思いながらビンを片手に家を目指す。
やらなきゃ行けないことが出来ちゃった。
そう呟いて早足で去っていく少女の背を、まだ青い海は見守っていた。
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次の日の朝。
普段はなかなか離してくれないベッドも、まとまりのない髪の毛も、朝はゆっくりでしか受け付けてくれないお腹も、高校生活で初めて全てが協力的だった。
そして今日は学校についてからも順調で、憂鬱な気分は一切出てこない。
そうして待ちに待った放課後、流れるように海に向かう。いつもと同じなのだけれど、今日は一つだけ違う事がある。便箋の入ったビンがバッグの中で待っているのだ。
送り主の手元に行く事なんて無いだろうとわかっていながら返事を書いた。ビンを拾った事、海が好きな事、友達が少ない事…。どうせ知らない人だからと思うと筆は自然とよく進んだ。
私も意外にロマンチックなんだなって思いながら、お気に入りの場所に座ってビンを取り出す。
「うーん、どうしたらいいかな…」
そう考えながら海の方に目線を移したら、
まさか。そんなことある訳ない‥。
何度も目を擦り確認するけれど、それは消えない。
何が起きてるか分からないまま、その場所に駆け寄った。
「昨日と同じビンだ…」
自分が持っているビンを横に置き、勘違いでも幻覚でも無いことを確認した。そして最初から置いてある方を拾い、慣れた手つきでビンを開け中身を取り出す。
それはやっぱり昨日と同じ文字で書かれた手紙だった。
誰かに拾って貰えたのか。
ちゃんと流れ着いているのか。
もし届いているなら返事が欲しいと書いてあった。
明らかに手紙の続きと思える文章で、偶然なのか必然なのか、そういう思いが頭を駆け巡るけれど、偶然だと割り切る事にした。
だってそっちの方がロマンティックだから。
でも、返事を書いてどうしたらいいんだろうと最初の課題に戻ってきた。投げたらいいのか、そっと流してみるのか、満潮時じゃないと流れないのか、正解が分からない。呆然としたままスマホを取り出そうとして思いなおす。
すでに現実的では無いのだから、開き直って理想を追い求めてみようと。
そして、自分が持ってきたビンと今日置いてあったビンを入れ替える。今日も同じ場所にあるなら、ココに置いておけば戻って行くんじゃないかと思ったから。
きっとこの場所には不思議な力があるんだと信じて。
ビンの置き場所が決まり、定位置に戻って海を眺める。段々と溶けて行く世界の中、チラッと目線を送るとビンは太陽を閉じ込めるように赤く光っていた。
送り主に届けばいいな。
そう願いを込めて、夕日の沈んだあとの海で少だけ星の光を楽しんだ。