赤い花
月曜日だけど朝からベッドの上で考え事をしていた。今日は文化祭の代休で学校は休みだったから。
普段なら喜んで出かけるのだけれど、なぜかそんな気分にはなれない。ボーっとしながら特に意味もなくスマホをいじってると、ブルっと手元が震えた。
それは、文化祭の打ち上げには来ないのか?っていう友人からの催促だった。場所は近くにある1時間600円で色々なスポーツが出来る場所。打ち上げと言えばどのクラスも大抵ここだ。
後から行くかもと返信して、ゴロンとベッドの上でスマホと一緒に転がる。「動きたくないー」なんて呟いていると、横で転がっていた相棒は元気に動き始めた。
「他のクラスも来てるから、3年生はかなりの人数がいるぞ!もしかしたら彼女も来てるんじゃないのか?」という友人からの返事。
確かに彼女も来ているかもしれない…それは分かっているんだけど、何か違う気がして動けない。理由は特にないから不思議だ。
余計に悩んでベッドの上をゴロゴロ転がる。
実際いたとしてもかなりの人数だから2人で話すのは不可能じゃないか?でも以外に少しなら話せるのかも。と頭を悩ませる。でも文化祭の話なら不自然じゃない…?
その時、脳裏にヒラメキが走る。
思いついた勢いでベッドから跳ね起き、パパっと用意を済ませて家を出て自転車にまたがる。
向かった先は、市の展示会場。
普段なら気恥ずかしくて来れないけど、今日は誰もいない可能性が高いし、いたとしても受賞者の誰か。すなわち彼女達の誰かだろうという一石二鳥の考えだった。
会場に着くと絵画等展示会と書いた縦長のホワイトボードが目に入る。全体的にこじんまりとしていて、盛り上がっている様子はなかった。
平日の昼間だし仕方ないか…と少しガッカリしながら入口に向かう。入場口にはお爺さんが立っていて学生証を提示する。
「あら?今日は学校は休みかい?今は誰もいないから貸切だよ」
「今日は文化祭の代休でお休みなんです。貸切なのはラッキーでした」
外見や表の看板からは想像が付かなかったが、中に入ると思ったより展示数が多くて驚いた。結構色々な作品が飾られてるんだなぁ、とキョロキョロしながら真っ直ぐ進んでいく。そして目の前、ちょうど会場の真ん中を飾っていた絵。
星の宝石箱と書かれた作品が最優秀賞を取っていた。
豪華な額に入れられライトアップされたその絵は名前負けしない美しさだった。
月を中心に色とりどりな星が散りばめられ、色は単色ではなく、一つずつ丁寧に塗り重ねられていた。それは本当に宝石のようで、手に取れそうなほどの臨場感があるのに、どこか儚げで壊れそうな雰囲気すら醸し出す。
綺麗。俺にはそれしか言葉が浮かんでこなかった。
その両サイドを飾っていたのは、薄氷のワルツや森の海とタイトルのついた作品が並んでいた。
薄氷のワルツは、脆そうなのに躍動感があり自然と体が動きそうな力がある。森の海は反対に重厚感があり包み込まれる安心感。森と海の掛け合わせはこんなに癒されるのかと感心した。
「これ全部、一般応募で集めたんだよな‥」
その後見かけた作品はどれも息を呑むほどの世界観を持っていて、そのまま呑み込まれるんじゃないかと思わせてくれた。
普通に鑑賞を楽しみ始めていた頃、たどり着いた目的地。高校生の部。それは1番奥の角に設置されていて、振り返ると入口は小さく見える。そしてちらほら人影も見えた。
気を取り直してスペースに入っていくと、真っ先に自分の絵が飛び込んできた。
光によって照らし出されて揺らめく炎。
高鳴る心臓の音。
ジリジリと上がる温度。
そして脳裏に浮かぶ彼女。
ここまできて、ふぅ‥と息を吐き現実に戻ってくる。少し落ち着いてスペースを見渡して気がついた。自分の絵の横にある知っているようで知らなかった作品に。
タイトル「燃えるような恋」
「は…?なんで?この絵のタイトルって…」
「そうだよ。伊豆だったよ」
慌てて振り返ると彼女が立っていた。
「………え?」
思わず固まってしまった自分を見て、彼女は続ける。
「ごめんね、思わず声かけちゃった。私たちの発表聞いてなかった?」
「ご、ごめん。聞いてなかった…かも…」
動揺は隠しきれていなかったが正直に話す。目線を合わせた彼女は何故か息が上がっているように見えた。
「そうなんだ…目の前で発表してたのに。なんで聞いてなかったの?」
「文化祭の時、廊下で絵を見てたのが君だったんだって気づいたら舞い上がっちゃって...」
彼女は少し落胆した表情を浮かべて、ため息混じりに呟く。
「やっぱり、それまで気づいてなかったんだ。まぁ、髪を切ったし普段は眼鏡だし、仕方ないかもね。それに、あの時の話をしようとしたら他の子達に遮られたし...」
あ、あの時か‥。頭の中でリハーサルの日のことを思い出した。私もって言ったあとの続きは、見られてたの恥ずかしかったって感じかな。
「うん、気づいてなかった。ずっと探してたんだけど」
そこまで言って、覚悟を決める。
「あの時、絵を見つめる君の横顔をみて綺麗だと思ったんだ。その後からもう一度会いたいって気持ちがドンドン強くなって…」
心臓が高鳴る。
体が燃えるように熱くなってきて、先程まで眺めていた絵も後押ししている気がする。
きっとこれは運命なんだ。
今この瞬間は物語の主人公になれる。
これまでの気持ちを込めて、彼女の目を見つめる。
「好きです!!付き合ってください」
地面を向き、勢いよく手を差し出す。
彼女の顔が見えないので、どういうリアクションをしているか分からない。ただ、動いている気配も何か言ってくれる訳でもない。いきなり過ぎて困惑してるのだろうか…。
それにしても沈黙が長い…。この体制のせいで余計に長く感じる…。
段々と体が冷静さを取り戻していく…。
どれくらい時間が経ったか分からないが、顔を上げる余裕はなくただ固まるしかない…。
少しの後悔と恥ずかしさが波打ってくる…。
あれ?実は今時が止まってる…?
そんな考えすら頭をよぎった時、彼女の口から出たのは自分の予想していない答えだった。
「ちょっと恥ずかしいから外に出ましょ」
…確かに。
う‥うん。と少し情けない返事をして彼女の後をついていく。入口に戻るまでの間、チラッ、チラッと視線を感じて、冷え始めていた体が今度は違う意味で暑くなってくる。
足早で外に出ていった彼女を追いかけて行くと、会場の裏手まで来て立ち止まり振り返った。
「ありがとう、凄く嬉しかった。でも、付き合えないかな…。ごめんなさい」
段々と小さくなってきていた炎は、完全に勢いを失っていく。今にも消えそうな感情の中、せめて悪い印象を与えないように…。そう思い口を開く。
「そうだよな‥。君からしたら急に告白されたんだもんね。でも、ちゃんと返事がもらえてよかった、ありがとう」
今にも走り出したい。そんな気持ちを抑えて会釈をした。何とか笑顔を作り出そうとしたけど、感情が邪魔をしてなんとも言えない顔になっていると思う。
直ぐに彼女から背を向け、今日の中で1番重たい足を必死に動かし家に向かって踏み出す。
虚ろな頭の中では、思春期の勘違いだ!って言葉が鳴り響いていた。
「待って!」
「まだ話は終わってないから」
その言葉が足を止め、頭の中の言葉も止めた。
「確かに、告白されたのはビックリした...。お互いの事も全然知らないし、眼鏡かけてたら気づかなかったくらいなのに。でも、私も絵を見た時から貴方のことが気になってた…私と同じなのかなって。雪晃の花言葉って『燃えるような恋』なの」
その言葉を聞き、ハッと振り返る。
「私はそんな恋がしたいって思ってた。貴方もそう思ってるだよね?もっとお互いの事を知りあえたらいいなって…友達から始めてくれませんか?」
今度は彼女が手を差し出していた。
何が起きたか分からず固まる。そしてさっきのシーンがフラッシュバックし、駆け寄って握り返す。
「よろしく。きっと燃え上がらせて見せるから」
彼女がふふっと笑って、そんな気がするって小声で呟いた。
きっとこの恋は赤い花のように燃え上がるはず。
次回ー青ー
少女が見つける不思議な手紙。