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カラーセレクション  作者: 清水 悠
ー赤ー
2/8

火種とサボテン

 あれからしばらく経ち、彼女は見つからない中でふいに訪れた転機。


「放課後、校長室まで来てくれるかね?」

 そう声をかけられた時は、市の展示会場に飾られる事についてだろうなと思っていた。

  わざわざ声をかけてくれなくてもいいのに·····。と少しの照れと誇らしげな気持ちで今は校長室の前に立つ。


 ドアをノックし、「どうぞ」という声をきいて扉を開けた。


「失礼します」


「かけて楽にしていいよ」


 ゆっくりとあのソファーに腰を下ろす。それと同時に、手がすでにあの感触を求めているのは校長先生からは見えていないと思う…。座り心地といい癖になりそう。


 そして夢み心地な気分に入ろうとした時、校長先生の一言で引き戻される。


「明後日の文化祭で君の絵について発表してもらうことにしたから。他の受賞者も一緒だけどね」


 それは俺の動きを止めるのにも、手から感触を消すのにも充分な威力。ただ、頭の中で(くすぶ)っていた火は燃え上がらせた。



 もしかしたら彼女が見つかるかもしれない。



「ありがとうございます!!」


 前回とは違い気合いの入った返事だ。


 友人からはまるで雲をつかむ様な話だと言われ諦めかけていたけれど、少し現実味を帯びて降りてきた事にソファーの上では小さくガッツポーズ。


 会えない事で余計に頭から離れなくなって、ジリジリともう一度会いたいって気持ちが強くなってきていた所だった。


 そんな中で訪れたこのチャンス。期待してしまう。うっすらと汗ばむ手に更にギュッと力が入る。


 それと同時に、やっぱりこれは恋だと確信が持てた。

 初めてそう思った時に兄に相談してみたけど、思春期特有の勘違いだ!なんて一蹴。これが勘違いなら恋してる人はみんな勘違いだ!って言い返したけど...。


「いい返事だね。じゃあ、頼んだよ」


 そう言って校長先生はソファーから立ち上がる。慌てて俺も立ち上がり、校長先生の背中に「ありがとうございます」と口早に告げ、後を追って部屋を出た。


「発表会かー!そっか。うん、頑張ろう」


 改めて声に出して、右手を見つめる。

 握りしめたままで白くなっていた手はゆっくりと赤く染まっていく。廊下の肌寒い空気とは裏腹に。



 次の日、教室では担任の先生が待ち構えていた。


「校長先生が伝え忘れていたんだけれど、今日の放課後リハーサルするからそれまでに原稿考えておいてくれ」


 肩をポンッと叩き笑顔で頷く。


「えーっ!そうなんですか?でも、まあ確かに文化祭明日ですもんね。ただ、そんな笑顔で言われてもまだ何も考えてないですよ」


 困り顔でそう返すや否や、分かってたかのように食い気味で


「大丈夫!やれば出来る!!!」


「それって…まぁ、分かりました。考えておきます」


 渾身のドヤ顔を浮かべる先生に少し苦笑いを浮かべていると、チャイムが鳴り響いた。正直助かった、なんて思いながら席に着く。



 この原稿は気が抜けない。


 授業中も使って四苦八苦しながらも何とか形に出来た。途中で真剣に勉強していると思われて何度か指名されるっていうハプニングもあったけど、意外にスラスラと書き進められた気がする。


 そうして完成した文書に目を通して軽く頷く。書き終えたノートの切れ端を畳んでポケットにいれてチラッと時計を見ると、もう6限も終わる時刻だった。



 放課後、リハーサルが行われる多目的室に早足で向かう。ホームルームが長引いたり、3年生の教室からが1番距離があったりで少し遅くなったかも?と思いながら少し息を切らしながらガラガラとドアを引いて


「すいません。遅くなりました」


 そう言って部屋の中を見渡すと、先生も含め5人が集まっていた。


「おー、主役は遅れて登場だよな!空いている席に適当に座ってくれ」


 先生からの茶化しに軽く頭を下げながら、すいませんと答えて女の子の横に荷物を置く。


「よし、全員揃ったなー。居ない人は返事してくれー。…おしっ!返事はないから始めるぞ」


 先生のボケに軽く笑いが起こったところで、早速メンバーの紹介に進んだ。発表会は俺を含めて男の子が3人、女の子が2人だ。男の子は各学年1人ずつで、女の子は2人とも写真部。部長と付き添いの子で参加する。


 先生がメンバー紹介をしている間に、女の子をチラッと見る。女の子はどちらもショートヘアで、付き添いの子は眼鏡をかけている。どちらもあの子ではなさそう。


 特徴だけ確認して視線を逸らすつもりだったのに、付き添いの子と目が合って少し気まずい。


 ちなみに順番は男の子から学年順で、3番目は写真部の女の子達、3年生の自分はトリらしい。


 注目が集まりそうだ…。

 そして説明は早々にリハーサルが始まった。


 大して打ち合わせの時間はなかったけど、リハーサルは順調に進んでいく。みんな素敵な作品を持っていて表彰されたのも納得だ。発表されていく内容を聞きながら感心する。


 1年生の子は心の中を表現している絵で、手前半分は枯れ果てた草木や濁った水。

 奥半分は鮮やかな花や透き通った水、パッと浮かぶイメージは天国と地獄。

 タイトルは「心の情景」どんな場所でも自分の心で世界は違って見えるという事を表現しているって。



  続く2年生は「ガラス玉の奥」というタイトルで、ビー玉の内側からの視点で描いた作品だった。

 外から光が射すように差し込んでいて、それは屈折して折り重なり色々な模様を作っていた。

 細かい線で丁寧に描き込まれてあった。


 絵の発表が終わり、当然ながら画力は自分が一番劣ってるんだな…と今更ながら実感させられる。


 そして、彼女達の発表が始まった。

 前に出て並んだ2人は1枚ずつ写真を持っていて、そのうちの1枚に目が止まる。


「あの時のサボテン·····」


 白いサボテン。

 なぜかあの白いサボテンは心臓が高鳴る感じがして印象に残っていた。


 改めて見ても胸が高鳴る様な感じがするし、赤い花はじっと眺めていられる。そうしているうちに、なんだかあの絵を書いた時と同じようなイメージに駆られて、頭の中の火種も大きくなっていく。


 そんな不思議な感覚を味わっていると、説明は白いサボテンに移っていた。何か、この気持ちのヒントになるかもと思って説明を聞いていたけれど、まだ原稿は完成していないらしく分かったのはサボテンの名前。


 雪晃(せっこう)って言うらしい。


 パパっと説明を終えて、2人がこちらに戻って来る。そして写真と一緒に付き添いの子が目に映った時。


 パッと一瞬だけだったけれど、不意にあの()とダブった気がした。


 え…?そう呟いて、目を閉じて首を振る。

 そして横に座った付き添いの子をもう一度見た。


 彼女は眼鏡をかけていて髪の毛はボブ。でも、あの娘は裸眼で髪の毛は肩まであるロングだ。



「気のせいだよな。なんでダブって見えたんだ‥」


 そう1人呟いていると


「おーい、もう遅れる演出はいらないぞー!早く来てくれ」


 その一言で皆の視線がこちらに注がれてしまい、余りの恥ずかしさにガタッと椅子を鳴らして駆け足で前に出る。


 こういった舞台立つことはなかったから、少し緊張しているし、かなり動揺があった。でも思ったより順調にやれたと思う。


 リハーサルが終わり、自然と皆で集まって雑談が始まる。「発想が凄いよね!」とか「美術部じゃないのにどこで絵を書いたんですか?」とか「写真部って伊豆に旅行に行ったりするんですか!?」といった感じ。


 そして俺は気になっていた事をぶつけた。


「ねぇ、なんでサボテンが題材だったの?」


 2人は目を見合わせて、部長が答えた。


「さっき写真部で伊豆に旅行に行った話をしてたじゃない?その時に撮った写真を発表用に提出しようかって事になって、この子の発案でサボテンになったの」


 そう言って彼女に目配せする。


「うん。サボテンが好きだったから...」


 伏し目がちに答える様子は、心なしか少し恥ずかしそうに見えた。発表しなかった所から見ても照れ屋なのかな?と心の中で思う。


「そういう事なんだね。あの赤い花が付いてるサボテンは俺も好きだよ」


「やっぱり!あの時ずっと見てたもんね」


「...えっ?」


 予想外の返事と今日1番の食いつきにビックリしてしまい間抜けな返答になった。

 それに彼女から「今」ではなく、「あの時」と言われ混乱する。


「ほら、写真を眺めていた後に私達とすれ違ったの覚えてない?」


 部長にそう言われて思い出した。美術部に行った帰り道に写真を眺めてたのを。そして、その時に女の子達とすれ違ったのを。


「あ、あれ君達だったんだ...。見られたのか、恥ずかしいな…」


「でも、嬉しかった。私もーー」

「お疲れ様でしたー!」


 彼女が何か言いかけたが、男の子達に遮られた。


「お疲れ様!って、こんな時間、早く部室に戻らないとみんな待ってるよ!じゃあ、明日がんばろうね」


 彼女もじゃあね、と言い残すと部長が慌ただしく引っ張って立ち去って行った。



「私も…なんだったんだろ?赤いサボテンが好き、かな?」


 当てはまるのは、これくらいだろうと適当なところで納得して帰り支度を始める。


 今は、明日のことの方が気になったから。

 帰り道、何度も原稿を頭の中で繰り返した。

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