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第3章 グロウリアン

「今現在、地球はグロウリアンという異星人に侵略されかかっている」

「…………は?」

「疑うことは許さないと言ったばかりだろう。なんだそのバカみたいな顔は。いいから黙って聴け」


 佐伯は苛立たしそうに歯を食いしばった。地球の命運どころか、今は俺の命がこいつらに握られているため、黙らざるを得ない。


「グロウリアンの目的は、今のところ分かっていない。が、友好的な接触がみられないため、おそらく人類を滅ぼす方向へ侵攻していきたいのだと推測されている。ただ如何せん、情報が少なすぎる。そのため偽の自爆スイッチで釣る作戦を実行しているのだが……成功した試しはない」


 最後の方はほとんど愚痴で、佐伯は溜め息とともに吐き捨てた。


「釣るって、何をだ?」

「グロウリアンを、だよ。地球を侵略したいのなら、簡単に人類を滅ぼせる自爆スイッチを手に入れたがるのは合理的だからな。グロウリアンを捕える目的として、我々はこのようなちんけなプラスチック製の自爆スイッチを撒いたわけだ」


 そう言って、佐伯はテーブルにある自爆スイッチを持ち上げて、自嘲気味に笑った。

 なるほど。大体分かった。つまり俺は、グロウリアンという宇宙人を釣るための餌に引っかかった、ただの馬鹿ってことか。


「そのグロウリアンっての知能レベルがどれくらいかは知らないけど、こんなオモチャに騙されるくらいなら脅威じゃないよな」


 だからこの言葉は完全に自虐だった。皮肉くらい言わなきゃ、やってられん。

 どうやら佐伯も同じ考えのようで、それほど重要な物ではないと言いたげに、自爆スイッチを弄ぶ。


「仕方がないだろう。上からの命令だからな。末端の俺たちには、ただ命令を信じて行動するだけだ。ま、これらの任務が人類のためになることは間違いない」

「人類のため、ね」


 またえらいスケールが大きい話だな。宇宙人の侵略だから当たり前か。

 ただ人類存亡の危機だからこそ、この男たちがどんな組織に属しているのかは気になる。NASAとか関係しているんだろうか?


「俺たちが何者なのかは関係ない。お前は侵略の危機に晒されている地球の現状を知り、それを信じ、与えられた任務をこなせばいいだけだ。だがひとつ、我々は来るべきグロウリアンとの全面戦争に備え、奴らの生態や目的を調査している組織の一員とだけ言っておこう。組織の名や規模などは伏せる。お前が知る必要はない」


 知る必要はない、か。そもそも一般人の俺にこんな話をしていること自体、理解しかねているのだが。


「俺もお前もこの自爆スイッチをバカにしたが、しかし他に手が無いのも事実だ。現状、グロウリアンと直に接触した者どころか、その姿を目撃した者もいないのだからな」

「…………ん?」


 それはおかしいんじゃないか?


「ちょっと待った。じゃあ、なんで地球上に宇宙人がいるって判明しているんだ? 誰も見たことがないんだろ? それにもし本当に宇宙人が地球上で侵略活動してるなら、世間は今頃大混乱だろ」


 今のところ、ネットでもテレビでも、俺は今のところそういったニュースを耳にしていない。たまにやっている、嘘くさい特番を除いて。


「当然の疑問だな。巷で話題になっていないのは、グロウリアンは未だ目立った活動はしておらず、おそらく現在、地球を調査している段階だと推測されているからだ。本格的な攻撃が開始されるのはもう少し先の話だろうが、もちろん楽観視はできない」


 なら尚更意味が分からない。人類の目を避けるように活動しているのなら、誰がいつどうやって宇宙人の存在に気付いたのだろう。


「我々には強い味方がいる。それこそが、侵略されかかっている地球そのものだ」

「地球が……味方?」

「そうだ。人類には、地球の声を聴く『巫女』の能力を持つ者がいる。その人たちが、地球の悲鳴のような警鐘を聴いたのが最初だった。地球曰く、地球上には存在しない謎の生命体が地上に降りてきている、と。グロウリアンというのは、人間が勝手につけた名前だがな」

「巫女? 地球の声?」

「地球は一つの生命体である。という仮説は聞いたことないか?」


 あるっちゃある。詳しくは知らないが、確かガイアとか呼ばれていたはずだ。ゲームや漫画などで何かと使われる単語なので、そっちのイメージの方が強いけれども。


「まさにその通りだった。地球は生きており、意志がある。実は昔から、人類に向けて定期的に声を発していたらしい」

「地球の声なんて聞いたことがないんだが」

「当たり前だ。『巫女』の能力を持つ者は、全世界でも千人から二千人程度しかいないらしいからな。もっとも、その中でもはっきりと鮮明に聞こえるか、またぼんやりとしか聞こえないのかの個人差はあるがな」


 なるほど。じゃあもしかしたら、予言の能力を持っていた卑弥呼や、神のお告げを聴いたとされるジャンヌダルクも、実は地球の声を聴いていたのかもしれないな。


「ん? じゃあさっきの楠野さんって人も……」

「察しが良いな。彼女は比較的はっきりと聴こえる方らしい。地球からの警告やグロウリアンの情報をいち早く取得するため、我々は彼女を重宝している」


 本当か嘘か。信じるか信じかないかは別として、だんだん話が見えてきた。


 地球は異星人に侵略されるのが嫌だから、人類に向けて声を発し、グロウリアンを退治してもらおうと考えているのだろう。しかしそれ以上の情報はない。地球の声を真に受けてもよいかどうか判断に困った人間側は、とりあえず地球の自爆スイッチなどという侵略する側にとっては超ご都合主義アイテムを餌にし、宇宙人を釣ろうとしているのだ。


 場合によっては地球の終末も近いな。という感想も持ったが、それ以上に俺が懸案している事項がある。それはまだ、この男は口にしていない。


「それで……俺に何をさせるつもりなんだ?」


 さっきこの男は俺に『人類の命運を背負ってもらう』と言った。そして完全なる部外者である俺に、極秘であろう情報を説明する理由の一つでもある。

 異星人から地球を守るために、こいつらは俺に何かをさせるつもりなのだ。


「ほぉ? 意外とバカではないらしい」


 佐伯の目が笑った。褒められたようだが、別に嬉しくはない。


「ただ惜しいのは、素人のお前に仕事をさせるわけじゃない。とある重要な物を預かってほしいだけだ。決してグロウリアンに奪われるわけにはいかない物を、な」

「重要な物? それは何だ?」

「地球の自爆スイッチだ」

「…………?」


 理解ができず、無意識のうちにテーブルのプラスチック製スイッチを見ていた。

 持ち上げ、再度確認する。


「これを預かるのか?」

「バカか。それは我々が作った、ただのオモチャだ。預かってほしいのは本物の方に決まっているだろう」

「本物?」


 なんだそれは。その言い方じゃ、まるで地球の自爆スイッチが本当に存在しているみたいじゃないか。


「だからそう言っている」


 真顔になった佐伯が、プラスチック製の自爆スイッチを弄びながら言った。


「地球の自爆スイッチは実在する。もっとも、俺たちが作ったこんな安っぽいプラスチックじゃあないがな」

「それは……押すと地球が爆発するのか?」

「爆発するかは知らん。なにせ今まで一度も押されたことがないのだからな。ただどうなるか知った時には、人類は既に滅んでると思うぞ」

「…………」


 自爆スイッチの存在の有無は、おそらく地球の声を聴くという巫女からの情報だろう。確かに自爆スイッチなんてものが本当に存在するならば、侵略する側としてはなんとしてでも押さえたいはずだ。一方、地球が自分の自爆スイッチを守れと、人類に命令したくなる気持ちもわかる。

 でも……。


「なんで自爆スイッチなんてものが存在するんだ……」

「自爆する理由なんて二つしかないだろう?」


 二つ? 自爆する予定のない俺には見当もつかない。


「一つは情報漏えいの防止と機密保持。そしてもう一つは、自己を犠牲にして敵対する者を攻撃する。地球の場合、後者を考慮しているとは思えんが」


 つまり、地球は自らの情報が外に漏れるのを嫌っている。ということなのか?


 やっぱり分からない。地球が誕生してから四十六億年。今になってそんな危険な物が現れるなど、到底理解ができない。


「自爆スイッチ自体は何十億年も昔から存在していたらしい。時代によってその姿形を変え、地球も管理するには相当気を遣っていたそうだ。それが今になって異星人の侵略の危機にさらされ、地球の手が行き届かなくなってきた。だから地球は、地上で自由に動ける我々人類に命運を託したのだ」


 かぁー、また壮大な話になってきた。ミッションランクで言ったら超S級、映画で言ったらB級といったところか。


「お前、本気にしてないだろ」

「いえいえ、そんなことないですよ」


 突拍子のない話が長々と続いたものだから、目の前の男たちが拳銃を所持しているのも忘れて、ついつい呆けてしまった。そろそろ緊張感を取り戻さないと、いつ命が取られるか分かったもんじゃない。


「まぁいい。お前が信じようが信じまいが、俺たちはどうでもいいんだ。ただこちらの用件をしっかりとこなしてくれればな」


 用件。つまり地球の自爆スイッチを預かること。


 けど、なんなんだ。どうしてなんだ。どうして俺なんだ? 地下シェルターやもっと頑丈な施設で保管しておいた方が、何千倍も安全だろう。俺の部屋など野ざらしもいいところだ。こんな場所に預けるなど、気が触れているとしか思えない。


「今まではそうしていたさ。だがもしそこを突破されたら、地球が終わる。宝箱に宝は入れない方がいいんだよ」


 なるほど、ブラフね。ただ宇宙人に地球の常識が通用するかは知らないが。


「じゃあもう一つ。どうして俺なんだ? 偽の自爆スイッチを押したからってのは分かってるが、あんたらの手際の良さからじゃ、過去にも何回か同じことやった人間がいたんだろ? どうして俺が選ばれたんだ?」

「知らん」


 まさかの一言。への字に折れた佐伯の口から、冗談ではないことが窺える。


「一つは、もうあまり時間が無いこと。お巫女様の話によれば、地球は今、ひどく慌てているらしい」

「まぁ、時間が無いのなら仕方がないな……」


 次はいつ、俺みたいな馬鹿な一般人が現れるか分からないからな。


「残りの理由は知らん。お巫女様の提示した条件が、ある程度お前に合致したからだ」

「条件?」


 すると佐伯は、隣で待機していた部下らしき男に何やら催促する。渡されたのは小さなメモ帳だった。


「地球の自爆スイッチを預けるにあたっての必須事項。その一、男であること。年齢は大学生あたりが望ましい。……お前はギリギリだな」


 ほっとけ。


「その二、一人暮らしであること。これは秘密を知る人間が少ない方がいいからだろう。それと多少の生活力も必要としているからかもしれない」


 スイッチを預かるだけなのに、生活力が必要なのか?


「その三、定職に就いていないか、もしくは学業に力を入れていない学生か。なお大前提として、秘密を漏らさず、理解力の富む人に限る。だそうだ。ははは、お前にピッタリじゃないか」


 何かとフリーターの俺を軽蔑しているよなぁ、この佐伯って男。

 だがここで気づいてしまった。秘密を漏らさないという大前提はもちろんだが、その大前提のさらに前提が完璧に矛盾しているということに。


「一ついいか?」

「なんだ?」

「自分で言うのもなんだけど、俺、一度自爆スイッチを押してるんだけど?」

「心配することはない。お前に自爆スイッチは押せんよ」

「?」


 押せない? どういう意味だ?


「それは実物を見ればわかる」


 何故か不敵に笑う佐伯。その笑みは、銃で脅された時よりよっぽど恐かった。


「で、返事は?」

「返事?」

「自爆スイッチを預かるかどうか訊いているんだ」


 驚いた。まさかまだ俺に選択権があったとは。

 目の前の男が持つ黒い鉄の塊を注視しつつ、俺は勇気を出して返答した。


「答えはノーだ。そんな重要な物、預かるわけにはいかない」


 俺には力不足だ、といったニュアンスを含みつつ拒否を試みたが、本心はもちろん、面倒事に巻き込まれたくないからだ。今の生活を放棄してまで、俺が地球を守る義理は無い。たとえそれが人類絶滅の危機であったとしても、だ。


「…………そうか」


 狭い室内に、ねっとりと肌にこびり付くような沈黙が下りた。佐伯の表情は、意外と変わらない。俺が断ると予想していたのだろう。ただこの静けさがいつ発砲音で崩されるのか、ビクビクしながら俺は待った。


「危険がまったく無いとは言えんが、お前は自爆スイッチを管理するだけでいいんだぞ。どのみちスイッチがグロウリアンの手に渡ったら、遅かれ早かれ地球は終わりだ。だったら脇役といえど、英雄になりたいとは思わないか?」

「それでも嫌なものは嫌だ」


 地球の終末なんて見ない方がいい。知らず知らずのうちに死んだ方が楽に決まっている。


「なるほど。それじゃあ任務達成の暁には、これくらいの報酬は出そうじゃないか」

「うっ……」


 懐から取り出した小切手の数字を目の当たりにし、恥ずかしながら躊躇してしまった。


 それは平均的な社会人が一生をかけて得る収入くらいだと思った。この先就職できなければ、フリーターの俺に稼ぐことは不可能な数字だろう。一年前の俺なら、命は金で買えないとか言って一蹴しただろうが、社会の厳しさを痛感した今となっては無理だ。命に代えてもとは言わないが、命を懸けても欲したい金額だった。


「か、金で買収される気はない。別に困ってるわけでもないし」


 断れたのは、俺もまだまだ若造だってことなんだろうなぁ。ただまぁ、テーブルの下で拳を握るほどには苦渋の決断だった。お金、欲しいです。


 深い溜め息を吐いた佐伯が、小切手を懐に戻した。名残惜しそうな声が出なかったのは、奇跡だった。


「っていうか、あんたらだって嫌だろ? 俺みたいな人間に預けるのはさ」

「そうだな、嫌だ。だがもうそういう好き嫌いのレベルじゃないんだ。俺たちは命令通りに任務を果たすのみ。そして当然、お前にも選択権は無い。時間が惜しいからな」


 じゃあ訊くなよ。


「どのみち秘密を知ってしまったお前の末路は、仕事を引き受けるか死しかない。運が悪かったと思って諦めるんだな」


 運が悪かった、か。

 人生下り坂なのはもう慣れたけど、まさか奈落の底へ真っ逆さまに堕ちるとは思わなかったな。


「ま、お前が自爆スイッチを所持するにあたり、著しく適さないと俺たちが判断した場合は、すぐに撤収するつもりだ。報酬やお前の処分については、またその際に決めることになるが……」


 と、ここで携帯電話のバイブレーションが鳴った。俺のじゃない。リズムからするに、さっきと同じだ。そう判断した頃には、佐伯はすでに携帯を耳に当てていた。


「よし、分かった。連れて来い。なるべく迅速にな」


 会話は短く終わった。携帯を閉じ、佐伯は再び俺と面を合わせる。

 その顔はどこか、嗤っているようにも見えた。


「自爆スイッチが到着したそうだ。間もなくここに来る」


 マ……マジっすか。

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