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第17章 決意

 話し合いが終わり、俺は一旦部屋に戻った。後輩たちも二階の部屋に向かったようで、とりあえずは指示に従うようだった。指輪をしているのにもかかわらず、先ほど街で見た通行人のように生気を失っていて、少し心配になったけれども。


 時刻は二時。分厚い雨雲が空を覆い、消灯している部屋は真っ暗だった。いつ降り出しても不思議ではない。


 電気を点けると、俺の脇を走り抜けていったメノがベッドへダイブした。

 仕方がない。俺も疲れているけど、ベッドはメノに譲ろう。


 部屋の中を歩きながら、壁掛け時計を一瞥する。約四時間後にはここを離れ、俺たちはグラブという組織が管理する地下シェルターへと身を移す。まるで隕石が地球へ落ちてくる、ハリウッド映画のようだ。映画の知識から情景を容易に想像できても、それを自分に当てはめることなど、到底不可能だった。


 この部屋との別れも兼ね、残りの四時間ここで何をしようか。

 そんなことを考えながら、床に敷かれたマットの上に腰かけてから気づいた。


「サナ、どうした?」


 入り口付近で、サナは突っ立ったままだった。

 その顔はどこか思いつめているように、歯を食いしばっていた。


「ねぇ、ヒデ。地下シェルターってところへ避難して、私たちはどれくらいそこにいるのかな?」

「分からないけど……少なくとも、グロウリアンを全滅させるまでだろ」

「それって、もしかしたらずっと帰ってこれない可能性もあるってこと?」

「…………」


 それはもちろん、その通りだった。

 しかも俺は、自然に嘘をついてしまったことに罪悪感を抱いた。

 グロウリアンを撲滅したところで、人間が元に戻る保証はどこにもない。


「私……家族に会いたい」

「やめた方がいい」


 顔を上げたサナが、今まで見たことのない凄い形相で俺を睨んできた。

 その目尻に、薄っすらと涙を浮かべて。


 家族と会わない方がいい理由は二つある。一つは変わり果てた家族の姿を、サナに見せたくはなかったからだ。歩道橋の上からや、佐伯に送られている車の中で、俺は生気なき人間の姿を目の当たりにしてしまったし、後輩たちの反応からでもよく分かる。大切な人たちが、自殺一歩手前のように絶望しているのは、辛いものだ。


 しかしこの理由は、説得力には欠けると思った。


「外は危険だ。さっきは言わなかったけど、俺も何体ものグロウリアンに襲われたんだ」

「でもヒデは無事に帰ってきたし、私はグロウリアンの脅威を知らない」

「俺は運が良かっただけだ!」


 思わず怒鳴ってしまった。この状況に疲れ、気づかぬうちに俺もストレスを溜めこんでいたらしい。声を上げ、肩で息をしてから、ようやく自分が怒鳴ったことに気づいた。


 涙を浮かべたサナは、強情だった。

 付き合ってから初めて口論まがいなことになったのに、サナの眼は負けてはいなかった。


「こんなこと言うのは卑怯かもしれないけど……」


 サナは喉が潰れたように低い声を絞り出す。


「ヒデは、私と一緒に死んでくれないの?」

「あ……」


 拗ねたようにそっぽを向くサナを見て、俺は自分の気持ちを知った。


 俺を縛っているのは絶望だ。人類は元通りになんかならない。三上さんの希望など端から信じてはいない。このまま人類は絶滅する。指輪を身につけた俺たちを残して。


 それでも俺が今ここにいるのは、サナがいるからだ。サナが生き残っているからだ。

 その彼女が、死ぬと言っている。

 じゃあ彼女の存在が生きる糧である俺はいつ死ぬ?


 わかりきっていること。俺はサナがいない世界で生きていくつもりはないし、サナを守れず先に死んでいくつもりもない。


 だったら、答えは一つじゃないか。


 俺はサナを守って、それでも無力で、グロテスクな宇宙人に身体をズタズタに裂かれ、二人並んで、手を繋いで、愛していたと呟き、幸せだったと囁き、死ぬ。


 本望だった。


 気づけば俺は、サナを抱きしめていた。


「それでも俺は、サナに死んでほしくない」

「私も死にたくない。でも、ヒデと一緒なら……死ぬのも恐くない」


 さらに強く抱きしめる。

 サナもまた、応えてくれた。


「じゃあ謝ろうか」

「うん、そうだね」


 抱擁を解く。俺たちが死を決心するのは、まだ早かった。

 ベッドの方に振り向く。端に座っているメノが、ボーっと呆けたままこちらを見つめていた。


「メノ、ごめん。俺たち、ちょっと出かけてくる」


 もしかしたら帰って来れないかもしれない。とは言えなかった。


「サナエの家、行くの?」

「うん。家族にお別れを言ってくる」

「…………」


 ふと、メノの表情に陰が差した。

 家族の話はまずかったかもしれない。メノ自身、家族にお別れも言えなかったかもしれないのだから。


「メノ、一人ぼっち?」


 そのたった一言が胸を貫いた。

 否定もできないし、反論もできない。主観的にも客観的にも、俺たちはメノを見捨てていくことになるのだから。

 俺が言葉を失ったままでいると、隣でサナがメノを抱きしめた。


「ごめん。メノちゃん、本当にごめんね。私の我がままなの。ごめん……」

「……。メノの方も意地悪言ってごめんなさい。メノは一人でも大丈夫だから……いってらっしゃい」


 サナから離れたメノの顔は、笑っていた。

 出会ってから今までで、一番穏やかな笑顔だった。

 メノに別れを告げ、俺とサナは揃って部屋を出た。扉を閉めたところで、決意する。


「悪い、前言撤回だ。メノのために、絶対に戻ってこよう」

「うん。私もそう思ってたところ」


 ただ出かける前に、三上さんにだけは声を掛けなければならない。先ほど、本気で怒らせてしまったからな。


「それ、本気で言っとるん?」


 インターフォンを押し、不機嫌顔で出てきた三上さんに事情を説明したところ、アホを見るような眼差しを返された。


「今さら帰っても無駄やで。死んではおらんと思うが、まともに話ができる状態やない。人間にとっては、変わり果てた肉親の姿を見るのは辛いんとちゃうか?」

「でも、最後に会っておきたいんです」

「そか、そう言うんなら別にええよ。けど勝手に出ていくのは自分らや。今回は何があっても助けたらんからな。桂君も、ええな?」

「分かってます。生きていたら、六時までには戻りますんで」

「せやな。生きていたら、また会おう」


 そんな具合で、三上さんと挨拶は終わった。


 後輩たちに別れを告げるのはやめておいた。余計に不安を煽るだろうし、椿ちゃんにいたっては一緒に行くとか言い出しかねない。道中は危険だ。連れて行くわけにはいかなかった。


「一応、武器はある。ちゃんと守ってやるよ、お姫様」


 先ほど佐伯から渡された銃は、取り上げられなかった。


 ただ残弾数がどれくらいあるのかも定かではないし、さっきのグロウリアンの群れだって、ほとんどが佐伯に倒されていた。正面に一匹くらいなら何とかなるだろうが、大多数の群れ、そうでなくとも前後に出現されたら、さすがに自信がなかった。


 自分を守る騎士がどれをほど頼りないか知ってか知らずか、サナは笑顔で頷いた。


「うん。期待してる」


 もう二度と戻って来られないかもしれないアパートを今一度見上げ、俺たちはサナの家へ向かって出発した。

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