第12章 鍋奉行に、俺はなる!
引っ越し先の住所を聞いていなくて悪いと、申し訳なさそうに謝る管理人さんにお礼を言い、俺たちは帰宅することにした。
途中、今後どうするかをメノに訊いてみた。
「メノ、帰ったら引っ越し先の住所も調べるか?」
しかしメノは首を横に振った。
「いい。せっかく幸せに暮らしてるかもしれないのに、メノが会いに行ったら悲しませちゃうと思う。だからいい」
「……そっか」
消極的な発言だったが、決して後ろ向きな心持ちではないと、俺は感じた。
メノは自分の家族が幸せだと信じているし、ずっと幸せであり続いてほしいと願っている。自分さえ我慢すればすべては解決すると、本気で思っているようだ。その力強い意志は関心もしたし、しかし耐えている表情は痛々しくもあった。
駅で電車を待っている間、ふとメノがずっとサナを見つめていることに気づいた。
それが満足いったのか、次に俺を見上げてくる。俺もじっとメノを見つめていたので、自然と視線が合った。少しだけ、お互いがドギマギした。
「どうした?」
「ん。……なんでもない」
照れ隠しで問うてみたが、メノはそう答えただけで俯いてしまった。
やっぱりというかお決まりというか、四人掛けのボックス席を陣取った後、メノが居眠りを始めた。しかもサナの膝を借りて、だ。羨ましいことこの上ないが、俺がやったら他の客にドン引きされそうなので自重する。ホント、この二人は仲の良い姉妹みたいで絵になるな。
「んー、じゃあちょっとウチ、お花摘みに行ってくるわ。さっき缶コーヒー飲んだから、長引くかもしれん。席取っといてぇな」
「え、あ、はい」
俺の隣に座っていた三上さんがさっさと行ってしまったので、そこへ荷物を置いた。車内には空席も目立つし、別に構わないだろう。っていうか、もうちょっと慎みを持ってくれないかなぁ。言われるこっちが恥ずかしい。
しかし同席しているサナは、特に嫌な顔はしていなかった。
「あの人って、宇宙人なんだよね?」
「あぁ、そうらしい。ぶっちゃけ証拠らしい証拠は見せてもらってないけど、そうと信じるしかないんだよなぁ……」
万が一すべて虚言だったら、俺はあの人を殺人罪で警察に突き出さにゃいけないしな。
三上さんが歩いて行った方向をチラリと見やりながら、サナは呟いた。
「ふーん。にしては、すごく人間臭いね。空気も読めるし」
「空気?」
人間臭いのは認める。正直、脳が十個もあるとか訳の分からん設定を持った宇宙人と言われても、到底信じられないほどだ。
「宇宙人より、まさか私の彼氏の方が空気を読めないなんてね」
「???」
頬を膨らませ、サナはちょっと拗ねたようだった。
意味が分からんぞ。
「だから、今日はありがとね。私の我がままに付き合わせちゃって」
「別にサナだけの我がままじゃないだろ。メノも会いたいって言ってたし、俺だってその願いを叶えてやりたいと思った。みんなの意見が一致した結果だ」
「うん、そうだね」
目を伏せたサナが、メノの頭を撫でた。
くすぐったそうに、メノが寝息を乱した。
「でもちょっと見直したな、ヒデのこと」
「見直した?」
「ほら、メノちゃんが自分は捨てられたって勘違いして卑屈になった時、ヒデがすぐに否定してくれたじゃん。メノちゃんもそれで救われたと思うし……ちょっとカッコ良かったかなって」
「カッコ良かったって、お前……」
そんな面と向かって褒められても、照れる。嗚呼、だから三上さんは席を外したのか。
褒められ体質の無い馬鹿な俺は、そんな空気に居たたまれず、すぐに話題を変えた。
「見直すってことは、どっかで俺の株が下がってたってことだよな?」
言うと、サナが目を細めて声を出さずに唇を動かした。
しゅ、う、か、つ。
……訊かなきゃよかった。
***
「メノちゃん、起きて。到着したよ」
「ん。んんー」
移動時間は往復で六時間弱くらいだったのに、向こうにいたのはほんの一時間。ずっと電車で座っていたにも関わらず、俺もけっこう疲れていた。今ここでグロウリアンに襲われでもしたら、逃げられる自信がない。
ロータリーに出て、バスの時間を確認する。発車までにはもう少し時間があるようだ。陽も沈む頃だし、帰宅ラッシュの前には帰りたい。……あ、今日は祝日だったか。
「よし!」
何故か意気込みを入れたサナが、両手の拳を天に向けて叫んだ。
「宴じゃ!」
まるで『海賊王になる!』とでも言いたげなポーズだが、なんだコイツ。
俺とメノはポケーッとしながら、女子大生の痛い行動を眺めていた。一瞥して通り抜けていく通行人の視線が恥ずかしい。
「なに? 宴?」
「そう。みんなも呼んで、パーッと騒ごう!」
子供のように目を輝かせたサナが言った。
おそらく、メノを元気づけようとするための提案だろう。気持ちは分かる。が、ちょっと唐突すぎやしないか? メノの内心だって、まだ癒えたわけじゃ……、
「うたげ! さわぐ!」
ノリノリだなぁ。
仕方がない。こうなったら俺が賛成しないわけにはいかない。
「それじゃあ、メノちゃんと面識がある椿ちゃんと宇佐美君と猪飼君を呼ぼう。会場はヒデの家で」
「俺の家かよ!」
「いいじゃん。私んちは両親も弟もいるから無理」
「人数が問題なんだよ」
全部で六人? もし三上さんも参加するなら七人だ。部屋に入るか? 入りはするだろうが、まともに動くことすらできなくなると思うぞ。
「じゃあ決まりってことで。帰りにスーパーへ寄っていきましょう」
「あ、悪いけどウチ、先に帰るわ。疲れたから早く寝たい」
と、ここで三上さんが水を差すような発言をする。
俺は少し不安になった。絶対の安全が確保できていない現状、三上さんと別行動をすることはかなり危険だ。
「あ、そこん所は大丈夫や。けどルート確認だけはしとこ。一直線にスーパーへ向かって、真っ直ぐ家に帰ってくる。寄り道はしない。いいな?」
「はい」
サナも特に嫌な顔はしなかった。
しかしそれは俺らの安全を確保するためのものだ。声を低くした三上さんが、脅すように現実を突き付けてくる。
「でも覚えとき。今のところ、グロウリアンがいつ出現するかは分かっていない。奴らの擬態は完璧や。ウチらネクサスの技術力でも、姿を現すまでその存在を認知することができひん。無論、メノちゃんと君ら二人くらいは助けられる自信はあるけれど……」
言葉を止め、チラリと通行人を一瞥した。
「その他の有象無象は無理や。あないなデカい怪物が暴れたら、周囲の被害も尋常やない。巻き添いは覚悟しなきゃあかんで」
それは警告だった。
俺は昨日のことを思い出す。考えなしで俺が逃げてしまった結果、周囲に甚大な被害を与えてしまった。どれだけの人命が奪われたのかは知らないし、今も道路や建物の復旧作業をしているだろう。
メノを連れていることにより、昨日のような――場所によってはそれ以上の被害を生むかもしれない。三上さんが言っているのは、そういうことだ。
でも……。
「どこにいたって被害が出るのは同じです。だったら家の隅でビクビク怯えてるよりも、普段通り生活してた方が得だと俺は思います。もちろん昨日みたいに、三上さんがグロウリアンを倒してくれると信頼しての選択ですけど」
「そか」
特に何も言わず、三上さんは身を引いた。
そして何故か財布を取り出す。指に挟んでいたのは、一万円札だった。
「んじゃ、ビール買ってきて。キミらの分もだから、たくさんね。余ったら宴会の費用にしてもええで」
あー、来ちゃうかぁ。この人も参加するのかぁ。大の大人が六人と、子供みたいな中学生が一人。すし詰めだな。
「ありがとうございます」
サナも遠慮がないなぁ。
そして『じゃあ、また後でな』と言い残す三上さんと別れ、俺たちは歩いてスーパーへと向かうことにした。途中、メノを盗み見る。瞳を輝かせ、どうやら楽しみにしているようだ。元気が戻って、本当によかったよ。




