試練の塔
街の郊外、ここに厳かな佇まいの塔があった。
スラム地区よりも更に奥、誇りある者のみが入場を許され、弱者の一切を拒絶する威風を纏い。いつ、誰が建造したのか、それが人々の記録から失われて久しく。しかし塔はいつの時代にも自らが与えられた使命を全うし、そこに在り続けた。
曰く、魔の住処、伏魔殿。五階建てという、それなりの国の王城を凌ぐ高さをもってそびえ立つ塔には、魔物が潜むと言われている。かつて男たちは各階を攻略し、上を目指した。男たちの勇気に心を打たれた人々は、敬意を込めて彼らを登頂者と呼び称賛した。
攻略は困難を極めた。
幾多の男たちが再起不能の傷を負い、脱落していった。完全攻略の栄光を手にすることができた者は、長い塔の歴史においてもほんの一握りしかいなかったのだ。
人々は脱落した登頂者たちの、あまりに凄惨な姿に目を覆うようになり。熱狂は覚め、男たちの勇気は蛮勇と呼ばれ、いつしか登頂者は愚者の代名詞とされてしまった。
そして時は流れた。塔に棲む魔は、かつてより強大になり、男たちはいつしか挑むことをやめてしまった。人々は登頂者を忘れてしまったのか。
否、その名は伝説となり、人々のあいだで密かに語り継がれている。
人々は完全攻略した者を、畏怖と敬信の念を込めこう呼んだ―― 塔の勇者、と。
そして現代、物語は動き出す。ここにまた頂へと挑む者が現れた。
「ここがそうか」
この、どこか懐かしさすら感じる独特なオーラ、間違い無い。
「試練の塔、如何なるものか……」
俺は先日、この世界での初給料――まあ、生活のために少し前借りもしたが――を貰い、万全の体制でここに臨む。
「はたしてこの世界で俺の力が通用するのか否か、試させてもらうぞ」
俺は、塔に入る。背筋を伸ばして胸を張り、威風堂々と。
「いらっしゃいませ。初めてのご利用でしょうか」
扉を潜るとそこには初老の男が待ち構えていた。
「ああ」
「ご指名はございますか? それとも、ただ今すぐにご用意できる者を直接お選びしますか?」
ああ、こいつ分かってねえな。”通”の遊び方、地方に行ったときにたまたま入った場所、そこで味わう醍醐味ってやつがよ。
俺は受付の男をじっと見て、ゆっくりと告げた。
「いや、フリーで」
「…………」
その瞬間、時が止まった。男は大きく見開いた目でこちらを見返す。暖簾で分けられた待合室から二人の男が顔を出し、こちらをうかがっていた。
「おい、あいつ今何て?」
「マジか、なんてこった。伝え聞いてはいたが、まさか現場に居合わせるとは」
受付の男はようやく白昼夢から覚め、引き締めた表情で口を開く。
「よろしいのですね」
「ああ、すぐに用意できるか」
「もちろんでございます」
受付の男は、奥の方へ呼びかける。
「シルヴィア、お客様をご案内しなさい」
そして奥から魔が現れた。
「シルヴィア……です……どうぞよしなに…………こちらでございます」
「……ゴクリ」
推定40代後半、だがそれはいい。そんなことは問題ではないのだ。
はっきり言って、長年の戦闘経験から俺の備える地雷耐性は極めて高い。ただのオバちゃんだろうが、サービス地雷だろうが、俺にしてみれば全く問題としない。
知ってるか? ある程度の年齢になると、肌を合わせた時の感触やキツい加齢臭によって、目を瞑って妄想を働かせるとかそんな小細工は通用しなくなる。そんなオバちゃんに限って、大体不機嫌だったり、妄想話や母子家庭の辛さといった愚痴を延々と聞かされることになる。
そこを煽てて機嫌をとって、なんとかプレイに漕ぎつけるのだ。そんな数多くの経験を積んできた俺にしてみれば、不機嫌なオバちゃんも初心なお嬢ちゃんも似たようなもんさ。
しかし、目の前の彼女はそんな生易しいもんじゃない。不自然なまでにギョロっとした目。全身の肉という肉が重力に負けて弛んだ出で立ち、その中で不自然な場所でその存在を主張する乳房。この特徴は間違い無い。通称――
「(サイボーグおばちゃん)」
後悔先に立たず。若かりし頃、別の施術者によって複数回に渡る場当たり的な整形、豊胸、突貫工事。これらが時の流れの果てに奏でるセッションは、強烈な不協和音を引き起こす。
しかも覇気のない表情に、異様にか細い声。先の特徴と合わせて、こういった人間は非常に強いコンプレックスを持っており、情緒不安定なケースが多い。愚痴を聞くどころではなく、宇宙人との対話を強いられるだろう。長袖で分からないが、きっとあの腕にはリストカットの傷跡がガッツリあるとみた。
「クックックッ」
手を引かれ、廊下を歩きながら、自然と笑いが漏れる。
久しく感じていなかった、この感覚。今まさに、自らが試されている。己の性の限界を、この瞬間に垣間見る。いいだろう。この程度は俺にとって何でもない、俄然そそるカワイ娘ちゃんであることを証明してやろう。
俺は決意を固め、彼女を見つめる。
勃起した。
朝日が昇ろうとしていた。
空は次第に明るみを増し、
塔の輪郭が浮かびあがってくる。
解き放たれたように鳥が鳴き始め、
心中の魔物の姿は塩が引くがごとく消えていく。
アキオの心は、旅を終えた充実感に満ちていた。
すべてが安らぎに満ちていた。
その中で彼は、
長きに続いた塔の歴史を眺めている。
名刺に書かれてあったことが
次々と現れては消えていき、
やがて、女神の姿が浮かんできた。
その超重量騎乗位は壮絶で、
アキオは不思議と
まだ股座が鬱血しているような気がした。
アキオが静まりかえった地上を見下ろすと、
そこには冒険者ギルドがひっそりと立っていた。
受付嬢は、もう出勤しただろうか?
地上に帰ったら、真っ先に彼女に
これまでの出来事を話してやろうと思った。
どこからともなく眩い光が溢れ出し、
アキオを包んでいく。
まるで、その光は、
彼を祝福しているかのようであった。
そしてアキオの新しい旅が始まる……
以下 没ネタ
ここでは無い別の地で。
窓の無い部屋で椅子に腰かける何者かのもとに、突然現れた影が話しかける。
「試練の塔が沈黙しました…… いかがいたしましょうか?」
「アキオとやらが、どこまでやれるか見てみるとしようぞ」
「承知いたしました」




