冒険者登録
◆◆◆
俺は村の外れで見送りを受けていた。
「本当に行ってしまうのですか」
俺を泊めてくれた未亡人は、すっかり女の顔になっていた。
「ああ、俺にはやらねばならないことがある。あなたは幸せになってください」
未亡人は昨夜、久しく感じていなかった女としての喜びを取り戻すことができた。後のことは俺が為すべきではないだろう。
「ありがとうございました。私はここから離れることはできませんが、武運長久をお祈りしております」
「あんちゃん、本当にありがとな。あんちゃんが来なかったら何人死ぬことになったか分からねえ。これは、礼には少ないが、みんなから集めた保存食だ」
「ありがとう、助かるよ。生肉だけじゃ旅ができないからね」
そして俺は、先ほどから黙り込んでいる赤毛の少女の頭に手を置いた。
「精進せよ、若きパ〇ワンよ。母を大事にな」
「ダイジョウブ、オカアサンニハ、ワタシガ、ツイテイルワ」
なんか、片言な喋り方なんだが。というか、こんなに物静かな娘だったかな。そうか、これがツンデレってやつか。
よく見ると、昨日は不安定で荒ぶっていた理力が静まり、非常に安定している。昨日の戦いで思うところがあったのか。一皮むけたようで何よりだ。
「さて、そろそろ出発するよ」
「また来いよっ!」
「いつでもお待ちしております」
「………」
そして俺の旅が始まった。
俺は、村から細い街道を通って辺境の城塞都市へと向かった。村で聞いたところ、そこがこの辺で一番栄えているらしい。あの猪を倒してくれた分だといって、路銀ももらっている。
「しかしなあ、これは……」
もらったのは、銀貨3枚と銅貨を20枚。なんていうか、造りはザックリしているというか、随分と雑だ。恐らく不純物も多く、鋳造してからだいぶ年代を重ねているようで、劣化が激しく縁が削れている。
「こんなものが流通しているとはね」
そして村で聞いて回っても宇宙港の場所は分からなかった。
「はぁ、いつになったら宇宙に出られるのやら」
まあ、急ぐ旅でもあるまい。ゆっくり行くさ。
街道を歩くこと3日、ようやく城塞都市とやらが見えてきた。
「何だか、随分とレトロな造りだな」
石を積み上げて造ったような壁に、街が囲われている。高さは5メートル程度か。しかし、かなり広い範囲を囲っているのか、見渡す限りの壁だ。
「確かに城塞都市って感じだな」
街の入口へと歩いてゆくと、そこには金属鎧に槍を持った兵士が立っていた。
「これは……もうこの国には、機械文明は無いと思ったほうがいいかもしれない」
「ようこそ。見ない顔だな、どこから来たんだ?」
「歩いて3日ほどの村からだな」
「一人で、その恰好でか? 見たところ武器も持たないようだが、よく道中襲われなかったな」
「ん? ああ、あの犬っころか。野営してたらわらわら集まって来たな。あの程度なら大したことはないさ」
「それが本当なら大層な腕前だ。身分証を見せてくれるか」
「いや、生憎と持っていない。無いとマズイのか?」
「ワイルドウルフの群れを狩れるだけの腕があって、冒険者ギルドにも魔術ギルドにも登録していないのか?」
「聞いたことが無いな」
「はぁ、いったいお前どんな田舎から、何しに来たんだ」
「宇宙港を探して旅をしている。どこにあるか知らないか?」
「ウチューコー? 知らないな。
ワイルドウルフを狩れるだけの腕があって、路銀を稼ぐなら冒険者ギルドには登録しておいた方がいいぞ。ここをまっすぐ進むと左側に大きな建物が見えるから、そこで登録できる」
「おう、ありがとう。さっそく行ってみるよ」
はぁ、やっぱり知らないか。まあいいさ、とりあえずボーケンシャギルドとやらに行ってみよう。
門番の案内通りに進むと、すぐに石造りの大きな建物が見えてきた。
中に入るとガタイのいいオッサン連中が酒を飲んでいる。その奥に、いくつか受付カウンターみたいなのが見えるな。とりあえずそこで聞いてみるか。
「すみません。ボーケンシャギルドっていうのに登録をしたいのですが」
「はい、それではこちらの用紙に必要事項を記入してください」
金髪の綺麗なおねえさんに用紙をもらい、カウンターの横で記入した。
「羽ペンとは……こんなもん初めて見たな」
とりあえず記入してゆく。もちろん日本語ではなく例の不思議言語だ。
「なんか、あたかも今までの人生で日常的に使っていたみたいにスラスラ書けるな。まあ、不便を感じるよりいいか」
さらさらっと。
「できました」
「はい、確認いたします。お名前は、アキオ様で間違いありませんね」
「はい」
「あのー、所属のところのジェ○イの騎士というのは、どちらの国の騎士団でしょうか」
「国っていうと共和国になりますね」
「はぁ、キョーワ国ですか。すみません、こちらでは存じ上げないのですが。こちらにはお一人でお越しですか」
「そうですね。ジェ○イの騎士も、今では私一人になってしまいました」
「はい?」
「いえ、お気になさらずに」
「はぁ。では得意技能の欄にある理力とは何でしょうか」
「理力は全てのものに宿り、全宇宙を一つとする偉大な力です」
「はぁあ? あの、そういったことではなくてですね。仕事上、戦う力が必要になる場合が多いので。そういった時に何を得物にしているのか。剣術や槍術、弓術、魔術といったものを修めている場合は、それを記入していただきたいのですが」
「ああ、なるほど。俺の得物はこれです」
俺は腰に付けた師匠の形見を受付嬢に見せ、ニヤリと笑みを返す。
プルプル
どうやら、受付嬢は感動に震えているようだな。そりゃそうだ、これほどの得物を目にするなんて滅多なことでは――
バンッ!
アレ……拳をカウンターに叩きつけて、何か、怒ってません?
「ふざけているなら帰ってください」
追い出されました。
「いらっさいませっ!」
俺は今、雑貨屋の店員をしている。
「ありがとうございましたっ!」
ボーケンシャギルドを追い出されて途方に暮れていた俺は、路銀を稼ぐために普通に働くことにした。
しかし、よくよく調べてみればボーケンシャギルドとかいうのは、ただの日雇い労働者組合みたいなもんじゃねえか。しかも仕事内容は街での過酷な肉体労働や、街の外で害獣退治や森での狩り、植物採集といったものばかり。
やんねーよ、そんなこと。俺には早く宇宙に出て大冒険が待ってるんだよ。
ここはメインストリートに面するそれなりに大きな商店なんだが。この辺の人は計算や帳簿の記入どころか、文字の読み書きも出来ないものが珍しくないらしく。たまたま居合わせた店長に売り込んだら即採用。そこそこ良い給料もくれるらしい。ちなみに働き始めて五日目だが「正社員にならないか」と言われている。
現代の商法に合わせて、売り場をキッチリと別け。商品陳列に少し手を加えることを提案したのだ。例えば、
「武器売場の横にも酒類を陳列しましょう。目に付いたらつい買ってしまう、そういったものを売り場毎に混ぜるんです。きっとボーケンシャ(笑)が買ってくれますよ」
「君は天才じゃないか」
「古くなってきて、早めに在庫を掃きたいものは会計カウンターの近くに陳列しましょう。あと、目に付いたらついでに買ってしまいたくなるものも。乾電池は無いからな、調味料や小物がいいですかね」
「ゆくゆく君には支店を任せてもいい」
ここからはじまるサクセスストーリー。俺はこの商会を世界一の総合商社にしてみせる。
いや、宇宙には出るよ、そのうちね。だけどまだこの街でやらなければならないことがあるのですよ。
「店員さん、ちょっといいかしら」
「はいっ! 喜んで!」




