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汚れた勇者  作者: 汚れた座布団
第二章
7/27

脱 森の勇者

◆◆◆






 とある辺境の開拓村にて。


 村落のほど近くには、辺境に相応しい広大な森林が広がり。村人たちは、国の事業として森の開拓に従事していた。森は時に豊かな恵みを与え、時に大きな脅威としてそこに在った。






「冒険」という魔法に魅入られた少女がいた。


好奇心に満ちた黒く輝く瞳。

その瞳は、純粋なものだけが持つ涼やかな輝きと

決してあきらめない

意志の強さをたたえていた。


或る日の夜、夢に神が現れる。


幼い頃からの念願だった冒険の旅、


夢の中でさまざまな勇者の活躍を耳にした。


わきあがる好奇心と

探求心はおさえようもなく

少女の足は村の外に広がる森へと向いていた。


少女は少し長くなった

赤毛の髪を

山から吹き下ろす風になびかせ、

遥か森の彼方を見ていた。


少女は森の見える丘の上に立ち

勇者と共に冒険へ出る決意をしていた。






 ふと、少女は森のざわめきを感じる。何か、大きな脅威が村へと迫っている。風にのる禍々しい魔力が村の危機を知らせていた。

 少女は、丘を駆け下りる。


「みんな、待っていて。今助けに行くわ」


 少女は、類い稀な魔術師の才をその身に宿していた。しかし、このような辺境に魔術師を教育するシステムが備わっているはずもなく、少女の技量は荒削りであったが、それでも村の男衆を圧倒する威を備えていた。


 男衆が森の開墾をしている、村の外れに到着する。


「た、助け――」


「くそっ! ダメだ弓が通らねえ」


「怪我人を後ろへっ! 槍持ちはあいつを止めるんだっ!」


「無茶言うなっ! あんなのが3人で止まるかっ!」






「そんな……」


 そこに待っていたのは、体高3メートルはあろうかという猪の化け物。それに蹂躙される村人たちであった。


「(いや、止まっちゃだめ。私がやらなくちゃ!)」


 少女はすぐに思考を切り替える。魔力を高め、掌に集中した。そこに現れる火の玉、少女の赤毛を象徴するように激しく燃え上がる炎の塊を出現させた。


 しかし、それはすぐに消えて無くなることになった。


「ん? なんだ、ようやく森を抜けたと思えば」


 森から見知らぬ男が出てきたのだ。


「ずいぶんな歓迎じゃないか」


 薄汚れた茶色いローブを身に纏った黒髪の、その男を見た途端、少女は呆然と立ち尽くしてしまう。


「(間違い無い、あの人だ)」


 少女の体は先ほどまでと違い、恐怖とは別の理由で打ち震えていた。


「(勇者さま……)」






「ブオッ! ガフガフッ!」


 猪は男の方へと向き直る。


「な、なんだあいつは……」


「すぐに止めないと、死んじまうぞ」


「いや、あの男には悪いが、今のうちに怪我人を運ぶんだ」


 村の男衆は混乱しながらも撤退することを選んだ。森から現れた不運な男を犠牲にすることにしたのだ。無理もない。戦うことの専門家でない男衆がいくら束になってかかっていったところで、猪の化け物に対して勝ち目が無いのは明らかであった。


「ふむ」


 しかし、森から出てきた見知らぬ男は、この化け物に対峙しても落ち着き払っていた。はたから見ればまるで戦うことを専門にしているような出で立ちには見えず、何の武器も持っているようには見えなかったが。それでも男は冷静な表情で、状況を観察しているようだ。


「フゴッ! フゴッ!」


 猪が男に向かって駆け出した。猪の踏みしめた地面は大きく抉れ、伴う音と振動は男衆の顔を引きつらせる。


「なかなかの理力を持っているようだな。しかし……」


 男は腰から木切れのようなものを手に取り、自然体で立つ。


「危ないっ!」


 少女は、叫びを上げた。見たこともないような大きな猪。しかも、少女には大きな魔力を持っているように感じられた。魔獣である。

 それに一人で、ろくな装備も無く立ち尽くす男。とても正気の沙汰とは思えない。いや、如何なる装備があったところで、一人で正面から接近戦を挑むというのは、勝算のある戦いに見えなかったであろう。


 その時、男の手元が光を放った。


「そんな感情にまかせ、乱れた理力では、俺には通用しないな」


 猪は男とすれ違い、数歩走ったところで地に伏した。





「うそ……」


 少女は混乱の最中にあった。少女の目には、男が猪を避けるように数歩横に移動し、振り上げた手元が光を放つ、それしか見えなかった。しかし結果は、猪の首が落ち、体は地に沈んでいる。


 時間とともに、少女の感情の高ぶりは別の方向へと変わってゆく。頬を赤く染め、未知の力を使った男、勇者に対する憧憬と恋慕の感情に身を焦がす、一人の少女がそこにいた。


「勇者さま……」





「す、すげぇ」


「ば、化け物を倒しやがったぞ」


 混乱の渦中にいた男衆も徐々に正気を取り戻していった。


「スゲーな! あんちゃん、どっから来たんだ」


「今の魔法か? どうやって倒したんだよ」


「あの太い首を一刀両断だぞ」


 勇者は、少女の方へ歩きながら取り囲む男衆をあしらっていた。


「ん? 君は……大きな理力を秘めているな」


「あああ、あんたがいなくたって、あたしの力でどうにかできたんだからねっ!」


 男は一瞬、きょとんとしてしまったが、すぐ笑いながら少女の頭へ手を置いた。


「ハッハッハッ、そうか、それは余計なことをしてしまったようだな、若きパ〇ワンよ」


「(あああ、あたしって何言っちゃってるのよ、もももももう)」


 少女は、顔をカーッと赤くして俯いてしまった。しかし、すぐに顔を上げると勇者の手を取った。


「どうせずっと森をさまよってて、ろくなもの食べてないんでしょ。今日はうちに泊まっていきなさいよ。か、勘違いしないでよ、そういうんじゃないんだからねっ!」


「おおっ、そりゃいいな。ハラペコなんだ」


「おう、あんちゃん。さっそく嬢ちゃんに気に入られたか。ハッハッハッ。あの猪はどうするんだ?」


「あー、そうだな。あんなに食いきれないからな、みんなで分けちゃってくれよ。俺は自分で持ち切れる分だけもらえればいいからさ」


「ヨッシャー! 聞いたかお前らっ! 今日はご馳走だーっ!」


「「「オオォーーーッ!!」」」


 少女は母の待つ家へ、勇者の手を引いて歩きだした。









 少女はその晩家の外で星空を眺めていた。


「はぁー、なんであんなこと言っちゃったんだろ」


 少女は素直になれない自分の心に戸惑いを感じていた。


「あーっ、だめだめっ。明日になったらちゃんと勇者様に言うんだ。冒険に付いていくって」


 今晩は勇者のおかげで、豪華な食事にありつけた。勇者の話は面白く、母のこころからの笑顔も久しぶりに見ることができた。父は、少女が物心ついたころに魔物の襲撃を受け亡くなっており、母はそれ以来あまり笑うことがなくなっていたのだ。


 勇者に冒険の話をせがんだ。悪の魔術師との決闘に心を躍らせ、師匠の死には涙した。勇者は、少女の他愛ない話にも真面目に付き合ってくれた。


 夢に神が現れたことから始まり、少女の心はますます勇者に惹かれていった。少女のなかで勇者とともに冒険に出ることは運命であり、決定事項となっていた。


「お母さんは、村の男たちに人気があるし。あたしさえ居なければ、きっと誰かと結婚して今よりも楽な生活ができるはずよ」


 少女は自分が村を出たあとの母のことを心配していたが、村における母の立ち位置について正しく理解もしていた。母のことは心配だ、しかし自分はそこに居ない方がよいのだろう。少し早い独り立ちとなるが、その方が母のためでもあったのだ。


「もう戻らなきゃ。風邪をひいて、勇者様に置いて行かれちゃうなんて絶対いやだしね」


 少女は自分の部屋に戻る。その途中ふと明かりと物音が、勇者の使う、亡き父の部屋から漏れているのに気が付いた。


「(あれ勇者さま、まだ寝ていなかったんだ。そうだ、今のうちに少し話をしておこうかしら。いやいや、こんな夜遅くに男の人の部屋に入るなんて。でも勇者さまが相手だったら、あたし――)」


 少女は扉に手をかける。しかし、ここで少しいたずら心が顔を出した。


「(いったい何をしてるのかしら。少し覗いてみても……)」





「奥さん、いけない人だ。大きな娘さんもいるのに、こんなになって」


「ああアキオさま、堪忍してくださいまし。そんなこと、そんなことを……」


 少女は少しだけ扉を開け、部屋の中を覗きこむ。


「アキオさま、娘が起きてしまいます。ああもう、いけません、そのような」


「こんなになっている母親を見たら、どう思うかな?」


「(勇者さま、お母さん、何をしているの……)」


 少女は目を大きく開き、彫像のようにその場で固まってしまう。


「勇者さま、堪忍してくださいまし。そんな意地悪をおっしゃらないで」


「(オカアサン、ナニヲシテイルノ?)」

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