勇者の旅立ち
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俺は、炎に包まれた師匠の亡骸を見つめたまま、じっと座っていた。タンパク質の焼ける独特の匂いが鼻を襲うが、俺はもう何も気にならなくなっていた。
涙は枯れ果てた。自分は、一体なにを間違ったのか、思考の堂々巡り。いや、答えは出ているのだ。それは、分かっていた。分かっていながら心を蝕む後悔が、立ち上がろうとする意志を掴んで離さなかった。
ただ俺は、炎の先を見続けた。
ふと、炎の向こうの暗がりに、何かが見えた気がした。懐かしい師匠の気配が、俺の理力に触れた気がしたのだ。
「そうか、理力が」
この世界のすべては理力で一つに繋がっている。その巨大な理力の中にあれば、時間も場所も無いのだ。
「師匠、ありがとうございました」
俺は、立ち上がり、師匠の亡骸へ深く頭を下げる。俺を縛り付けるものは、もう何も感じることはなかった。
「俺、もう行きます。確かに決着は着けましたが、この世界はまだ俺を必要としている。そんな気がするんです」
俺は、師匠の纏っていたローブに袖を通す。少し丈が短いが、森を進むには、このぐらいが丁度いいだろう。
確かに、悪の根源は絶った。だがそれと引き換えになったものも大きかった。なぜ師匠が犠牲にならねばならなかったのか。それは、俺が理力の暗黒面に引かれてしまったせいだ。
感情を絶ち、世界の理力に自らの理力を通わせ一体となることこそが理力の神髄。しかし、俺はあの時、恨みや憎しみといった激情に身を任せ、荒ぶる理力を敵へぶつけてしまった。確かに強大な力を感じた。力に溺れ、強烈な万能感に心を支配されてしまったのだ。
「反省しなければならない。己を律し、真に戒め、常に心を平穏に保つのだ」
安易に手にできる力は、必ず己に返り身を亡ぼす。力を強大な力で捻じ伏せる者は、より強大な力の前に無力となるだろう。
師匠は、最後にその身を持って教えてくれたのだ。
「大丈夫、どこにいても師匠が見守っていてくれるさ」
俺は、森を行く。見果てぬ夢が、冒険が、世界が俺を待っている。




