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汚れた勇者  作者: 汚れた座布団
第一章
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理力の覚醒

 次の日、俺は河原を下流へと歩いていた。朝食はモチロン昨日の犬肉だ。


「二、三日で人里まで行けるといいが」


 1週間以上このまま森を進むのは、さすがに難しい。今のところ野犬の群れや熊には遭遇していないが。これだけ植生の豊かな森だ、危険な動物が居ないとは思えない。


「食い物の調達がしたいから、少しは森にも入りたいんだがな。今の装備じゃマムシどころか、ムカデやヒルも怖い」


 昨日は、群れからはぐれたか捨てられたか、子どもの野犬程度で済んだ。だが何日も歩けば致命的な場面にも出くわすだろう。


「神が最初に選んだ場所だから、人里も近いかと思ったんだがな」


 洞窟の中で仏さんに会ったことからも、そこまで人里からは離れていないと思っていたんだが。道中で人が野営した痕跡を見つけることはできなかった。森を当てもなく無く歩き回るよりもマシとはいえ、終わりが見えないのは精神的に堪える。


「しかし今日は、やたらと体の調子が良いな」


 朝起きた時、随分と体が軽く感じた。本来であれば、寝袋も無く。いや、もし有ったとしてもあんな岩の上で一晩明かせば、体が凝り固まり、疲れも取れないはずなんだが。


「この星の重力が、地球よりも弱いのか。いやいや、昨日歩き回った感じでは、そんなことなかったはずだ」


 昨日は、一抱えもある岩を二十個以上も運んで川に落としたんだ。その時には違和感を感じなかったし、寝る前には何だかんだで疲労困憊だった。いったいどういうことなのか。普段であれば、あれだけの肉体負荷をかければ、今日一日は体が怠いはずなんだが。今日の道中では、自分の身長ほどもある岩に上ることも難なくできた。明らかに昨日よりも身体能力が向上している。


「これは、まさか。いや、そうか、そういうことか」


 神は昨日、特別な力を授けるといっていたのだ。一日経って、その力が体に馴染んできたと考えればどうだ。だいたい世界の危機を取り除いて欲しいと言って、すぐに森の中だ。身体能力が向上するような特典がなければ難しいだろう。もしかしたらマムシの毒なんかも効かない体になっている可能性もあるな。


「いやいや、過信は禁物だ。少なくとも昨日の段階では、木苺もどきで酷い目にあったじゃないか。しかし、力の馴染んできた今であれば、あの木苺もどきも食える可能性があるか。本当に追い詰められたら検討してみよう」


 それに今朝から異様に勘が働くというか、感覚が鋭敏になっているような気もする。何ていうか、今まで使えなかった器官が急に働き出したというか、第六感というか。空気のように、目に見えない何かで世界が満たされているのを感じるとでもいうか。


 例えば、あの木の上の鳥だ。普段であれば、目に入らなければそのまま気が付かないような場所にいる訳だし、鳴いてるわけでもない。ただ、その空間を満たす何かが、そこに(おり)のように何となく集合しているのを感じるのだ。


「世界中に満ちる見えない何か。いや、力のようなものか。俺の中にも感じることができるこれは、まさか」


そうか、これが理力(〇ォース)か。







 俺は立ち止まり、そして涙した。


 なんてことだ。本当に、本当に、世界に満ちる理力を感じることができる。


 感動だ。もう、死んでもいい。


 いや、まだ死ねない。修行し、この力を使いこなし、俺は世界を救わなければならない。俺には使命があるのだ。


 そのまま30分ほど経っただろうか。ようやく気持ちが落ち着いてきたころ、こちらへと近付く者を感じた。


「おっと。つい、感極まってしまったが、このまま襲われて死ぬとかマヌケ過ぎる。気を引き締めねば」


 俺は、手近な石を持って身構える。次は、何が出てくるのか。理力に目覚めた俺は一味違うぜ。


 ガサガサと、森の草木を分け入る音が聞こえてきた。それほど大きな動物じゃないようだな。そして、運命が姿を現す。


「ゴブ?」


 それは一メートル程度の身長で緑の肌、茶色のローブを纏い木の杖を持った生物だった。


 俺の頭に電撃が走る。人里から離れた森の中、黒いローブの老人、そして理力の目覚め、全てのピースがつながった。神の意図を理解した。


 俺は、その緑の生物へ走り寄った。全力ダッシュだ。そして土下座した。全力土下座だ。


師匠(マスター)、貴方を探しておりました。俺を弟子にしてください」









 土下座状態でどれほど経っただろうか。ぶつぶつと何か言っていた師匠の方へ理力が集まり、高まってゆくのを感じた。


「師匠?」


 顔を上げた俺は、師匠の杖の先端に火の玉が出来ているのを見た。


「なんだこれは!」


 ボウッ!


「やばっ」


 間一髪、俺は飛んできた火の玉を避ける。火の玉を目で追うと、着弾した木が大きく抉れ、焼け焦げていた。


「なるほど、そういうことですか」


 俺は、師匠から10メートル弱離れた場所で、腰を落とし身構える。


「さあっ! ジャンジャン撃って来てください!」


 俺は勘違いしていた。もう修行は、始まっている。理力に目覚め、いい気になって油断していた。師匠は、その油断を見抜いていた。常在戦場、師匠はその重要性を説いているのだ。


ボウッ!


「おっと!」


 飛んでくる火の玉を避ける。何度も何度も、繰り返し避ける。そのうち俺は、理力の高まりからその流れまでをよく観察し、火の玉の指向性が掴めてきた。だが、油断はしない。一度でも失敗すれば俺の命は無いだろう。それだけの破壊力を、この火の玉は秘めていた。


「ハァハァ……」


 何度避けただろうか。俺も師匠も息を切らせていた。もう火の玉は飛んでこない。


「師匠、今日はこの辺にしておきましょう。ありがとうございました」


 俺は姿勢を正し礼をした。


「ゴブゴブ」


「そうですね、もうご飯にしましょうか。ショボイ子犬なんですが、肉があるんですよ。早く食べてしまわないと痛んでしまいますし、一緒に食べましょう」


 俺は、また苦労しながら焚火の準備をした。なぜか師匠は「ゴブ」しか言わないが、そんなことは些細な問題だ。そう、俺と師匠は、心で分かりあっているのだ。


「師匠はどこにお住まいですか」


「ゴブ」


「そうですか。この川を少し上ったところに洞窟があるんですよ。もしよろしければ、そこで一緒に暮らしましょう。たぶん熊か何かが居そうな感じですが、師匠のお力があれば楽勝ですよ」


「ゴブゴブ」


「いや、それは良かった。あっ、もう肉が焼けましたよ」


 師匠との食事は、森を彷徨い続けて荒んでしまった俺の心を癒してくれた。いや、まだ2日目だけどさ。


 食事を終えると俺は師匠を背負って河原を駆けた。


「ゴブ」


「分かりました、もっと速くですね」


「ゴブゴブ」


「もっと速く。理力を感じて。浮石の場所は、理力が教えてくれる。目に頼るな、感じるんだ、偉大な理力を………ですね」


「ゴブゴブゴェ」


 間もなく洞窟に着いた。食事をしてから不思議とすぐに疲労が取れたようだ。これが理力か。


 そして、二人? の共同生活が始まった。







 様々なことがあった。


 猪に追われて木に登ったり。


「師匠っ! 助けてくださーいっ!」


「ゴブゴブ」


ボウッ!


ズガーーーンッ!


「スゲーッ! さすが師匠だ、大きな猪が一撃だぜ」







 魚を捕ったり。


「理力を感じて。そう、あそこの石ころを拾うのと、手で魚を捕ることに大きな違いは無いんだ。両方とも、そこにただ在るだけ」


バシャッ!


「ヤッターッ! 師匠、捕れました。素手で捕れましたよっ!」


「ゴブゴブ」






 もちろん、修行も毎日やった。


 師匠を背負って毎日走った。最近は目隠ししてやっている。最初に会った時のように火の玉を避けたりもしている。やはり最初に会ったときは手加減をしてくれていたのだろう、今では同時に五個の火の玉が飛んでくるようになった。片手で逆立ちをしながら、足の裏に師匠を乗せ、岩を理力で浮かすのも最近できるようになった。


「ゴブゴブ」


「大宇宙に広がる偉大な理力に身を任せるのだ。そう、理力は、どこにでもあり、全てが大きな流れの中にある。心を静め、理力の流れと一体になる。その時、重いも軽いも、大きいも小さいも無い。この手からあの岩までの距離も無になるのだ。………ですね」


「ゴブ」


 目を閉じる。理力を感じる。理力の流れと、この宇宙と一体になる。未来が見える。そこでは、目の前の大岩が浮いていた。


 目をゆっくり開ける。大岩は、宙に浮いていた。


「できた」


 修行を初めてから1カ月ほど経っただろうか。遂に俺は、目標であった大岩を浮かすことに成功したのだ。


 俺は修行の完成を予感した。

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