少し歯ごたえのある鶏ももに近いな
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時は少し遡る。ここは山の反対側に広がる深い森の奥。
妖精たちが住む里、フェアリーガーデンがあった。そこでは、妖精と森の動物たちが一緒に住み。花は、季節を問わず咲き乱れ、肉食獣も己の本能を忘れたようにおとなしくなる。そこでは聖獣と呼ばれる、神のごとき力を持った獣の王が君臨し、全ての動物たちが平和を謳歌する、地上の楽園がそこにはあった。
しかし、幸せな時間は唐突に終わりを告げる。森を包む炎、ユニコーンは狩られ、妖精は追い立てられた。魔王軍の襲来である。
「姫様、このままお逃げください。我らが時間を稼ぎます」
身長15cm程度の妖精が、胸に子犬を抱え派手な衣装を身に纏った女性の前を飛んでいる。
「しかし、其方らだけでは」
「いけません、魔王軍が目前まで迫っております」
姫と呼ばれた者は、悲壮な決意をした妖精に対して表情を引き締めた。
「分かりました。私はこのまま娘と脱出し、神託の勇者を探します。ここは頼みましたよ」
「お任せく゚だ―― ウアァーッ!」
だが、妖精の悲壮な決意は、あっさりと無駄になる。妖精は炎に包まれ、地面へと燃え落ちたのだ。
「クックックッ、そう簡単には行かせませんよ」
木々の間から出てきたのは、紫色の肌に銀髪、青い瞳、漆黒の鎧を身に纏い、同じく漆黒の剣を手にした優男だった。
「魔王親衛隊! そんな、こんなに早く」
「ええ、案外歯応えのない連中でした、聖獣の女王よ」
魔王親衛隊と呼ばれた男は、剣に炎を纏わせ体の脇へ構える。
「さて、あなたとその抱えた子どもを斬り刻めば、任務は終了です。お覚悟を」
男が前傾の姿勢を取る。刹那、足元が爆ぜる。魔族である男の身体能力が、ただ踏み込んで斬るという動作の過程で地面を爆散せしめたのだ。姫と呼ばれた女の命も、この圧倒的な力を前に、無残に散らされるかに見えた。対照的に女は、その細い右腕を前にかざしただけである。
だが
「グッ、無詠唱でこれほどの障壁を出しますか」
男の剣は、女の掌一寸手前で止まっていた。何か幕のような物が剣を止めていたのだ。
「いやはや、やはりあなたは危険だ。ここで退場してもらいましょう」
「確かに、私はここまでのようです。しかし、あなたの思い通りにはさせません」
女は胸に抱いた子犬を地面に下ろした。そして優しく諭すように言い聞かせる。
「行きなさい。母は、ここでやらなければならないことがあります。ここからは、一人で行くのです」
「ワンッ、ワンッ!」
「我がままはなりません。我らは、勇者と共に魔族と闘った誇り高き聖獣の血族。行きなさい。そして、勇者を頼るのです」
「クゥーン」
「行きなさいっ!」
子犬は姿勢を翻し、森の奥へと駆けていった。
「クックックッ、無駄なことですね。じきに増援が来ますよ。魔術も使えず、人化もままならない小娘が、果して逃げきれますかね」
「……だからあなたの思い通りにはさせないと言ったでしょう」
女の目が充血し、体中の血管が浮き出る。
「その魔力の高まりはっ!」
「あの子の行く先に神の祝福があらんことを――」
ドォーーーーーンッ!!
閃光と爆音、立ち昇る噴煙。振り返ると扇形に荒れ果てた大地が垣間見える、母がいた場所だ。
「ワオォーーーン!」
この小さき獣は全てを理解していた。魔族に平穏を、仲間を、母を奪われたこと。母が自分に託した想い。これから自分がすべきことも。
泣いている時間は無い。母が身を挺して稼いだ時間だ。誇り高き次代の獣の王は、身を翻し森を駆ける。自分を助けてくれる者は、ここには居ない。
神託のことは母から聞いて知っていた。新たな勇者が召喚された。自分は、その助けとならねばならない。勇者と共に魔王へ挑んだ、かつての先祖のように。若き聖獣は、森を駆ける。勇者のいる方向は感じることができた。もう、停まることも引き返すこともできない。自分の居場所は、後ろには無いのだから。
日が昇り、また沈んだ。泥に塗れ、爪は割れ、体は傷と疲労でいうことをきかない。それでも走りは止めなかった。どれだけ走ったのか。もう自分でも分からない。もう限界はとっくに超えてしまっているのだ。そして河原に出た。そこには人間がいた。一目で理解した、この人だと。
「クゥーン」
勇者は、魚を食べていた。
「なんだ、子犬か。こっちへ来いよ、魚をやろう」
勇者は、自分から少し離して魚を置いた。
「ワンッ」
若き聖獣は、魚に齧り付いた。美味しかった。そして、優しかった。もう大丈夫。自分は辿り着いたんだ。彼女の胸が安堵で満たされる。涙が溢れた。彼女は一目で理解した、この人と強い運命で結ばれている。この人と会うために生まれ、そばに居ればもう何に脅かされることもない。彼女は、安心しきって魚を食べた。
だからそれに気付かなかった。
「オリャァーッ!」
そこで哀れな聖獣の意識は、闇に閉ざされた。
「オリャァーッ!!!」
ボゲシッ!
「フーッ、野犬死すべし」
俺は近くにあった大きな石を持って、そっと必殺の距離へ忍び寄り、振りかぶったのだ。そして目の前には、頭部がベッコリ逝った子犬。
「本当に危ないところだった。しかし子犬とはいえ、野犬は野犬。よほど腹が減っていたのか、油断してくれて助かった」
そして次に用意しますは
「こんなこともあろうかと、さっきの錆ナイフをその辺の石で研いでおいたぜ。まあ、あんまり良く切れないが、上手くいくかな。動物の解体は、マウスの解剖ぐらいしかやったことがないが、まあちょっと食える部分を切り出すぐらいなら出来ないこともないだろう。とりあえず迅速に血抜きからだな。
てゆうか食っていいのか、これ。見たところ、狂犬病なんかは無さそうな感じだが。いや、よほど酷くないと見ただけじゃ分からんよなあ。でも、貴重なタンパク源だし。うーん」
まあ、食うしかないよな。しかし、考えようによっては運が良い。初日から肉が食えるなんてな。犬の肉って食ったことないけど、中華料理には有ったはずだし。塩もあるから不味くはないだろ。
そして二時間後
「うーん、少し歯ごたえのある鶏ももに近いな」




