海行かば
◆◆◆
俺は大海原を駆け抜ける。
照り付ける太陽、顔を叩きつける飛沫の中。波間を縫うように進む愛機にしがみ付き、波涛を引き連れ我は行く。
「なんなんだよ、もう戦争は小康状態だってのに、船が出せねえってよ」
「アキオよ、そんな、すぐに海上警戒が解除されるわけないであろうが」
俺は、あれからまた港町を回ったが。確かに魔族の攻撃はおとなしくなったものの、海上警戒がいつ解除され、また沖合まで船が出せるようになるのか分からないと言われたのだ。そこでブチ切れた俺は、すぐに一人用の小型船を製作し、海へ飛び出した。
「なかなか良くできてるだろ。エルフにもらった世界樹の枝から削り出した、一体物だぜ」
「良くできてるどころか、驚異的な速度だぞ。アキオの居た世界には、不思議なものがあるのだな」
元の世界にあったパーソナルウォータークラフト、いわゆる水上オートバイを参考に設計してみた。
当初は70年ほど前に主流だった気帆船みたいな感じで、漁師などが使ってる市販の小型帆船、セーリングディンギーに動力を取り付けるというアイディアも有ったんだが。残念ながら俺にはセーリングの経験が無い。操船に自信がないので、このアイディアは頓挫した。
結局ボディから、世界樹の枝を削り出して製作することにしたのだが。構造的には、精密にスクリュー、ジェットポンプを再現することが難しいため、風の魔道具を使用して再現している。魔道具によりボディ下部から吸い上げた水を、尻窄まりの円筒を用いて圧縮し、後方へ噴射する。円筒内にあるスクリュー(インペラ)が無いけど、原理的にはジェットポンプと一緒だ。
エンジンルーム内には、竜さんのコネを使って手に入れた特大の風魔石を搭載している。
「上下に動くステアリングポールを再現するのは難しかったんで、ボンネット付近にハンドルを付けてみた。他意は無いが、この船を”ペケツー”と名付けよう。
体感的には、60馬力以上出てるな。しかしインペラが無いからか、レスポンスが悪い。特にジャンプすると、着水した瞬間にトラクションが掛かんねえ。大きく失速するというか、沈みそうだぞ。
ポンプが離水しないで、直線でアクセル開けっ放しなら具合が良いんだよな。インペラによるキャビテーションが無いから、加速性能も良いかと思ったんだが。インペラの慣性質量が大事だってことか」
沖に出てから波が高くなってきた。後ろを振り返ると、すでに陸地は見えなくなっている。
「やっぱりポンプゲートをもう少し絞るべきか。これだけ波があると、どっちにしても最高速出ないからな」
ハンドルを抑え付け、鼻先を沈める。波を極力飛ばないよう、舐めるように走りながら顔にかかる水しぶきを気にせず、先の波を睨み付ける。
「なかなか下ハル(船底)の形状は良いんじゃないか。ある水上オートバイをベースに、レース艇の形状を忠実に再現した仕様だからな。V型船底にしてるし、なかなか具合良く波を切ってゆくな。しかし、少し鼻先が変な波を拾うかな? 前部のチャインは、もうちょい削っとくか。
ボディはFRPよりも少し重いが、魔石に関してはエンジンより軽いから、重量バランスは実物より良好に感じるな。あとは、できればパワーが倍ぐらい欲しいな」
もらった世界樹のサイズから、これ以上デカい船は再現できなかったんだよな。この船は、おおよそ長さ2.2メートル、幅と高さが70センチってところだ(ハンドルを除く)。ちなみに沖に出ることを見越して、元にした水上オートバイよりも、全長を長くしている。やや回頭性が悪くなるが、その分最高速は平水で50ノット(92.6km/h)ぐらい出そうだ。
「アキオよ、魔石の出力に、もう少し余裕があるぞ」
「でも、それやると途中でガス欠になるだろ?」
「いや、沖に出てから自然魔力量が上昇している。あと二割ほど出力を上げても、自然回復量と釣り合うはずだ」
「おっ、いいねえ。二割もアップすれば、今のスコープゲートの径でも悪くないかも。
進路はどうだ?」
「やや北にずれているな。今の進路からだと左手側、約15度が目的地の方角だ」
「最初は調子よかったんだがな。波が出てきてからは、平均速度で20ノットちょいってところか。まあ、日が沈むまでには到着するだろ」
「アキオよ。ところで、なぜ魔族の肩を持つようなことをしたのだ? あのまま放っておいても、人間が勝利できたのだろう」
「インヴァイ、お前あんなの本気で信じてたのか?」
「ええっ! 全部嘘だったのか!?」
「いやいや、全部が嘘じゃないよ。でもさ、今のご時世で詳細な人口統計なんて、どの国も持ってないよ。あくまで、俺の調べた範囲と、他の行商仲間から聞いた情報を元に、予想した数字だよ。グラフの下に”一番星商会調べ”って書いてあったろ?
ああ、子供をたくさん産んだ家庭に、補助金や税の一部免除なんかをやってたのはホントだよ。データに一部予想が入ってるけど、それほど大きく外れてないんじゃない?」
「では、やはり人間の方が優勢ではないか」
「あのねえ、人口の多い方が戦争に勝つなら、俺の元居た国なんてとっくに消滅してるぞ。そもそも人間に対する魔族のキルレシオって十倍とかだよ。今までは、それほど戦線が広くなかったから人間側の被害が少なかったの。
ほら、俺らが倒した30メートルぐらいある奴とか居たじゃん。あんなの持ち出されたら、この程度の戦力差は簡単にひっくり返るだろ。それに、あの魔王ちゃんだって普通に戦ったら超強そうだったじゃん。まあ、今後は子作りと子育てで、ほとんど表に出てくることは無いだろうな」
「ああ、あの娘、素直でいい娘であったな。今となっては、なぜあんな娘を相手に敵意を持っていたのか不思議でならない」
「よくあんな見事に作戦がハマったもんだ。素直な娘で助かったよ、お香の効果で正常な判断力を失ってたということもあるんだろうけど。
俺、最初に魔王ちゃん見た瞬間、死んだと思ったよ。何、あの強烈な理力? 竜さんの百倍ぐらい強い圧力を受けたぞ」
「おぬし、その割にはノリノリだったぞ」
「もう、あの場は勢いで押し切るしかないっしょ。正攻法で行ったら、俺軍団全員でかかっても無理ですよ。いやー、お香が効いてよかったね」
「しかし、話を戻すが。それでは、アキオは、あのまま介入せずに戦争が続いていたらどうなったと思うのだ?」
「まず、例のデカいのと魔王ちゃんが参戦した時点で大陸中が荒野になる気がするんだが。まあそれを除いて考えても、人間領域の四分の一程度は、電撃的に占領されるんじゃないか。
その後は、よく分からん。魔族の占領政策にもよるだろうし。例えば、占領地の人間を虐殺しながら侵攻するだけであれば、ちょっと先が続かないんじゃない。でもまあ、戦闘では魔族有利だよ」
「そ、そうだったのか。いや、それでは穏健な魔王である間に、人間も戦力を増強する必要があるのではないか?」
「それでまた滅ぼしあうわけ? あのねえ、言っとくけど、魔族を滅ぼしたら今以上に人間も困るからね」
「なんだそれは、どういうことなんだ?」
「まず、前提として。この世界の国は、通貨の信認を魔石の価値で担保していると言っていい。国の窓口や、冒険者、商人ギルドで魔石と通貨が交換されていて。特に冒険者なんかは皆そうなんだが、魔石による納税が認められてるだろ。つまり、どこのアホが考えたのか知らんが、魔石本位制って感じに近いな。この制度の問題としてな、魔石の価値が高すぎても低すぎても困るんだよ。
今は魔族の圧力が、魔石産出量の制御弁にうまくなっていて。調べた限りでは、魔石の供給量はずっと安定しているな。魔族との前線地域で少し変動があるだけで、大陸全体での変動は微々たるもんだ。魔族が居なくなると、緩衝地帯の樹海から北が解放されるから、このバランスが崩れるんじゃないか? まず人間同士で樹海より北の奪い合いが始まって。人間同士で争いが絶えなくなるから、魔石の供給が大幅に減るぞ。
ナントカ教会では、魔族が居なくなれば魔物も発生しなくなるとか言ってるし。まあ俺はまったくそう思ってないけど、これがもし本当だったら大変だな。だいたい市場に出回っている魔石の割合は、九割が魔物由来、残りの一割が自然界の鉱物中なんかに含まれている屑魔石だ、ちなみに金額ベースね。もう市民は魔石が使えないぞ。脱魔石文明の到来、いや文明後退か。今さら戻れるかな。
つまりどちらにしても、想像を絶する大混乱と、戦争の繰り返しになるな。むしろ現時点で、これほど安定した社会っていうのも珍しいと思うぞ。平和は大切にしようぜ」
「しかし魔族は、樹海を取ったことになるんだぞ。このまま魔族が守りに入って、アキオの売った薬を使うと、一気に魔族が増えるのではないか」
「あー、それは無い。基本的に人口は食料生産量で抑え込まれる。俺が見た感じ、魔族の土地は、それほど多くの魔族を養える余裕が無い。つまり魔族の人口は樹海の開拓に応じて、また食料の輸入が始まったらそれに応じて増える。それほど急激なペースじゃ無いはずだ。
まあ、その時は人間側も魔道具の進化と普及が進んで、魔族以上のペースで人口が増加してるんじゃない?
そしたら暇になった奴が、暴力反対とか言い出すかもね。魔族だって樹海を開拓すれば一息つくし、人間の商人もテコ入れするから、これ以上の侵攻はなかなか決断できないって。
まあ、このままでも案外、魔族と融和する方向へいくかもね」
「アキオは、人間や魔族の枠を超えて。世界のことを考えているんだな」
「あたりまえだろ、俺は商人だぞ。一流になるためには、利益だけを追求するようではダメなんだよ。社会のためになることを商いとし、そこから富を分けていただいて再分配をする、そして社会全体が経済成長を成し遂げるっていうのが大事なんだよ」
「純心な魔王をレイプして、精力剤と媚薬を売りつける男の言うことは一味違うな」
「バカヤロウッ! レイプじゃねえっ! マーケティングだ!
だいたいアレだって、ジョナサンをはじめとする商人仲間やエルフの国とも協力してだな。流通路の確保や原料調達、製造工場まで作ったんだから、莫大な雇用を生み出してるんだぞ。しかもこれによって魔族長年の問題が解決し、大喜びじゃねえか! ”もう戦争なんて、やってる場合じゃありません。うちの嫁が可愛すぎます”って喜びの電話が鳴りやまねえよっ!
何せ、魔族の労働者層全てに行き渡らないといけないからな。調査によると本事業は、エルフの国のGDPを一割、魔族領で二割、人間国家群全体でも1%程度押し上げるビッグプロジェクトになる予定だ。
仲間の商人達も率先して、魔族領の特産品を買い付けてるし。人魔融和も意外と近いかもしれないぞ」
インヴァイと会話しながら、淡々と海を行く。大きな魔力反応は、避けながら進んでいることもあって。魔物に襲われることもなく実に平和だ。
「おっ! 島が見えて来たぞ」
「アキオよ」
「どうしたインヴァイ、急に畏まって」
「今日のおぬしは、輝いてる。突然、この世界における生産活動の根底を覆しかねない、動力装置を作ったり。この世界の成り立ちについて解説したり。読者の皆様も、この世界のことが良くお分かりいただけたと思う。しかしな……
次回で最終回だぞ」
「何ーーーーっ!?」




