行商野郎
俺はまた行商の旅に戻った。一頭立ての馬車と同志インバイ、気ままな旅だ。
今は、ドワーフの国で仕入れた良質の装備を、冒険者たちへと届けるために、騎士の国の領土を横断している。
だがここで問題が一つ。この騎士の国、非常に関税が高い。大陸中央部に嫌な形で陣取っているため、迂回も難しい。また、袖の下も横行している。つまり軍隊下士官のモラルが低く、普通に通過すると物凄くたかられる。
規模の大きな商会となれば軍部へのコネクションもあるのだろうが。俺たち個人規模の行商となれば、国境警備を掻い潜って密入国するのがあたりまえだ。
「この時期、このルートなら大丈夫だって聞いたんだがな」
「首都で大きな催し物があるそうだが、その影響ではないか」
「ああクソっ、そんなのもあったな」
俺は、愚痴をこぼしながら馬車を走らせる。その後ろには――
「止まれーっ! 今止まれば、荷を改めるだけで済ましてやるっ!!」
つまり、国境警備隊に追われていた。
「どうするのだ勇者よ、じきに追いつかれるぞ。BPブースターを使うか?」
「いや待て。今回は積み荷が重い。引き離すまで使うとなると、馬の負担が大きすぎるな」
しかし、どうするか。少々もったいないが、重い積み荷を捨てるのもやむなしか。
「勇者よ、二時の方向だ! イエローフラッグ!」
諦めかけていたその時、俺はインバイの台詞に応じて視覚を強化する。
「あれは……ジョナさんの置き土産か! こんなところにまで、準備がいいな。ありがたく使わせてもらおう」
遠くに見える黄色い旗を目指し、手綱をひいた。
「隊長! 奴ら不自然に進路を変えました!」
「いいから追え! 今日こそはとっ捕まえてやるぞ」
「奴ら、ちゃんと付いて来てるな」
「彼我の距離、40メートル。大分追いつかれたぞ」
「大丈夫さ、いくら積み荷があるといっても、こっちは改造馬だ。少し焦らせてやろう。BPブースター準備、係数1.6、10秒間!」
その瞬間、馬車が大きく加速する。今までも、馬車を引いているとは思えないほどの速度であったが。それが裸馬の如き加速で一気に後続を引き離す。
チューニングホース。それは、一般に魔道具等で身体能力を強化し、それに合わせて調教されている馬を指す。
俺の馬には、多くの魔道具が接続されている。一般的な加速や身体強化の魔道具ではない。治癒の魔道具とそれを改造した造血の魔道具、酸素を合成する魔道具。
漠然とした目的の魔道具と違い、物理的範囲も効果自体も狭められたそれは、極めて高効率で動作し。それらを体内に埋め込むことで、俺の愛馬は驚異的な身体能力を発揮する。
「勇者よ! 目標まで500メートルを切ったぞ」
「煙幕弾装填! 次弾も同じ!」
目の前には、強化していない視覚にもハッキリと黄色い旗が見える。
「まだだ、まだ引きつける。………今だ、射出!」
俺の掛け声に合わせて馬車の後部より小型の樽が落下し、弾ける。こんな時のために仕入れておいた煙幕弾だ。安い物じゃないが、素直に関税を払うよりもよほどマシだ。
「次弾、射出!」
そして俺は左に舵を切る。荷馬車が横へ流れる、それを全身を使って踏ん張り、抑え込む。車輪の軸受がしなり悲鳴を上げた。
「大丈夫だ、このぐらい何でもないさ。そうだ、いい子だ」
俺は愛馬、勲に話しかけながら旋回してゆく。そして、後ろを見ると、ちょうど落とし穴へ突っ込んでゆく警備隊が見えた。
警備隊から十分に離れ、巡航速度へ落とす。
「勇者よ、無事に振り切ったようだな」
「ああ、ジョナさんのおかげだな。今度会ったら礼をしないとな」
ジョナさんとは、行商人仲間の一人で、ヤモメ商会の会長さんだ。まあ、商会と言っても嫁さんと子供たちの住む店舗が一つあるだけで。大黒柱のジョナさんが色んな国を回って商品を仕入れたり、店舗で買い取った物を行商したりしている。この世界では、よくある形態の商売だな。
行商をしたり店舗を構えるためには、商人ギルドに登録が必要となる。そのギルドからは、騎士の国にちゃんと税金を払えって指導されているんだが。まあ、俺たち零細商人は、そんなことしてたら首を吊るしかない訳で。横のつながりで警備の情報を流したり、罠を仕掛けて利用し合ったりするわけだ。
「ブルルゥ! ブルゥ!」
「おう、お前も頑張ったな勲」
俺は嘶いて主張する勲をなだめる。そして、勲との出会いを思い出していた。
半年前、俺は乗り物に乗れないことに大きなストレスを感じていた。もういっそのことエンジンから作ろうかとも思ったが。この世界の金属加工技術は酷くショボい。なんか、よく分からん謎合金があって、刀剣類に関しては中世の地球より進んでそうな気もするのだが、ネジ一本作れないし。そもそもガソリンが無い。
そんな時に出会ってしまった。街道を走る王者、チューニングホースだ。
当初俺は、”馬なんて”と馬鹿にしていた。サラブレットにしても最高速で70km/h程度しか出ないのだ、そんな速度では俺の心には響かない。ところがどうだ、目の前を走り抜けた馬の速度は100km/hを超えているんじゃないか。あんな速度で巡航できるものなのか。
俺は情報を集めた。どうやら目にしたバカッ速い馬は、貴族階級である騎士や、一部の行商人などのあいだで爆発的に流行っている、チューニングホースと呼ばれるものらしい。レースも盛んに行われている。
俺はすぐに馬を買いに行った。純粋な走力よりも心肺機能に注目し、各農村を回って一定の運動をさせて最も心拍数が低く、肺活量の大きい馬を厳選した。そして膨大な魔道具の組み合わせによる、チューニングホースの奥深さ、その魅力の虜となったのだ。
改造馬は自然馬に比べ寿命が短くなる。無理に代謝機能を引き上げているのだから当然だ。長い休息期間のとれない行商行為に、チューニングホースを用いる場合は、特に体調に気を遣ってチューニングレベルを日々変更しなければならない。
そこで俺は勲の体温や血圧等の情報をインバイにフィードバックし、インバイが全ての魔道具の出力制御を行うシステムを組み上げた。最近では先ほどの煙幕弾投下装置などの、対国境警備隊用に馬車へと装着した様々な装置も制御する、火器管制装置も兼ねている。
今となっては、もうインバイ(インテリジェンス・バイブ)なんて呼ぶことはできない。名付けるとしたら、Interactive Versatile Artificial Intelligence(対話型万能人工知能)略してインヴァイだ。
「これからも頼りにしてるぜ、インヴァイ」
「勇者よ、我の呼び名に関して、微妙なニュアンスの変化を感じるのだが、これは喜んでよいのか?」
「まあ、気にするな。
ん? 街道の先に何か見えないか?」
「あれは、商隊のようだな。しかし、様子が変ではないか」
「何だろうな。立ち往生か? とりあえず行ってみるぞ」
「あれは、ジョナさんか。グッさんとオッさんも居るじゃないか」
そこに居たのは、破壊された馬車の前で項垂れるジョナさんと、それを慰める二人の姿だった。
「これは、いったい。ジョナさん! 何があったんだ!」
「アキオさん。もうダメだ、俺は……あいつら、荷物だけじゃなく馬車まで壊しやがって」
「ひでえ事をしやがる。国境警備隊だよ、あいつら血も涙もありゃしねえ」
「クソッ! 王都でデカい祭りがあるっていっても、こんなところにまで現れたことは今まで無かったんだが」
見たところ荷物は略奪され、打ち壊された荷馬車は、骨が拉げて車軸が折れている、全損状態。酷い有り様だ。
ジョナさんは目を腫らし、涙と鼻水まみれで俺に縋り付いた。
「アキオさん。おれ……俺は、悔しい。こんなことが続けば俺は、俺の家族はお飯の食い上げだ。
見返してやりてえ。あいつら威張り腐った騎士どもを、見返してやりてえよ……」
「ジョナさん……
グッさん。ジョナさんが逃げきれなくて、騎士といえば」
「ああ、騎士の国最速、街道の帝王、黒い怪竜だ」
「そうか、奴がこんなところにまで………
ジョナさん、一つだけ方法がある」
そして俺は、数日前の出会いを思い返す。




