仁義あるドラゴン
「えぐっ、えぐぅ…………ぐすっ」
目の前には、大地に膝を屈し、両手をついて、ガチ泣きする男、アキオがいた。
「えぐっ………だって……神様が、物語の世界だって…………えっぐ………俺、SFが大好きで……ぐす………乗り物が大好きで……ズビズビ………俺、空飛ぶバイクとか……ジェットエンジンに引っ張られる小っちゃいカゴとかに……乗ってみたかっただけなのに…………ズルズル………」
物凄い鼻水だ。
「だって、おぬし三カ月もこの世界にいたんじゃろ? いくらでも気付く機会は、ありそうなもんじゃのに」
「……えっぐ……だって……最初の森で、暗黒面のボスっぽい爺さんとも戦ったし…………ズビ………緑の小人みたいなのに、理力を教えてもらったし…………ずるずる……」
ああ、それは、きっと…………ゴブリンじゃな。
というか、宇宙に行くことよりも、ゴブリンに魔法を教えてもらったことの方が、よっぽどの奇跡じゃの。
「……俺……宇宙に行きたくて……ひっぐ……ロボットとか乗りたくて……えぐっ………」
「ま、まあまあ。おぬしと儂は、同じく神に騙された同志じゃ。ほれ、欲しがっていた牙も去年抜けたやつがあるし。これをあげるから元気をだすんじゃ」
「…えっぐ……ひっぐ………お腹の皮も……欲しいです………」
「えっ、お腹のところは、意外と敏感で。けっこう痛いんじゃが……………」
「………………えぐっ……」
「あげるからっ! お腹の皮もあげるから!」
「見苦しいものをお見せした。本当に申し訳ない」
あれからアキオが立ち直るまでに一晩を要した。頬がこけ、目にはクマができ、一気に十年は老け込んだように見える。
「本当に大丈夫かの」
「心配をかけた。もう俺は大丈夫だ」
まったく大丈夫じゃない顔で、アキオは言った。
「元の世界に戻る方法は無いのか?」
「無いのう。儂が知る限り、神に召喚された者は過去にも居たようじゃが、元の世界に帰ったという記録は、終ぞ見つからなんだ。
異世界とやり取りのできる魔術も存在しないようじゃし。もしあるならば、儂も知りたいところじゃ」
「そうか…………もう、バイクに乗ることも、クルマに乗ることもできないんだな」
アキオは酷く落ち込んでいた。生き甲斐の全てを失い、失意に沈むその姿は、かつての儂自身と被って見えた。
「元気を出せ。エンジンは無いかもしれないが、馬とかもいいもんじゃぞ……儂も乗ったことは無いが。
ほら、儂でよければ、お前を乗せて空を飛んでやるから。空だっていいもんじゃぞ」
「そうか…………そうだな。それは楽しみだ」
アキオは初めて少し笑顔を見せてくれた。
「ところで、この世界については、どれだけ知っておるんじゃ?」
「いや、ほとんど何も知らないな。辺境惑星の、機械文明を嫌って牧歌的な生活を営む国という認識だったからな。
他の国へ行けば宇宙船なんて、そこら辺にゴロゴロしていると思っていたぐらいだ」
なにそれ、アキオさんスゲーっす。マジ想像力パネェっすよ。
「いや、この世界は、大よそ地球でゆうところの中世以前の文明じゃな。魔法やモンスター、エルフや獣人といった異種族も存在する。ファンタジーRPGみたいな世界じゃな」
「ふぁんたじいああるぴいじい?」
えっ? この反応は、まさか。
「おぬし、本当に儂と同年代の日本から来たのか? RPGやったことないって、今日日ありえないんじゃが」
「ばばば、馬鹿にすんなよな! やったことあるし! 俺、超ゲーマーだし!
ほら、あれだろ、敵を200機撃墜する毎にパワーアップするやつだよ」
……………それは、絶対、RPGじゃないな。
「で、ミスるとパワーダウンするんだよ。何かを百個集めるのが目標なんだよな。いやー、あれ超やったわ」
「それは、たぶん、恐らく、いや確実に違うんじゃなかろうかと。
おぬしの話からすると地球から召喚された時代は、儂とそれほど離れていないような気がしたんじゃが。DQとかFFとかやらんかったのか?」
「DQ? FF? フィスト〇ァック?……
ああっ! ファイナル〇ァイトかっ!?」
「あ、惜しい……惜しいか? まあ、それは置いておくとして。
そういうんじゃなくてじゃな。こう、仲間とパーティーを組んで、コマンド選択式の戦闘で、経験を積んで強くなっていくようなやつなんじゃが」
「………………あぁー! 分かった、そっちね! 大丈夫、理解した」
いや、RPGに「そっち」も「こっち」もねえよ。
「そう、最初は仲間を選ぶんだよな。で、序盤は五ターンぐらい防御だけで粘らないと、全然防御力上がらないんだよ。そんで石板を読みに行くわけだ」
なにそのゲーム。儂の知ってるRPGじゃないぞ。
「月に一日は特殊なパーティーに切り替わるから。時間が進まないように、山に向かって”その場歩き”しながら敵とエンカウントしないと育成ができないんだよな。あれは本当に大変だったよ。ダンジョンの奥でパーティーが切り替わっちゃって詰んだ時は、本当に絶望した」
「いやいや、それでも儂の知るRPGと、だいぶ違うんじゃが。それどんなストーリーなのかの」
「あれは確か…………全人類が絶滅したところから始まって」
あかん、それ参考にならんやつだ。
「今までは地下でひっそりと暮らしていた魔物達が、ようやく俺たちの時代がやって来たといって地上に出てくる訳だ。そこで突然、異星人の襲来。異星人達は地球を植民地にすることを決定、魔物達に隷属を強制した。そこで立ち上がる勇者たち! プレイヤーは十二の種族を代表する勇者たちを操作して、異星人を打倒するのだ!」
「凄いストーリーじゃな。いや、じゃが、しかし、まったく参考にならない」
儂はアキオに王道ファンタジーとは、RPGとは何か、丁寧に説明した。アキオがそれを理解するのに、さらに一晩が費やされた。
元の世界の話をしたり、一緒に空を飛んだり。アキオは一週間ほど、儂の巣に滞在した。本当の意味で心を開くことのできる友のいなかった儂にとって、アキオの存在は心に沁みるものであった。
そしてある日、アキオはやるべきことがまだあったと言って旅立っていった。
「友よ、儂はいつでもここにおる。次に来るときは旅の話を聞かせておくれ」




