仁義なきドラゴン
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この世界には絶対強者と呼ばれる種族が存在する。中でも群を抜く巨体と、伝説において語り継がれる存在感を持つ存在。それがドラゴンである。
儂がこの世界に降りたち、どれ程の時間が流れたのか。百年を過ぎたところから数えることもやめてしまった。初めの頃こそ竜族同士の抗争に巻き込まれ、激動の時代を生きてきた。
「おやっさんは、神輿やないの。ただの神輿が歩けるもんなら歩いてみんさいよ」
「龍ちゃん、何が不満なんなん? おやっさんで何が不満なんや、あぁ?」
「ああ、不満は無いよ。不満なんか別に無いよ…………知らん龍より知っとるオーガの方がマシや」
そして時は流れた。
自分という存在が時代にそぐわないと分かり、引退を決意した。それからは、この山に引きこもり。今では、欲に駆られた人間たちの相手をして時間を潰す、緩やかな老後を送っている。子どもを作ることこそ終ぞ無かったが、それでも昔世話を焼いていた舎弟たちが、ご隠居と慕って話をしに来てくれる。
「最初こそ、どうなることかと思ったが。思い返してみれば、意外と悪くない…………おっと、お客さんのようじゃな」
茶色いローブを纏った、一人の男が現れた。ドラゴンの巣として周辺国に認知されている、非常に険しく棲みつく魔物も強い山。そんなところへ一人で入り五体満足で私の前に立つ。なかなかできることではない。
「今度はなかなか骨のある奴が来たようじゃ。人間よ、何用か?」
男は私を見ても動揺することなく、淡々と返事をした。
「夢のため、野望のために、あなたの牙を一本貰い受けたい」
なるほど、私の命そのものが目的という訳ではないようだ。そして毅然としたこの態度、本当に見所のある奴だ。まあ、様式美として戦ってはもらうが、頑張ればその程度くれてやってもいいかもしれんな。
「ハッハッハッ! 人間よ、気に入ったぞ! 力を示し、己が野望を実現してみせるがいい!」
さあ、暇つぶしに付き合ってもらおうぞ。
「ガアァアァーーーーッ!!」
特に意味のある行為ではなかったが、これも様式美の一つとして魔力を乗せた咆哮を浴びせる。
だが、男は余裕を崩さず話しかけてきた。
「ふむ、確かに噂通りの強大な理力を宿しているようだな。しかし、そのような荒ぶる理力では、俺には通用しない」
はぁ? 理力? 何を言いだすんだこやつは。
「暗黒面の力は常に、正道には及ばぬと知るがいい」
ブオンッ
男は、手元に光る剣を取り出した。いや、魔力そのものを空間に固定して励起させているのか。随分と器用なマネをしおる。
そして、ものすごいデジャヴ。見覚えのある絵面と、台詞回し。理力? 暗黒面? まさか………
「おぬし、地球人か!?」
「えっ?」
フードを取った男の黒髪黒目に、懐かしい日本人の特徴を見た。
むかし話をしよう。
私がまだドラゴンになる前の、
日本で高校生をしていたころの話だ。
俺は中程度の偏差値の高校に通い、家に帰ってゲームをやったり漫画やラノベを読むのが趣味の、ごく普通の高校生活を送っていた。
将来に漠然とした不安を感じることもあったが、まあまあ不自由ない暮らしをして、特に大きな不満を感じることもなかった。童貞であることを除けば。
そんなある日のこと、人生に転機が訪れる。俺はトラックにひかれそうになっている子どもを助け、代わりに死んでしまった。そして気が付いたら白い部屋にいたんだ。
目の前に神を名乗るものが現れた。
「私の管理する世界の一つに崩壊の危機が迫っておる。私はその世界を救うことができる強靭な魂を持った人間を探していた、つまり君じゃ。君にはその世界に行って危機を取り除いて欲しい」
「えっ? 神様? 世界の危機?」
「君の世界にある物語でよく語られるような世界だ。非常に辛く危険な道のりになるじゃろう。もちろん強制はしない、君が希望すれば通常通り輪廻の輪に戻してしんぜよう。じゃがもし、異世界を救う旅を選んでくれるのならば、君だけの特別な力を授ける」
「いわゆる異世界召喚ってやつですか?」
「そうじゃ」
「そして、俺にチートパゥワーが……具体的にはどのような?」
「まず、常人よりも能力値十倍」
「十倍!? スゲー! さすが神様だ!」
「なんと今なら魔力は更に倍じゃ」
「更に倍!? 倍率ドンッ! いよっ! 神様太っ腹!」
「更にさらに、一定の経験を積むことで、能力は倍々に増加していく」
「せ、成長チートも!? もう神様愛してる!」
「これでゆくゆくは、ドラゴンも魔王も単騎で討伐可能な実力になるはずじゃ。世界を頼んだぞ勇者よ。世界を救った暁には、どんな美女も選り取り見取りじゃ」
「お、男の夢、ハーレムまで……ウォオォーーッ! やる気が漲ってきたぜっ!」
そして加護を授かった俺は、異世界に召喚されたんだ。
問題だったのは、
「あれっ、空の上? って高くねっ!?」
開始地点が地上数百メートルの空中だったということだ。
俺は重力にまかせ落下してゆくしかなかった。
ガチーーーン!
そして、落下した俺は、
「い、痛てぇ……」
「ううう、何じゃ、いったい何があった……」
「「って、」」
「「なんじゃこりゃーー!!?」」
俺の体はドラゴンに変わっていた。そして、目の前には見覚えのある人物。とゆうか、俺が居た。
「頭どうしが衝突したはずみに、中身が入れ替わったというのか。ファンタジーに見せかけて、なんという少女漫画展開」
「おぬし何物じゃ!? どうやってこんなことをしおったのじゃ!? 身体を返せっ!」
「拙者だって返したいでござるよ」
俺は人を斬らない人斬り侍が、借りた金を返せない時の言い訳をするモノマネをしながら答えた。いや意味不明だが、この時の俺は大いに混乱していたのだ。
「ふざけるなっ! 儂の身体を返せっ! 貴様、覚えておけよ、儂の体が戻ったら、消し炭にしてくれるぞっ!」
この瞬間、俺の脳内を様々な考えが過った。
「(あれ? 俺、こいつに体を返したら。スゲー、ピンチじゃね?)」
俺はこのとき、非常に疲れていた。一度に色々なことがありすぎて蓄積した疲労、そして下がった血糖値は判断力を奪い、俺の思考は安易な解決法へと流れてしまった。
あの時、一度きちんと話し合って、平和的な解決を目指すべきであったのだ。いくらでも別の道があったではないか。
「ガァアァーーーーーッ!!(フレイムブレスーーッ!!)」
「えっ、そんな馬鹿な………」
覆水盆に返らず、(元)俺の体は消し炭と化した。
「ふぅー、さらば俺のチートボディ。そしてコンニチハ、ドラゴンボディ」
この時はそんな冗談を言う余裕もあった。
「じゃがな、しばらくして冷静になると、気付いてしまったのじゃ。こんな体でどうやってセッ〇スするのじゃと。儂は急いで確認した、だがしかし!…………儂のチン〇はドラゴン相手に反応することはなかった。
儂は必死に人間になれる方法、人化の魔術を探した! 同族に不能と笑われ、後ろ指を指されながらも、儂は決して諦めなかった。しかし、いくら人化の魔術をもってしても、ドラゴンのサイズを人間のサイズまで縮小させることは不可能だったのじゃ。
そんなことをしている間にドラゴン同士の抗争に巻き込まれたり、完全な不能になったり、様々なことがあった」
「そうか、本当に苦労したんだな」
男はアキオと名乗り、儂の話を最後まで静かに聞いてくれた。
「ところで、それだけ広くこの世界を知っているのならば、尋ねたいことがある」
「なんじゃ、同郷のよしみじゃ、儂に分かることなら何でも聞くといいぞ」
「宇宙港は、どこにあるんだ?」
時が凍りついた。




