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汚れた勇者  作者: 汚れた座布団
第一章
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プロローグ

 俺はヘルメットを被り、愛機のキックスターターを蹴り込んだ。

 ゆっくりとアクセルを煽る。排気チャンバーの奏でる2サイクルエンジンの乾いたエキゾーストと、オイルの焼ける香りが俺をその気にさせてゆく。暖気をしながら、ヘルメットのあご紐をもう一度確かめるように指を掛けると、グローブを嵌め両手でヘルメット越しに頬を叩いた。その時俺の心の中は、本番前の期待と緊張で満たされていた。

 チョークを戻し愛機のシートに跨りアクセルを開ける。指先に敏感に反応するエンジンがその狂暴性を発揮し、俺の背を蹴った。力強い加速が緊張を置き去りにし、代わりに高揚感が湧き上がる。


「よっしゃっ、行くぞっ!!」


ヘルメットの中で俺は叫ぶ。


「俺は、これからっ!!」


俺は叫ぶ。


「これからっ、俺はっ!!――




 風俗だっ!!」


おっと、その前に給油しなければ。





◆◆◆





「ようやく見つけたか」


 私は、呟きながら今までを思い返し溜息をつく。


 事の起こりは、私の管理する世界の一つで魔王が誕生したことであった。

 そのような時は通常、世界の自浄作用のようなもので人間の中に勇者が誕生する。大体は、それで決着するのだが。稀に変な方向へ行きそうな場合は神、つまり私のテコ入れで勇者に加護を与えたり啓示を出したりするわけだ。


 ただごく稀に、それでも魔王の討伐に失敗し、手に負えないほど魔王の力が増大する場合がある。今回がまさにそのケースであった。方々手を尽くしてみるも上手くいかず、これ以上は徒に魔王の力を強めるだけの結果になりかねない。すでに現状の魔王を上回る力を勇者へと授けることは、神の力を用いても不可能となっていた。


 そこで私は、探すことにした。


 ごく稀に存在する、神の力を持ってしても未来を見通すことのできない人間。そのような特殊な因果を持つ人間を、私の管理する膨大な世界の中から探し、私が授けることのできる最大の加護を与え、魔王のいる世界へと送り込む。もうこれが最後の手段、最後の希望だ。


「長かった。本当に長い捜索が遂に実を結んだ」





◆◆◆





 愛機「B‘○s100改 124cc 風俗快速号」に給油を完了した俺は、自動車の間をすり抜けて風俗へと急ぐ。風俗へ行くためだけにチューニングしたと言っても過言では無いバイクだ。絶対的な速さでは大排気量のバイクが優れるだろう。しかし、渋滞路をすり抜ける時の取り回しやすさと、なにより原付二種という区分のために市営駐輪場が利用できるという絶対的なメリットがこいつにはある。まさに風俗に行くために存在するマシンと言えるだろう。


 信号が赤に変わり、交差点で停車する。現在時刻は16時40分。事前調査によって、遅番との交代は17時と判明している。このペースでいけば遅番の最初に当たれるはずだ。ちなみに、この遅番との交代時間は店ごとに概ね決まっており、早番の最後らへんに当たりそうな時間に行くことはお勧めできない。女の子が疲れてしまって、どうしてもサービスの密度が低下するためである。同じく閉店時間近くに行くこともお勧めできない。先の理由に加えて、遅い時間は料金が高めに設定されているためだ。風俗に行く場合は、開店直後か遅番との交代直後が望ましいだろう。


 そんなことを考えている間に信号が変わりそうだ。アクセルを小刻みに煽りタイミングを合わせる。そして信号が青に変わると同時にアクセルを大きく開ける。愛機は前輪を高々と持ち上げながら最高のスタートをきった。


 そして俺は白い光に包まれ……




◆◆◆




ブオォォーーーッン!!


ズガシャーーーッン!!


「え゛っ……」


 召喚直後にバイクでこちらの机に突撃する勇者。前輪を高々と持ち上げて、それはもう堂々と机に激突する勇者。

 立ち込める排ガスと焼けるオイルの匂い。零れるガソリン……ガソリン?


 ボウッ!


「あああ゛あ゛あ゛ぁーーーーっ!! 消火っ! 消火ーーーっ!!」






 消火完了。

 乗り物ごと召喚されないように、対象者が身に着けている物で一定の大きさを超える物は召喚されないようにしておいたのだが……よりによって原付バイクか。ギリギリ設定内のサイズだったようだ、今後気を付けよう。

 それよりも、勇者は大丈夫か? 私は慌てて勇者へ駆け寄り、脈を確認した。


「……し、死んでおるっ!」


 まさか召喚直後に蘇生が必要になるとは思わなかった。ここまで予想を裏切ってくるとは、大変有望?ではないか。こやつならあの世界を救える……かどうかはともかく、何か大きな変化をもたらしてくれるだろう。

 ここで死んでくれたことも考えようによっては都合がよい。交通事故で死んでここに来たことにしておこう。







「うっ、ここは――」


「目覚めたか? ゆうしゃよ しんでしまうとはなさけない」


「っ! ゆ、勇者? 何を言ってるんだ、お前は誰だっ!?」


「私は、神様だ」


「なにぃ、神様っ!? ハッ! まさか遂に俺の真摯な願いが天に届いて風俗神様、略して風神様が降臨なさったのか!」


「うん、ソノ神様じゃないけど神様じゃ。私が管理する他の世界に危機が迫っているため、其方を召喚し――」


「違うなら用は無いっ! そんなことより風俗だ!」


「「…………」」


「私が管理する他のせk 「風俗だ!!」


「……私が管理す 「風俗だ!!」


「……わt 「だ!!」


「「…………」」


「えーと、何てお店に行く予定だったのかな?」


「恋の熟美汁婆(ジュビジュバ)!」


「なんか、もう嫌な予感しかしないぞ、その名前。

 ……ああ、ここか。近くの駐車場の隅にゲートをつなぐから。終わったらちゃんと帰ってくるんだよ。そこの扉から行けるようにしておいたから」


「よし分かった、任せておけ」


 そして勇者は元気よく扉を潜っていった。







「まさか私が押し負けるとは」


 これでも神気を解放して、普通の人間にはスゲー神々しく感じて”もう言うことを聞くしかない状態”になってしまうはずなんだが。


「なんていうか、すごいノリと勢いで押し切られてしまった」


 まあいい。それだけ有望と思うことにしよう。それよりも、あやつ遅いな。もうあれから2時間以上経ってるんだが。


「いったい何分コースで入ったんだ? それとも待ちが多かったのか。いやしかし、あの店名から考えて、そんなに並ぶほどの店とは思えないんだが。少し探してみるか」


机の表面が画面になり恋の熟美汁婆店内を映し出す。


「うん。完全に地獄絵図を覚悟して覗いてみたが、まったく客がいない。それはそうと、勇者はどこ行ったのか」


私は捜索範囲を店の外まで広げる。


「今ちょうど帰り道、という訳ではないの」


さらに広げ半径100m、居ない。そして半径500m。


「居た。いや、しかし、これは……

 まさか逃げたかと思ったが。ここまで予想を外してくるとは」


勇者本人は、ファミレスでパフェを美味しそうに食べていた。











「おーすっ、ただいまー」


勇者はその後何事も無かったかのように帰ってきた。


「お帰り。とりあえずそこ座ろうか」


私は新しく用意した椅子を指し、勇者に着席を促す。


「一つ聞きたいことがあるんじゃが。帰りにファミレス行くなんて一言も言ってなかったよね」


「ええっ!!」


「いや、そんなに驚くことを指摘した覚えは無いんだが」


「家に帰るまでが遠足。だったら、□イホで〇ーグルトジャーマニーまでが風俗だろうがっ!!」


本当に、こいつに世界を託して大丈夫だろうか。本当に不安になってきた。もういい、突っ込まない。とりあえず話題を変えよう。


「ところで風俗はどうじゃった? いい娘は、おったのか?」


「あちゃー、そういうこと聞いちゃうんだ」


え、何かものすごく呆れられてるんだが。


「なんて言うかさ。アタリとかハズレとか、そういうのじゃないのよ。そういう低い次元の話っていうか志でさ、こっちは風俗いってるわけじゃないのよ」


なんかすごい話になってきたぞ。


「ただこれだけは言っておく。俺の人生において最大の成功は風俗に行ったこと。そして最大の失敗は今日、風俗に行ったことだ!!」


「それは結局ハズレを引いたってことかの」


もういい、なんか涙出てきた。


「オホンッ! それはさておき、事情を説明するが。其方は風俗に行く途中、バイク事故でしんでしまった。そこで魂をこちらに召喚させてもらったのじゃ」


「なにっ! バイク事故! 死亡!? お前は誰だっ!?」


「私は神様だ」


「なにっ! 神様! ハッ! まさか俺の真摯な願いが天に――」


「なんでそこからなんだよ! いいかげん分かれよ! その(・・)神様じゃない神様だよ! もうやだこいつ」


そこから落ち着いて、事情説明までに多くの時間が費やされた。










「そうか、僕は死んでしまったのか」


「そうだよ、死んでしまったんじゃよ」


「それじゃ、もう二度と風俗に行くことはできないのか」


「うん、もう二度と風俗に行くことはできないんだよ」


 もう絶対突っ込まないからな。


「通常このまま輪廻の輪に戻り、いつかまた、この世界のどこかで人間に生まれることになるが、ここで一つ提案がある。私の管理する世界の一つに崩壊の危機が迫っている。私はその世界を救うことができる強靭な魂を持った人間を探していた、つまり君だ。君にはその世界に行って危機を取り除いて欲しい」


「世界の危機? 強靭な魂? 俺が?」


「君の世界によくある物語で語られるような世界だ。非常に辛く、危険な道のりになるだろう。もちろん強制はしない、君が希望すれば通常通り輪廻の輪に戻してあげよう。だがもし、異世界を救う旅を選んでくれるのならば、君だけの特別な力を授ける」


「物語の世界、特別な力……」


「突然のことで混乱していると思う、考える時間はたっぷりあるからよく考えて決め 「行きますっ!!」

 ……そうか、そこにある扉の先が異世界に 「行ってきまーすっ!!」

 ……行ってらっしゃい」


 あっ、やべ、あいつにまだ力授けてないぞ。

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