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scene.3 瞳の魔力を計ってみたら


【cut1. 甘い誘惑】


「てくな……ぼくの目を見てほしい」


「どうした、急に」


「いいから、見て」


「見てって、見てるじゃないか」


「うん……じゃそのまま、ちょっと喋ってみて」


「はあ?だからそれも喋ってるじゃないか、もう」


「もっとこう、普段通りの感じで」


「普段の感じね……テーブルのアルフォート、食べていいかい」


「いいよ」


「ほほう、これで目を逸らすかと思ったが逸らさないな……」


「いきなり小細工。ていうか、テーブルの上にアルフォートなんてないよね」


「わからないぞ」


「わかるよ。さっきまでなかったもん」


「だが確実ではない。君の認知能力と記憶能力は果たして正常に働いていたかな」


「見てたし覚えてるよ」


「見落としていたかもしれない。それに、今まさにテーブルの上にアルフォートがあるかないか、これは実際見ないかぎり確認できないだろう」


「残念。今まさにテーブル上の手が空を切りまくってるよ。ほら、ほらほらほら。──どうやら、視覚に頼りすぎるあまり触覚をおろそかにしていたようだね、てくな」


「ふむ、このタイミングで奥の手を出してきたか……」


「普通の手だけども」


「だが、残念なのは君のほうだ。……テーブルの上、というのはテーブルの上の蛍光灯、というのと同じ意味だったのさ」


「アルフォート浮いてた」


「ほほう、これで目を逸らすかと思ったら逸らさないな」


「いやここで上を見る人はさすがにいない」


「……空中でうなりをあげるエンジンにも、両翼で切り返すエルロンにも興味なしか」


「アルフォート飛んでる」


「ご覧ください、風を切り裂くように窓を抜け夕暮れの空へと飛び立っていく精悍なアルフォートの姿を。チョコレート色の機体が夕日を反射して輝いている。グッバイ、アルフォート。あれが製菓工場の灯だ」


「なんか航空史上のワンシーンが展開されてるみたいだけど……その実況報告、ひたすら目を見ながら言うと狂気を感じる」


「それは君が始めたことだろ。──ねえ、そろそろ何がやりたいのか教えなさい。もしかしてにらめっこ?君が笑うまでこの話つづけろと?アルフォート号事件を最後まで語れと?」


「いや、にらめっこなら顔以外で笑わせたらだめでしょ。……って待った。ぼくの聞き間違いじゃなければ、いま事件って言った?これ事件なの?製菓工場の灯が見えておしまいじゃないの?」


「嵐の中をさまようアルフォート号。眼下には太平洋の深淵が口を開けている」


「急転直下で遭難の憂き目に」


「食料が尽きた。空腹が疲労した体に襲いかかる。だがそのとき、私は手元にチョコレートが残されているのに気付いた……」


「あ、なんかオチが読めた」


「ふふん、残念。これはミスリードだ。このあと、主人公がビスケットに手を付けるシーンが本当の叙述トリックになる」


「ミスリードもなにも出発点からしておかしい気がするけど」


「チョコとビスケットの絶妙なハーモニー。深い海の底へと誘うかのような味わい」


「というかもう叙述トリックですらないよね。語るに落ちてるよね」


「ふ、ふふふ……墜落だけにな」


「てくな、にらめっこ負けてるよ」



【cut2. 瞳の魔力を計ってみたら】


「ちなみにだが、アルフォートのパッケージは海洋冒険ロマンをイメージしているらしい」


「急にクールに戻った……えっと、海洋冒険だから、帆船がプリントされてるんだよね。いま思いっきり元のイメージ無視してたけど」


「むしろイメージに忠実な二次創作と言ってもらいたい。あの時代、アルフォート号は海と空とに二つ存在したのだ。人はこれをルマンド時代に続くアルフォート時代と呼ぶ。」


「するとブランチュール時代とかもあるわけだね」


「その時代はまだ来ていない」


「不遇」


「……おや、そんなことを言っていたら本当に飛行機が飛んでるね。この間延びした音を聞くといつも妙に気分がけだるくなるよ」


「あっ、ダメだよ目逸らしちゃ。やっと調子出てきたところなのに」


「だから君はいったいなにをやってるんだ。さすがにずっと目を合わせて喋ってると息苦しいんだが」


「知りたい?」


「そこで遠い目をされるのもなんか腹立つ」


「まあ簡単に言うと……視線を合わせると何が起こるか調べる実験、かな?」


「なんだそれは」


「つまり、ひたすら目を合わせることで視線のメカニズムを調べ、さらには目力を向上させようとしてるんだけど……でもさっきから驚くほどなんにも起こらないからびっくりだよ。もっとこう、なにかビビビッとくるものがあるかと思ってたんだけど」


「その電撃系の刺激音がいったい何を示しているのか不明だが、なんとなく失礼なことを言われている気がするな。もっと詳しく説明しなさい」


「うーん、つまりさ、これはぼくが最近ふと気づいたことなんだけど、人の視線にはなにか特別な力が宿っている気がするんだよね。でもてくなには、その不思議な力が観察されないというか。魔術が理性に取って代わられているというか。本来データ取得可能なはずの特殊能力値がこのキャラにかぎっては伏せられているだと?みたいな」


「うん。すまないが、なに言ってるかまったくわからない。せめて会話を成立させる程度の理性は備えてくれ」


「だから、てくなとこうやって喋ってみても、思ってたような効果がないってことだよ。簡単に言うと」


「わからないな……いったい君はなにを期待していたんだ。私が恥じらって顔を赤らめるさまでも見たかったのか」


「あ、そういうのは全然」


「わりと真顔で否定された」


「てくなはさ、人と目を合わせるときに居心地が悪くなったりしない?会話のとき、どのタイミングで目を見ればいいのか分からなくなったりとか。ぼくはよくあるんだけど、これって絶対、なにかの魔力だと思うんだよね」


「……ははあん。話が読めてきたぞ。要するに、他人と視線を合わせるのが苦手、ということか。それでアイ・コンタクトに慣れようと私を練習台にしたわけだな」


「練習台?まさか。僕はいたって本気だったよ。ただ、てくなの視線にはこれまであんまりそういう居心地の悪さを感じたことがなかったからさ」


「あそう……」


「となれば、この場合まずはてくなに相手になってもらうのがいいかなと思ったんだ」


「ふうん……まあ問題にどう対処するかは君次第だし、私だって付き合うのに嫌とは言わないが」


「そしててくなを倒してレベルアップを遂げたぼくは徐々に力をつけていき、ついには呪われた眼の魔力にも打ち勝てるようになるわけだよ」


「はいやっぱり話が嚙み合ってなかった。え、なに?不思議な力ってやっぱりそういう感じなの?瞳の魔力とかじゃなくて黒魔術系?君にしか見えない第三の目とかがあるの?」


「黒というより……てくな、さっきから心なしか顔が赤くなってない?」


「なるか!夕日が差してるんだよ。君の邪眼設定に呆れた顔を夕日が赤く染めてるんだよ」


「そ、そう……でも、その通りだよ。とにかく、ぼくはこの邪悪な視線に打ち勝とうと思ってるんだ。邪眼の攻撃に対抗する力が欲しいんだ。それでまずは目の前のてくなを倒してレベルアップをしようと考えた」


「ゲーム的リアリズムの申し子だな。どれだけ思考がオンラインなんだ。というか私は君の目にどんなふうに映ってるの?村はずれのくさむらからとびだしてくる魔物かなにかなの?」


「うーん、でもその魔物とバトルしてもぜんぜん成長できなかったんだよ。つまり敵かと思ったらダンジョンに住んでる変人だったわけだね。あはは」


「こいつ、経験値がいっさい上がらない呪いをかけてやろうか」



【cut3. 深い穴がある】


「そういうわけで、この部室の外には邪眼族がたくさん生息しているからてくなも気を付けたほうがいいよ。あ、ほら廊下を邪眼族が通過してるみたい。覗かれるかもしれないから隠れないと」


「君たんに妄想して遊んでるだけじゃないか?まあ、文字通り他人の視線に一種の圧迫感があるのはたしかだが……あまりそうやって他者を極端に形容するとよくないぞ」


「つまり天使のようなほほえみとか、ぼくの女神とか言うのもやめろと」


「だからそれもフィクションか妄想だろ。ちょっとジャンルが変わってるだけで」


「現実でそう言ってるのかもよ」


「余計いやだよ。……だいたい、君が言っているのは会話するときの視線の取り方だろう。あれはむしろ相手に対する親しさや真面目さを表現するための補助手段であって、べつだん悪いものではないと思うんだが」


「そうそう。つまり、真面目だったり親しかったりする場合は良いわけだよ。問題は特に親しくもない相手とどうでもいいような会話をする時だよね」


「ん、たしかに……そういう場合の視線の置き方というのは、考えだすとわからなくなるところがあるな」


「そうなんだよ。……今日もクラスの女子と話しているときに、ねえ、さっきからどこ見てるの、とか急に言われちゃってさ」


「君は一体どのへんを見てたんだ」


「天井」


「天井!?」


「正確にいえば天井に空いてる、あのぼこぼこした穴かな」


「ああ、あのぼこぼこしたのな……って、なんでまたそんなところを」


「あの穴ってさ、なぜかところどころ塞がってるんだよね。なんでなんだろうって思って」


「聞いてるのはそこじゃない。人と会話するときに天井を見ながら話すことの、コミュニケーション上の意義を聞きたかったんだ。そして今の君の発言から、これがコミュニケーション以前の問題だということが分かった。君、人と話してる時に明らかに別のこと考えてるよね。そしてそれを表に出しちゃってるよね」


「いや聞いてるって!ただ、なんかちょっと長ーい話だったんだよ。それもぼくが口をはさめない感じでさ。女子二人でずっと喋ってるの。で、たまに同意を求めてくるの」


「ああ……なるほど。付き合わされてる感じか。でもそれなら視線が合う心配もないし、それこそ顔のあたりを見ておけばいいんじゃないの」


「ふっふっふ。甘いね、てくなは。ところが、なのですよ」


「ところが、どうしたんだ」


「ところが二人とも話しながらずっと携帯の画面を見てるので、微妙に表情も見えないのです!この疎外感!ディジタルデバァイド!」


「デジタルデバイドはそういう意味で使う言葉じゃない」


「そう?じゃあ、これ以上に適当な言葉とかってある?こう、最近の若者の傾向を指し示すカタカナ言葉で」


「カタカナ言葉?ええと……そうだな、たとえばカルチャーショックとかジェネレーションギャップとか……」


「あ、今てくな天井見てるよ」


「揚げ足をとるな」



【cut4. 誤解さんいらっしゃい】


「そういえば足元を見る、というパターンもあるよね」


「毎度思考が飛躍してるな……というか足元見たらダメだろ」


「ふふふ……人間的にね……」


「ちょっと待った。私が寒いギャグを言ったみたいな流れにしないでくれないか?ふつうに会話中の話をしてるだけだから。文字通りの意味だから」


「あそう、でもそれならぼくとは関係ないよ。人と話してる時に足元なんて見ないし」


「こいつ自分から言い出しておいて……廊下に放り出してやりたい」


「あ、でもなんかその廊下が騒がしいみたい。そしてこの、漠然とした不安感……これは……邪眼族の接近か!?」


「だから人といるときに自分設定で勝手に盛り上がるな。……ん?あれ君のクラスの女子じゃないの?ほんとにドアの隙間から覗いてるんだけど」




「「「キャー!王子―!」」」




「……と思ったら黄色い歓声を上げて逃げてったぞ。まれにみる挙動不審だな。大丈夫かあいつら」


「ええと……あれは単純にグループでテンションハイになってるだけだと思うよ」


「王子ってのは君のことか」


「だろうね」


「そう……あ、今日もきれいな夕日だね」


「ほんと……って、あれ!?なんか話を強引に切り替えようとしてない?そうやってスルーされるとすごく居たたまれない感じが出ちゃうんだけど。友人の可哀そうな場面を見て見ぬふりしてるみたいな」


「可哀そうっていうか……あんまり言いたくないけど、君いじめられてるよね。完全にあだ名が王子の人になってるよね。ただの人なのに」


「いや、いやいやいや、そういうのは考え方次第だと思うよ?彼女たちはぼくの例のブラックな写真を見て面白がってるだけであって。そしてあの写真を全校および他校にまでばらまかない代わりに、あだ名を王子にしようと」


「思った以上に足元を見られてた」


「でもたしかに視線は……あの女子たちは攻撃力が高い」


「うん、視線がイタ……じゃない、不思議な魔力が感じられるわけだな。そうかそうか。でも君もレベルアップを重ねればそのうちなんとも思わなくなるよ。むしろ相手の魔力を吸収して自分のものにできるくらいになるよ。だからあまり気にしないことだ」


「なんかてくなの視線がちょっと痛いんですけど」


「まあ、これは君自身の問題だしな。とりあえず、村はずれの廊下にでも行ってレベル上げ頑張ってきたら」


「つめた!興味なしですか。そして村はずれの廊下ってどこ」


「実はさっきのも君を思ってというよりは、単純に夕日がきれいだと思ってそう言ったにすぎない」


「ぼくの一件は眼中にすらないと」


「だって君がいくら女子に騒がれようと、私にはなんの関係もないことだからな」


「てくな……そっぽをむかないでよ」


「……マジレスで悪いけどこれは夕日を見ている格好だから」



【cut.5 子供騙しトリック】


「でも、なんか本式に目を合わせるのが嫌になってきた。今の状態だと、読み取らなくていいことまで読んじゃう気がする」


「それだな。つまり視線に対する居心地の悪さというのは、実は自分の内面から来ているんだ。人は相手の目に映る自己に不安を感じるんで、眼球それ自体はなにも語っていないわけだ。相手の目が怖い、視線が怖い、とは人間の直観的な表現から来るじつにつまらない誤謬だよ」


「えー、ほんとかな。客観的にみても嫌な感じの視線だってあると思うけど」


「でも君が抱える不安はどう考えても主観的なものだろう」


「それはそうかも」


「まあ、周囲の視線が痛いことは現在における客観的な事実だが」


「そこは強調しなくてもわかってるから」


「そこで今日は君に、目力を鍛える究極の強化メソッドを紹介しよう。これによって他人からの無遠慮な視線に耐え、また他人へと力強い視線を送ることができるようになる」


「おお、とりあえず自分で究極とか言っちゃうところがめちゃくちゃ怪しい」


「前回のテストの件を忘れたのか。嫌なら近くの廊下に行ってきてもいいんだぞ」


「……お願いします」


「うおっほん。では。私の目を見なさい。視線は逸らさないように」


「はあ」


「そのまま、相手の表情を伺いつつ、表情筋を抑制し……ピクリとも動かさないようにする。その際、自己の内面を空にすることで相手からの影響を受けないようにすること。どちらかが目を逸らしたり表情を崩したりしたら初めからやり直しだ」


「……」


「……」


「……」


「……」


「あの……てくな?」


「どうした」


「これ、ただのにらめっこだよね」


「子供はそうともいう」


「大人でもそういうよ」


「……君はコミュニティの中で少数派だと思っていた連中に背中を追われ、必死で逃げまわった挙句に逆に少数派へと突き落とされ、挙句それまでの仲間からも忌み嫌われるようになるという不条理をまだ鬼ごっこと呼んでいるのか」


「子供の遊びと社会の現実を結び付けないで。近所で遊んでる子供を純粋な目で見れなくなるから」


「不毛な起源論かもしれないね。だがこうは考えられないだろうか。現代のネオリベ競争社会が鬼ごっこに映し出されるとすれば、人間のあらゆる共生の可能性はにらめっこに秘められているのだ、と」


「考えるのは自由だけど確かめようがない」


「確かめられるさ。もう一度、私の目を見なさい」


「……」


「……」


「あの……てくな?」


「うん?」


「なんか暗くて顔がよく見えないんだけど」


「喋ってるうちに日が暮れてしまったようだな。明かりをつけよう」


「そうだね。すっかり暗く──ってあれ!?テーブルの上にアルフォートがある。どっからでてきたの、これ」


「そのアルフォートならずっとあったぞ。君のだ」


「あれ、おかしいな……ぼくはずっと……どこを見てたんだろう」


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