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scene.2 中二病の累乗


【cut.1 言うも愚か】


「君、どうしたんだい。室内でパーカー着て、フードなんか被って」


「……まあ、ちょっとね」


「ああ、悪い。音楽を聴いていたのか」


「ん?聴いてないけど?」


「でもヘッドフォンを付けているようじゃないか。フードの下に」


「まあ、ちょっとね」


「そうか。──で、実力テストの結果はどうだった。例の仮特訓の効果は出てたかい」


「出てるも何も、まだ結果を見てない」


「じゃ、私が先に見よう」


「……あまりこだわらないことにしたんだ。自分の能力なんてさ、この世界と比べたらちっぽけなものじゃない?」


「はい?」


「ぼくの力なんて、この世界に比べれば無に等しい、そうじゃないかな?」


「実力テストで自分と比べるのは他人の学力だと思ってたが」


「そう。世界は今日もあきれるほど凡庸だ。つまらない世界での競争、つまらない日常、つまらない友人……」


「それは私に言ってるのかい?」


「しょ……馬鹿な。一般的な話だよ。一般的に凡庸ってこと」


「いまもしかして笑止って言おうとした?」


「言わない、言わない」


「わかったぞ。昨日変なアニメか漫画でも見たんだろう。影響を受けたんだ」


「見ない、見ない。最近はそういうの全然見てないよ」


「文化系の男子にしては、にわかには信じがたい話だな。嘘だろう」


「ほんとだよ。だってここんところずっと小説読んでるから。十何巻もあるやつ」


「ラノベか」


「……なるほど、頭の回転は悪くないらしい。どうだろう、ここにいる皆が理解できるよう、今の鋭敏な推理を解説してもらえないかな」


「君の言動がすべてを物語っているよ」



【cut.2 この世界の上のほうで】


「さすがてくな。ぼくの心の内をこうも迅速かつ的確に見抜くとは。世界レベルの知能をここでも披露、というところだね」


「君がそうやって「世界」というワードを軽々しく使うたびに、君の世界認識がこの部室並みに狭いことが露呈していく気がする」


「世界認識とは面白い概念を使う……それは最後から何番目の力なのかな?」


「だめだ話が通じない」


「まあでも小説の方の世界観はわりと適当だったけどね」


「そして急に醒めたことを言いはじめる厄介な読者。さっきから君のキャラが一定しないことからなんとなく小説の迷走具合もわかるが……君、それだけ熱中しておいてそんな批評じみたこと言っちゃダメだろ」


「いや、ぼくの場合、作品に没入するというより、作品を自らに取り込むと言ったほうが正しいからね……消費者的な意味での熱中はありえないわけだよ。いわば超越的立場から見下ろす複数世界の監視人といったところかな」


「なるほど、境界の消失により本人は取り込まれているという自覚すら失うわけか……これは巧妙な搾取形態だな。注目に値する」


「──と思ったら相手のほうが素ではるかに超越してた。しかも嫌味がない。なにこのキャラ格差」


「君がそうやってさえずるさまを見ていると本当に退屈しないで済むよ」


「もはや籠の中の鳥あつかいされてる」


「で、話を戻すと、君は変なアニメや漫画は見ていなかったが、馬鹿なラノベは読んでいたわけか」


「なんか、微妙にひっかかる表現だけど……まあ、それを認めるに満腔の賛同を禁じ得ないかな」


「そういう君の表現には普通にひっかかるんだが。……あと今は私のターンなので勝手にボケないでほしい。明らかにそういう流れだったろ、ここまで」


「……あ、ちょっと待って。さっきの形容詞って、なんだか面白いね。アニメや漫画は「変」がついて、ラノベには「馬鹿」が付くのか」


「さらにボケを放り出して話を巻き戻すという傍若無人」


「いや、でも本当に面白いよ。変なアニメに変な漫画なら、変なラノベでもいいじゃない。なんで馬鹿なラノベって言ったの?」


「君はそうやって妙に細かいところを気にするね。──「変なラノベ」というと、なんかくどい表現になるだろう。まるで変じゃないラノベがあるみたいだ」


「ええっと、それはつまり、漫画やアニメには普通なのもあるってこと?」


「それはそうだ。元が大衆の娯楽だからな。漫画・アニメという一般的な枠があって、そこからメジャーとマイナーに分かれる。一方ラノベは本来、大衆小説にも、まして高尚な文学にも属さない文芸ジャンルを表す用語だ。したがって本質的にサブカルチャーということになる」


「……なるほど。ラノベはジャンルの定義上どこまでいっても一般の趣味や教養にはあてはまらないってことか」


「ライトノベルがいまいちクールジャパンになりきれない理由もたぶんそのあたりにある」


「たしかに、ラノベを日本のソフトパワーにという発言は公ではあまり聞かない」


「ところが!だ。私の知るかぎり、たった一作ではあるが、日本を代表する世界規模のラノベがある」


「えっと、ハルヒとか?アジア圏ではよく読まれてる気がするけど、ヨーロッパではそうでもないような」


「いや、それは世界規模かもしれないが、日本を代表してはいないだろう。私が言いたいのは、例の『世界最強!ビューティ国家に転生して成り上がり!』とかいう」


「ちょ、カット、カット!ターン終了!」



【cut.3 中二病の累乗】


「れんのやつ、慌てて部室を出てったうえに戻ってこないんだが……まさかほんとうに逃げ出すとはな。……まあ、いい。この間に成績表のほうを見させてもらおう。私の個別メソッドの効果のほどが楽しみだ」


「ちょ、てくなさん……なにやってるの……」


「あ、と思ったら戻ってきた。そして、えらくテンションが低いな。どうした」


「いま、そこの廊下で女子の集団にめちゃくちゃ笑われた……」


「そりゃ制服の上にパーカーでフード被ってヘッドフォン付けて学校の廊下歩いてるんだからね」


「写メされた……」


「あれだな。これから近所のコスプレ大会に行くとでも思われたんだろう」


「死にたい……」


「早まるな。夢や希望を思い出せ」


「転生したい……」


「そこで欲望をだすな。しかも結局死んでるし。──君は死ぬ前にまず病気を治しなさい。中二病という病気を」


「だって中二病……いや治したくないわけじゃないけど……これ治る治らないじゃないし……」


「まずは治そうと考えることが大事だ」


「たとえて言うなら現代の青少年の深い心の闇というか……」


「中二病をまじめな社会問題にたとえるな。深刻の意味が違うから」


「生まれ持った背中の傷跡というか……」


「傷跡なら治ってるだろ」


「刻印……」


「それっぽい一言で神秘化するのはやめなさい。いいかい、こういうのは症状の細かな分析が治療の第一歩なんだ。だからまずはこのように問うてみよう──すなわち、中二病とはそもそもなにか?」


「他者の精神の吸収により獲得された新たな自我、かな」


「急によどみがないな。別の言葉で言うとそれは」


「心の闇を見ようと閉じた瞼に映る影」


「端的に言うとそれは」


「薄明」


「……」


【cut.4 死にたいの反語】


「あ、ごめん、てくな。やっぱり抽象的になってるね、これ」


「……いやいや、すばらしい。君は詩作が得意な宇宙の友人なんだね。ちょっと分析的思考が苦手なようだが、それでも我らが友であることに変わりはない」


「なんかよそよそしいフレンズが現れた」


「だが一応私が理解できた範囲で言うと、軽い自我の分裂というか、自己同一の感覚に乏しいのが君の場合は原因のようだ」


「お、おお……よく分かったね。自分でも分かりにくいと思ったんだけど」


「普通に聞いてればわかるよ。というか、はじめからわかってたけども」


「うん。つまりミーハーの一種なんだけどね。フォロワーとか、ヒーロー崇拝とか、そういうの」


「変身願望と同一化願望だな。自然な欲求から来るわかりやすい現象だ。憧れの対象に自分も近づきたい、まずは形だけでも真似したいという」


「所詮、天才的なアーティストも偉大なヒーローも大衆の願望によって作りだされた虚像に過ぎないのにね……」


「そういう穿った見方もどうかと私は思う」


「でもそうなると、なんでミーハーじゃなく中二病になるんだろう」


「中二病と他のミーハー現象とで違っているのは、前者の憧れの対象があからさまなフィクションにまで拡大している、ということだろうな。典型的な例が漫画、アニメのキャラクターなどだが」


「つまり中二病患者とチートスキル転生志望者は親和性が高いということですか、先生」


「それはなんか違う。というか後者で呼ばれるやつって普段どんな言動してるんだよ」


「転生したい……」


「まさかの隣にいた」


「というか死にたい……」


「それを言う人すべてが転生を望んでるわけではないだろ。もしそうだとするとちょっとおかしいけれども」


「ネット上にあふれる転生志望者」


「それはある意味、底知れぬパワーを感じる」



【cut. 5 能ある鷹の詰めが甘い】


「とはいえ中二病は治したいです。克服するにはどうしたらいいんでしょう、先生」


「結局、そう思って行動するしかないんじゃないかな。要はそこからなにを生み出せるかだ。たとえその対象がなんであろうと、憧れは現実を超えようとする衝動だ。現実を見ろ、身の丈を知れという金言は時に狭量におちいることがある。現実でも理想でもない中途半端な状況にしがみつくだけの忍耐が必要だ」


「まったくその通りですね、先生。今の言葉は心の蠟板に刻み込んでおきます。冀わくは神の息吹が再びそこに宿りますように」


「よろしい、では今日も神に感謝の祈りを……って、なんだこの唐突な中世的世界観の展開は。君のフード付きパーカーは修道士のローブか何かか。そしてこれみよがしに両手を合わせるな」


「師匠の口から理想や忍耐という言葉を聞くともう居ても立ってもいられなくて。昨日読んだ書物がまだ消化しきれず胃の中に残っているみたい」


「君、ほんとにどういうラノベを読んでたの?」


「ですが今日はもう帰ります。明日も朝礼がありますので」


「待て待て待て。君、はじめの話を忘れてるだろ。テストはどうなった。そして同じあやまちを繰り返したくないならまずそのフードを取れ」


「やはり気づいていたか。ならしょうがない」


「なんだその全ては演技だったみたいな口ぶりは」


「ふふふ、事実すべて演技だよ、テストの結果をごまかすための。ぼくの計算通り、途中から見事に話が逸れてくれたね」


「となると……まさか女子に痴態を写メされたという話まで?」


「それは変えようのない事実」


「舞台裏でとんでもない計算ミスおかしてるじゃないか」


「……だって成績が悪かったら仮特訓から地獄メソッドに切り替えるなんてこと、てくなが言うからさ!」


「ふふふ、外界の誘惑を一切排除し、小部屋にこもってひたすら学業にのみ集中するという超禁欲方式のことか」


「そしてなんか想像してたよりメソッドが古臭い……」


「修道士然とした今の君には最適だろう。とりあえずラノベは禁止だな。煩悩を刺激する」


「……そんな殺生な……ポリティカル・コレクトネスの嵐に飲まれ……同級生からは変態あつかいされ……挙句楽しみを奪われ……」


「ここまで来れば天国も地獄もない。観念したまえ」


「中二病は結局治らないし……なんという残酷かつ絶対的に無慈悲な世界……」


「目を開いてよく見るがいい、これが君の真の実力だ」


「目を開かずともそこに広がる無彩色の現実は手に取るようにわかる……現実を浸す灰色の風景……それは意思を持たない人形たちの世界」


「──おや、意外と良いじゃない。数学なんて満点に近いぞ」


「そんなもの、この色褪せた世界と比べれば無意味に等しいんじゃないかな……って、ほんとに!?もしかして、てくなにも勝ってるとか?」


「いや、これは勝ち負けの問題ではないと思うが……でもまあ、これだけ良ければ勝ってるんじゃないの。自分の見てないからわからないけど」


「見てないのかよ!でもいいや!」


「えらく気分を持ち直したな。でも君、これからはこの成績表を振り回しながら廊下を歩くといい。そしたらもう誰も君のことを中二病の痛い人だとは考えずに、ちゃんと能力のある人間だと認めてくれるはずだ」


「いや、そんなそんな」


「いわば爪をあらわすことで鷹だとわからせてやるんだ」


「はは、そんなこと……てくな、こういう考え方を知ってる?」


「なんだい」


「人の能力なんて、この世界に比べたらちっぽけなもの……そうじゃないかな?ぼくはいつもそう思って」


「おや、めずらしく私の学校用携帯に着信が……と思ったら、おい、君の写メが私にまで届いてるぞ」


「……」


「──ふふ、件名に「裏社会の王子」とある……ははは、ちょっと待った、君のこの表情、この恰好……なかなかいかしてるじゃないか」


「なんか熱くなってきたね。パーカーはもういいや」


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