scene.1 他者紹介
【cut.1: 平均的な自己紹介】
「てくなってさ、自己紹介してって言われたら、なにを言う?」
「どうしたんだい、急に」
「いや、このあいだクラスで自己紹介があって」
「まあ、新学期だからな」
「みんな色々なことを言うじゃない」
「言うね」
「あれって、なにをどう言うのが正解なんだろうって思って。あんまりコアなこと言ったらひかれるし、あんまりそっけないと馬鹿にしてるみたいだし」
「そんなものかな……君はなんて言ったの」
「趣味は絵を描くことと、読書ですって」
「無難だが、多少そっけなくはあるな」
「うん。ぼくもそう思った。でもそのあとでどんな絵を描くんですかって質問された」
「ナイス・パスだ。どう答えた」
「かなりコアなものを描きますって」
「は?」
「絵を描くときは、かなりコアなものを描きますって言った」
「なぜそんなことを」
「え?だからそっけなかった分、次はコアな感じで話を進めようと」
「君……それ足して二で割れないやつだぞ」
【cut.2: 母目線】
「も、もしかして、まずかったかな」
「だってハードコア・ミュージックじゃないんだから」
「じゃないんだったら、だめなの?」
「具体例、具体例!君の言ってることがちょっとそっけないから、もっと詳しく聞こうと思って相手は質問したわけだろ。それをそんな抽象的な感じで答えられたら、なんか聞いちゃまずいことを聞いたみたいになるじゃないか。ご趣味はどんなことを?って聞いて、はは、ちょっとコアなものなんです、ってお茶を濁す相手と君は結婚したいのか?」
「な、なぜ急にお見合いの話が……」
「なんだ、合同コンパのほうが良かったか」
「いやそこはどうでもいいよ。ていうか合コンを合同コンパっていう人はじめて見た」
「私は君の今後がそこはかとなく心配なんだ。そうやって君が今後の自己紹介でことごとく人生に失敗しないかと心配なんだ」
「人生……あ、今の表現おかしい!なんか誇張されてる!」
「誇張ではなく真実だ。自己紹介の失敗はすなわち人生の失敗に直結する。考えてもみなさい。学友や異性とのコミュニケーションだけではない。受験、就職活動、職場の同僚に上司、のみならず取引先との関係、果てはネット上でのブログ開設にいたるまで、自己紹介はいたるところにあふれている。なのに君はそこでなんとなーくズレた自己紹介をしつづけ、なんとなーくズレた人あつかいをされつづけるんだ。どうだ」
「どうだといわれても……どうでもいいような気もするし……まあでも、てくなは心配してくれてるわけだから」
「そうそう、心配してるんだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……わかった。ありがとう。それならぼくも、もうちょっと考えてみる。だから、てくなも一緒に考えてよ。正しい自己紹介について」
「よしきた。……それじゃ、まずは私が旧家の寡黙な娘だという設定でいこうか」
「だからなぜお見合いがデフォルトに」
【cut.3: 演技のみ】
「だいたい、てくなはなんて自己紹介したのか、それをまだ聞いてないよね」
「私か?私は名前と挨拶だけ言って終わらせた」
「そっけな!」
「自己紹介なんてあってないようなものだと私は考えている」
「じゃあさっきの話はなんだったんだ……」
「誇張だ」
「いやわかってるけどさ」
「つまり君は変に中途半端なことを言って、しかもその後の展開を考えてなかったから失敗したんだろ。それに対して、もともと何も言わないとか、あるいはなにか言っているようでなにも言わないとか、そういう無難なものの言い方があるわけだ。君はそのやり方で行けばいい」
「なにか言っているようでなにも言ってない……」
「そうだ」
「ええと、……ふだんはテレビで映画やドラマを観るのが好きですが……」
「好きですが?」
「海外ものなんかも好きで……」
「よし、いい感じに内容がないぞ」
「でも吹き替えがあんまり好きじゃなくて……」
「このへんでまとめよう」
「……吹き替え版にあたったときは日本語音声を消すようにしています」
「おもしろいな。君の家のテレビって、そんな機能があるのか」
「ついでに他の音も消えますけど」
「それただの消音だろ。……というかそこまでして観る理由がわからない」
「画面の中の人間が必死になにか言っているのにそれがこちらには伝わらない。この白昼夢めいた不思議な感覚がぼくは好きなんです」
「はは、教室がざわつく光景が目に浮かぶよ」
【cut.4: 初回なので】
「ダメだ……なにか言おうとするとどうしても言いすぎてしまう。さらけだしちゃう」
「周囲に本当の自己を理解してもらいたいあまり、というやつだな」
「うん。でも、もうそれでいい気がしてきた。つまり、これが自分なんだ。自分らしさなんだ。そうだ、ありのままの自分を見せよう!」
「なんか啓発されたみたいな言い方してるけど、君の場合、理解どころかあきらかに誤解を招いてるからね。今みんな君のことを、家では謎のコア絵を描いてて、それ以外は消音のテレビを長時間見つめてる人だと思ってるからね。一歩間違えば変態あつかいだぞ」
「確かにそう言われると情報の偏りを感じる……」
「**新聞とか、週刊**なみに偏ってるな」
「あ、まずいよ。今のご時世そういうこと言うと叩かれるんだよ。てくなこそ、初対面で妙に攻撃的なことを言って嫌われちゃうパターンだよ。せめてはじめくらいは、しとやかな女性として振舞わないと」
「そう言われると、まるで私がしとやかじゃないように聞こえるんだが」
「あ、ごめん……そうだよね。てくなは本当は淑女だもんね。普段は単にあばずれを演じてるだけだもんね」
「おい対義語の選び方がおかしいぞ!そこはちょっと毒舌キャラな一面もあるとか、ブラックユーモアが好きだとか、適当に言っておけばいいんだよ。なんで高校生の日常会話が、いつのまにか変態とあばずれの会話になってるんだ」
「まあ、ものは考えようだよ」
「それは物事を良く見ようとして言う言葉だ。君の場合レッテル貼りにしかなってないから。……まったく、君に適度な自己紹介をしてもらいたいだけなのに、なんで私がこんな説教をしないといけないのか……この部活も新学期だというのに、今後楽しくハートフルなものになる予感が微塵もない」
「てくな、こういう言葉知ってる?」
「なんだい」
「人は第一印象が九割」
「君が言うな」
【cut.5: 他者紹介】
「だいたいさ、自己紹介っていう制度にそもそも無理があるんだよ」
「急にラディカルな意見が出たな」
「知人の紹介しかり、新郎新婦紹介しかり、どれも第三者がやるわけだよ。紹介される当人をよく知った隣人がいてはじめて可能なんだ。ところが自己紹介はそうじゃない。自分を客観視したうえで、しかも周囲の期待に添うように演出して提示しないといけない。俳優ばりのセルフ・プロデュースなんだ。そんな役者みたいなことを、いきなり人前でやれっていっても無理だ」
「一理あるかも」
「だからぼくは思うわけだよ。自己紹介ではなく、他者紹介からまず入るべきなんだ」
「なんというべきか、それはそれで恥ずかしい気もするけどね」
「そう?まず、自分をよく知ってると思う人に、自分がどんな人間かを書いてもらう。で、その一種の推薦状を、一種の名刺としてそのまま周囲に提示するわけだよ」
「ああ、そういうことか」
「これならちゃんと意義のある紹介になると思うんだけどね」
「なんかどっかの***教とか****サークルとかがやってそうだな……」
「うわあ!だからそういうこと言っちゃダメだって!次、人前でそれをやったら叩かれる前に逃げるからね、ぼくは」
「うーん、まあ、ものは試しって言うしな。やってみよう」
「よし撤退だ」
「そっちじゃなく自己紹介の話だ臆病者」
「ほえ?紹介を?いまからやるの?」
「新学期なので部活動紹介というものがあるらしくてね。提出せよと生徒会からお達しが来ている。となれば、部員紹介をしなくちゃいけないだろう」
「なるほど。じゃ、てくな、ここはひとつ色々なものをオブラートに包んで、なおかつハートフルでエンジョイライフなのを頼むよ」
「急に注文が多いな。経歴詐称と広告詐欺で訴えられるぞ」
「さらにここなら入部によって学力も向上。実力テスト対策もばっちり」
「運動部じゃなくて文化系だから?それは一概に言えないと思うし、別に他の緩い部活動でもいいだろ」
「いや、やさしい部長が個人メソッドで手取り足取り教えてくれることにすれば……」
「するか。だが馬鹿な君には地獄メソッドを施してやろう。仮定では三日で逃げ出す可能性が高いが」
「そ、そういう刺激に満ちたスクールライフが君を待っていることにしよう」
「期待を膨らませすぎて痛々しい。ものは考えようにもほどがあるだろ」
「……!もしかして、なにごともほどほどが一番、ということなんじゃ!?」
「悪いが私は初めからそれを言っていた」
「そうだったのか……」
「まあ、君がわかってくれたのならなによりだよ」
「うん……でもこれで新入部員が来るといいね」
「そうだな。でも、案外そうでもないかもしれない」
「あれ?どうして?」
「……君が新入部員の前で馬鹿を言って慌てるのをフォローするのがきつい」
「今ちょっとハートフルな展開かと思ったのが見事に裏切られた」
「言っておくが、私の訴えはとてもハートフルだ」
「心の底から!?」
星南高校文藝部部員紹介
手玖奈 結仁
石蕗 恋太郎