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鎮守の山  作者: 村良 咲
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失踪

「ハルちゃん、聞いた?」

「何を?」

聞いていたけれど、千絵にそのことを話させたくて、とぼけた。

「泉ちゃんのことだよ!昨日も一昨日も学校を休んだでしょ?」

「うん。風邪だって先生が言ってたよね」

「違う違う、違うんだって!泉ちゃん、日曜に遊びに出かけたまま帰ってこないんだって。失踪っていうんでしょ?それか、もしかしたら誘拐されたのかもしれないって、お母さんが言ってた」

 学校に着いて教室に入った私を待ち構えていた千絵に、ランドセルを置く間もないほどの勢いで手を引かれてトイレに連れて行かれ、キョロキョロと辺りを見渡して、誰もいないことを確認してからそう言ってきた。

「泉ちゃん、いなくなったの?そういえば朝お母さんから、最近泉ちゃんと遊んだ?って聞かれて、遊んでないよって答えたけど、なんでそんなこと聞くのかと思ったら、そういうことだったんだ」

「でもね、内緒だって。誘拐かもしれないから、誰にも言っちゃダメだよって、お母さんが」

誰にも言っちゃいけないこと私に言っちゃってるじゃんと思ったけど、言わないでおいた。

「わかった。誰にも言わないよ。でも泉ちゃん、どこに行っちゃったんだろうね」

本当は、私が母から聞かされたことは、千絵が母親から聞かされたこととほとんど同じで、一昨日から泉が帰ってきていないらしく、泉の母親が、あちこちに電話していたようで、もうかなりの親たちが泉が帰ってきていないことを知っていた。

「でもさぁ、ちょっといい気味だよね。泉ちゃん私たちに意地悪ばかりするし。泉ちゃんが休んでいるほうが、私は学校に来やすいよ」

「そうだね、あの事があってから、千絵ちゃんは特に意地悪なことされるしね」

「あ~あ、泉ちゃん、ずっとこなきゃいいのに」

 去年の秋のビンタ事件の日の翌日から、ミニバスの練習はなくなっていた。

あの日、家に帰ったとき、体操着に血がついていることに千絵の母親が気づき、千絵にどうしたのか聞いて、鼻血が出たことを知り、ボールが当たったことを話すと、千絵の母親は千絵の鼻が折れたりしていないか、もう大丈夫かと、それを見ようとして、頬に微かに残る手の痕に気付いたのだ。

それを問いただされ、泣きながらあったことを話す千絵が話し終えると、すぐに私の母に連絡を取り、私も母に問いただされ、話さずを得ない状況になってしまったのだった。

「お母さん、よけいなこと言わないでよ。私、自分でちゃんと言い返したし、先生に言うよって言ってやったし」

「でもあんた、往復でビンタなんて、普通じゃないよ。痛かったでしょ?可哀想に」

そう言って、私の両方の頬を両手で包み込むようにしてさすってくれた。

「うん。でもやっぱり学校に何か言ったり、泉ちゃんのお母さんに何か言ったりしないでよ。またなんか意地悪されたら嫌だし、私ちゃんと自分で言い返すし・・・」

「そう?まあ、とにかくしばらくは様子を見るだけにするけど、でも千絵ちゃんのお母さんは、先生に何か言うかもしれないよ。かなり怒ってたし、千絵ちゃんは自分で言い返せるようなタイプじゃないでしょ」

 母の言ったとおりだった。

翌日学校に行くと、教室で待ち構えていた担任の深山先生に呼ばれ、千絵と一緒に談話室に連れて行かれた。

「ちょっと待ってなさい」

そう深山先生が言うと、先生は腕時計を見ながら談話室から出て行き、しばらくして仏頂面した泉が教頭先生と一緒に談話室に入ってきた。

 3人揃って、談話室の畳の上にあるテーブルのところに並んで座り、教頭先生が真ん中に座る私の前に座ると、

「昨日、岡元さんのお母さんから連絡があってね、佐々木さん、岡元さんと堀田さんに暴力振るったんだって?佐々木さん、間違いない?」

「暴力っていうか・・・」

「暴力っていうか?」

「2人が練習サボったから・・・」

「サボったから?」

「だから、ペナルティーで・・・」

「それで2人を叩いたの?」

「・・・はい」

泉はずっと頭を垂れて視線を下げたままだ。

「岡元さんと堀田さん、それで間違いない?」

教頭先生にそう聞かれ、私が、

「叩かれたけど、サボったのも本当だから・・・」

私は咄嗟に先のことも考えて、自分たちも悪いところがあったということも、ちゃんと先生に言うからということが泉に伝わるようなつもりで、そう言った。

千絵は何も言わない。

「私もね、昨日のうちにちゃんと言っておけばよかったね。昨日、2人を見たとき、何か変だなと思ったし、顔に手の痕が薄っすらあったのも気づいたけれど、時間も遅かったし、明日にでも深山先生に話して聞いてみてもらおうと思ってたんだけどね」

教頭先生はやっぱり気づいてたんだなと思った。

前日に千絵を見たとき、首を傾げたのは見間違いではなかった。

そのあと、私と千絵は教室に戻るように言われ、泉は教頭先生と校長室に入って行った。

 泉が一人で教室に戻ってきたときには、もう1時間目の授業が始まっていて、泉は教室に入って自分の机に座るなり、机に顔を突っ伏して泣き始めてしまった。

 あ~あ、マズイな・・・これはかなりヤバイパターンかもしれない。

そんな私の心境もなんのそので、千絵は俯き加減で私の方を見て口元をニヤリとさせた。

泉が私たちをただではおかないと思っているかもしれないなんて、千絵には思い至らないんだろうなと、千絵にはそういうところがあることはわかっていたけれど、こんな千絵を見るたび、私は頭痛がしてくるのだった。

 先生は、泉の頭をさすりながら、

「授業をちゃんと聞きましょうね」

と、他のみんなには何があったのかわからないような言い方をし、それ以上は顔を上げずに1時間目が終わるまでいた泉に触れることはなかった。

 1時間目が終わり、先生が教室を出るが早いか、典子と理恵が泉のところにいくと、ようやく顔を上げ何かこそこそと話していたけれど、その泉の顔はもう涙はなく、上目遣いのギョロっとした睨みつける目が千絵を捕えていた。

ぞくっとするような目で、私はまた頭痛がしてくるようだった。

その日の昼休みの頃には、何があったのか詳しい状況が智美の耳にも入り、そこから私の耳にも入ってきたのだった。

 昨日、夜のうちに千絵の母親は校長先生に千絵が泉にされたことを話し、鼻血が出たことで、これは傷害だと、キチンとした対処がなければ教育委員会に訴えて出ると息巻いたようだ。

 それで、泉は手を上げたことを叱られ、5年生のうちにミニバスの練習をする必要はないと、練習を禁止されてしまったようだ。

 そんなことがあってからは、泉は目に見えた意地悪ではなく、嫌がらせのようなことを千絵と私にするようになった。

それは千絵に対してすることの方が多く、私はついでにされているような気もした。

大したことではない。朝学校に行くと、上靴が靴箱から出され、その辺に転がっていたり、体育の時間に教室に戻ると、机の横にかけていた手提げバックが廊下に落ちていたり、昼休みのあと、机の中に入れたはずの教科書が後ろの棚に置いてあったりと、「なくなる」んではなくて、どこかに隠されたのかな?と思う間もなく見つかるといったように、あからさまな嫌がらせなのだけれど、破られたり切られたり壊されたりいたずら書きされたりといったことをされるのでもなく、一つ間違うと、自分が間違えて置いたようにも見えるような、そんな小さな嫌がらせを千絵はしょっちゅうやられた。私も時々やられた。

 そして、ほぼ無視のような態度をずっと取られていた。

何かされるのではない。ただ、まるでそこにいないような態度を取られるのだ。

それは、大人しい千絵ばかりがやられることが多かった。

 千絵には話していないけれど、私には何度か泉からコンタクトがあった。

泉は、千絵から私を取ることで、千絵を本格的に孤立させようとしていた。

私は以前、泉と典子が対立したときにも言ったように、「どっちかにつくとかしないから」という返事をしていたけれど、泉に言わせると、だったら千絵とばかり仲良くするのは変でしょと、自分とも仲良くしようよと、嫌がらせを私にすることがあるかと思えば、昼休みなどに私を呼んで一緒に遊ぼうと言ってみたり、そういうときは千絵の顔を窺ったりして、私は振り回されることしょっちゅうだった。

 けれど、私にはどうしても泉のほうにつくことはできなかった。というか、したくなかった。

以前のように、さんざんベタベタしてきた翌日に、いきなり敵意を向けられるといった、訳の分からないことを泉はしたことがあり、信用できない子だと思っていたからだ。

泉がみんなからハブられたとき、仕方がないにしろ、私は泉側につく形になった。

それなのに、翌日いきなり逆の感情を向けられるとか、私には到底理解できない行動だった。

泉の肚の底に何があるのか、その見極めができないことが、私には意味もなく恐ろしかった。

 そんなことが、6年生になった今でも大小の差こそあれ続いていた。

 

 そんな泉がいなくなった。

ホッとしている千絵、ずっと泉が学校に来ないといいと言う千絵。

私はそんなこと口には出せないし、出さない。

けれど、私の肚の底は、千絵と同じだった。

千絵のことを、何も言い返せない気の弱い小心者だと心の中では思っていたけれど、でも、いつも空気を読もうとして、感情を素直に出さず上手く立ち回ろうとする私こそが、本当の小心者だということを、私は気づいていた。



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