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鎮守の山  作者: 村良 咲
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混乱2

 そして今朝、何をどうやったのかわからないけれど、泉が典子といる。

昨日まで泉と一緒にいた智美は一人でいて、当然、私や千絵のところに泉がくることもなかった。

そして、典子がついてくれた理恵も一緒だ。

大人しい玲美や由香も、もう必要ないと言わんばかりの状態で、仲間に入れてもらえていない。

 何があったのかわからないけれど、これで泉が私や千絵のところにくることはなくなったと思い、ホッとしたのも事実だ。

だけど、話はそう簡単ではなかった。

前日、典子が私たちに向けた目だけが変わらない。

なぜ私や千絵が敵意のある目を向けられなければならないのか、それは私たちが形としては理恵につかなかったことが面白くないということなのだろうか・・・

そして、さんざん私と千絵につくように迫った泉は、手の平を反すように、典子と同じように私たちに敵意のある目を向けるのだった。

泉と典子の間でどんなやり取りがあったのかはわからない。

ただ、私や千絵がクラスで威張っている2人に揃って睨まれていることだけが事実として残った。

「今日の放課後ミニバスの練習をやるから、女子は残ってくださーい」

給食が終わりに近づいた頃、泉が席を立って、大声でそう言った。

「ハルちゃん、ミニバスの練習したくないね」

「そうだね、泉ちゃんにまた怒られたり叩かれたりするかもね・・・」

「私、叩かれたところまだ赤く残ってる」

昼休み、ほとんどみんな校庭に出て行き、がらんとした教室でそう言って見せてくれた千絵の手の甲には、2本の指のあとが薄っすらわかるような痕が残ったままだった。

「叩いたって上手になるわけじゃないのに、意味わかんないよね」

「イヤだなあ・・・」

「私もイヤだよ」

「私、こっそり帰っちゃおうかな」

「そうだね、千絵ちゃんが帰るなら私もそうするよ。どうせ全員が試合に出るわけじゃないし、上手な人だけでやればいいじゃんね。練習も先生が決めたことじゃないんだし」

「私はヘタクソだし、絶対選手になんかならないけど、ハルちゃんは運動神経いいのに、いいの?」

「ミニバスなんて好きじゃないからいいよ」


 5時間目が終わり帰りの会が終わると、荷物を持って更衣室に向かう女子たちのあとについて、私と千絵も帰りの支度に時間をかけて、一番最後になるようにした。

 私たちが更衣室に行くと、もうほとんどみんな体操着姿になって、荷物を持って更衣室から出てくるところだった。

私たちは着替える振りをして、私と千絵以外がみんな更衣室から出るのを待ち、誰もいなくなると、荷物を持って、更衣室のドアから廊下に誰もいなくなったか確認してからそこを出た。

廊下を進み、階段も同じように誰もいないか注意しながら進み、下駄箱も同じようにして、みんなの靴がないことを確認して、靴に履き替えると校門に向かった。

 校門と運動場への通路は、校舎を挟んであるために、運動場にいるみんなに気づかれることなく校門から出られるが、問題はそこからだ。

 私たちの家に向かうには、校門を出てすぐ左に折れなければ行けず、運動場からその私たちが歩く歩道が見えるのだ。

私と千絵は、歩道の植え込みや、間隔を置いて植えてある木の陰に隠れるようにしてその歩道を進んだが、誰かに気づかれてしまったらしく、

「ちょっと!!待ちなさいよ!なんで帰っちゃうの?」

泉が、グラウンドの山側にあるバスケットコートからこっちに向かって、ものすごく大きな声で叫んでいる。

「戻ってきなよー」

そんなみんなの声がいくつも被さって聞こえてきた。

 私と千絵は、顔を見合わせ、屈んで進んでいた身体を立たせ、走るように速足で運動場から見えなくなるところまで帰路を進んだ。

 学校の前の道路を挟んで流れている川にかかる橋を渡り切って、私たちはようやく歩を緩めた。

「明日、何か言われるよね」

千絵が困った顔をしてそう言った。

泉に見つかっても見つからなくても、練習に行かなかったことで何か言われるのはわかりきったことで、それでも練習に出たくなかったんだから、そのくらい覚悟しとかないと。と思ったけれど、それを声に出すことはできなかった。

「明日も休み時間はずっと一緒にいよう。そうすれば何か言われても一人じゃないし」


「今日も練習するから、今日はサボらないでね」

朝、教室に行くとすでに泉はそこにいて、私が自分の席に着くより早く私のところに来てそう言った。

机にランドセルと手提げを置いて、私はすぐに教室を出て下駄箱に行き、千絵がくるのを待った。

 重い足取りで登校班の一番最後に下駄箱に入ってきた千絵は顔を下に向け、私がここにいることにも気づかないほどで、誰をも寄せ付けたくないオーラが漂っていて、明らかに暗かった。

「千絵ちゃん」

そう声をかけると、ようやく私に気づき、パッと表情に生気が宿り、

「ハルちゃん、待っててくれたんだ」

私は千絵の腕をつかんで、教室に近いほうの階段があるのとは反対側の廊下のほうへ行き、クラスメートが誰もいないことを確認してから、

「さっき教室に行ったら泉ちゃんがきて、今日も練習するからサボるなって」

「えっ、今日も?言ったのそれだけ?何か怒られなかった?」

「とりあえずそれだけ。でもすぐ教室出てきちゃったから・・・」

「イヤだなあ、教室に行くの」

「でももうすぐ朝の会がはじまるから、早く行かないと。休み時間は一緒にいよう」

千絵はまた俯いて人を寄せ付けないほどの暗い顔をして、深い溜息を一つついた。

 教室に行くと、泉と典子が一緒にいて、不自然なほどの平静な顔をして笑顔で話をしていて、視線は向けずに、けれど意識はハッキリとこちらに向いていることがわかった。

 休み時間になると、千絵と2人でトイレに行く振りをして毎回教室を出た。

教室を出るまでの間に誰かに呼び止められることもなく、これまた不自然なくらい、泉も典子も、他の誰も昨日のことに触れない。

休み時間の長い昼休みも同様で、その不自然さが私はなんともいえず怖かった。

「泉ちゃんも典ちゃんも何も言わないね。今日もサボっちゃってもいいんじゃない?」

などと、千絵はその不自然さに全く気付いてもいない。

なんだか嫌な予感がしていた私は、午後の授業もなにをやってたのかさえ分からないほど、心ここにあらずだった。

 終わりの会のとき、「堀田さん」と当番に当てられて、今日の頑張ったことを発表しなくてはならなかったけれど、毎日やってるそれすら、なんのこと?と一瞬思ってしまうくらい、私の意識はそこになかった。

 そして帰りの挨拶のあと、今日は絶対に逃がさないとばかりに、すぐに泉がわたしのところにきて、

「今日の練習、一緒に行こう」

と、笑顔で話しかけてきた。

千絵の方を見ると、そこには典子がいて、きっと同じように声をかけたのだろう。

千絵は下を向きながら、私の方へ顔を向けたところだった。

「今日、体育着持ってきてないんだけど・・・」

更衣室に連れて行かれそうになり私がそう言うと、

「明日から体育がない日も毎日持ってきておいて。今日はパスの練習だけにするから着替えなくてもいいよ」

「泉ちゃん、着替えてきていいよ」

「ううん、私も今日は着替えなくていいよ。運動場に行こう」

どうやら泉は私から離れるつもりはないらしい。

更衣室で着替えているらしい千絵のことが気になるけど、どうせ運動場にはくるんだと自分に言い聞かせ、泉と運動場に向かった。


 運動場の山側にあるバスケットコートに着くと、その山側の隅にある倉庫に行って泉とボールを運んできた。

コートには一番乗りだったが、その頃にはだんだんとみんなが集まり始めてきた。

そのみんなの一番最後に、千絵が典子といた。

千絵の顔は見るからに青ざめていて、まるで幽霊みたいだなと思った。

「全員集まったね。じゃあまず、ハルと千絵こっちにきて」

バスケットゴールを背にして、いつの間にかみんなの前に泉が出るような立ち位置で、そこに呼ばれた。

「なんで昨日帰っちゃったの?練習やるって言ったよね?」

「私がちょっと気分が悪かったから、千絵についてきてもらって帰ったんだよ」

「じゃあなんでそう言わないの?なんで隠れるようにして帰ったの?走ってたよね?気分悪いのに?」

「早く帰りたかったから」

「ふ~ん、信じられない。本当は練習やりたくなくてサボったんでしょ?これはペナルティーだからね」

そう言って、泉はいきなり私の頬を右左とビンタをした。思いっきり。

そのあと、千絵も同じようにビンタされた。

不意打ちのようなビンタで、痛みで涙が出そうになったけれど、私は歯をくいしばって耐えたが、隣で千絵は泣き出してしまった。

「泣いてんじゃねーよ。パスの練習するからね!千絵は私とやるから、ハルは典子とね。みんなもパスの練習開始して」

そう言うと、泉はボールを持ってきて、まだパスをするほど離れていない、パスを受ける姿勢もできていない千絵に向かって、泉は「パス」と言って千絵にボールを投げた。

泉の投げるボールは、軽く投げているように見えるけれど威力があり、そのボールは振り返った千絵の顔面にぶち当たった。

その衝撃で千絵は一瞬のけぞり、頭がガクンとなり、顔をしかめながら手で顔を覆った。

「泉ちゃん、まだ千絵ちゃんボール受ける姿勢じゃないでしょ?わざとぶつけたでしょ」

「はあ?何言ってんの?試合ではいつどこからボールが飛んでくるかわかんないでしょ?」

「今は試合やってないでしょ?パスの練習って自分で言ってたじゃん」

「はあ?サボったやつが何エラそうに言ってんの?ざけんじゃないよ」

そんな私と泉の言い合いの間も、顔を覆って泣いていた千絵の手が、一瞬赤く見えた。

「千絵ちゃん、血が出てる!」

私が千絵に駆け寄って、手を取ってどかしてみると、千絵の真っ赤になった鼻からは鼻血がポタポタと落ちてきていた。

「鼻血だ。千絵ちゃん寝たほうがいいよ。先生呼んでくるね。泉ちゃん、わざとやったよね。先生に言ってやる。わざと顔にぶつけたって」

「はあ?わざとじゃないでしょ?パスのボールがたまたま当たっただけだし」

「千絵ちゃんの鼻も赤いけど、頬っぺただって手形が出てるよね。私の頬っぺたもそうじゃない?先生なんて言うかね」

「待ちなよ!」

校舎に向かって走り出した私を泉ちゃんが追いかけてきた。

私は泉に追いつかれないように必死で走ったけれど、いきなり腕を掴まれて、体制が崩れて2人揃って尻もちをつく格好になった。

「泉ちゃん、マズイよ」

追いかけてきた典子が、立ち上がった泉にそう言い、

「ハルちゃん、ごめんね。今、智ちゃんがタオル濡らしに行って、理恵がティッシュ取りに行ってるから、とりあえずそれで様子見るってことにしてくれない?」

典子はそう言いながら、尻もちついた状態のままの私に手を差し出してきた。

「ハルちゃんも、顔を冷やした方がいいよ。私もタオル持ってるから、一緒に濡らしに行こう」

そう言って、まだ返事をしてもいないのに、典子は私の手を持ち引っ張って歩き出した。

「ハルちゃん、ごめんね。先生を呼ぶのはやめてくれない?昨日ハルちゃんたちが何も言わずに帰っちゃって、泉がかなりブチ切れちゃってて、ビンタするつもりだって言ってたの知ってたけど止めなくてごめんね」

典子はそう謝ったけど、先生にばれて怒られるのが嫌だからだろうと思った。

けど、ここで恩を売っておくのもありだなと、妙に冷静にそんなことも思っていた。

「ううん、私たちも昨日は悪かったから」

典子の荷物のところに行ってタオルを持つと、それを一緒に濡らしに行き、典子がタオルを私の頬っぺたに当ててくれた。

 そこに千絵が鼻にティッシュを入れたまま、智美と水道のところにきた。

「千絵ちゃん、大丈夫?」

「うん」

千絵はそうひと言だけ言うと、血の付いた手を洗って、智美は血の付いた自分のタオルを洗っていた。

「智ちゃん、血がついちゃってごめんね」

「いいよいいよ、すぐ洗えば取れるし」

 4人でコートに戻ると、すでにみんなはパスの練習をはじめていた。

「戻ってきたらパスの練習をして」

泉は何もなかったような顔をして、そう言ってきた。

「千絵ちゃんはまだ鼻血が少し出てるから座ってるよ」

私はそう言って千絵と手をつなぎ、荷物が置いてある倉庫の前のコンクリートのところに座らせた。

「ハルちゃん、ありがとう。・・・練習に行く?」

「泉にまた文句言われるしね」

「ごめんね、昨日私が帰るって言ったから」

「千絵ちゃんのせいじゃないよ。気にしなくていいから。練習終ったら一緒に帰ろう」

 パスの練習をして、そのあとゴールの練習を2か所に分かれてはじめた頃、教頭先生が来た。

「帰りが遅くなるからもう終わりにしなさい」

そう言うと、一人座っていた千絵が目に留まったようで、千絵の方へ行くと、

「どうした?鼻血か?」

「ボールが当たって・・・もう止まりました」

「そうか」

そう言うと、一瞬首を傾げたように見えた。

千絵と一緒に荷物を置いた私が来たことに気付いた教頭先生がこちらを向き、私の顔を見ると、また顔を傾げた気がした。





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