夜の山道
学校から帰り着くのとほとんど同時に、由美が遊びに来た。
由美は、この分だとただ家にランドセルを置いて、自分の家には上がらず私の家に来たんだなという速さで、そんなにも真生のことが気になるのかなと思ったけれど、私も家に着いたばかりで、まだ真生のことなど何もわからないのにと、なんだか落ち着かない気持ちになっていた。
「ただいま」「こんにちは」
2人の声がかぶさるようにして玄関で響いて、玄関からまっすぐ伸びた先にある台所にいた母が顔を出し、
「おかえり。由美ちゃんいらっしゃい」と、顔を出したかと思ったら、またすぐに台所に入ってしまった。
靴を脱ごうとして、見慣れない靴があることに気付いた。
誰がお客さんが来てるのかなと思い、いつもなら手洗いうがいをしてから部屋に行くが、今日はとりあえず私の部屋へ行こうと思い、玄関上がってすぐ横にある階段を上がり始めると、「ハル、すぐにおやつ取りにきてね」母の大きな声が聞こえ、「はーい」と返事をして、由美と私の部屋に入ると、由美に「待ってて」と言って、ランドセルを下ろして階段を下りて台所に行った。
「ハルちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
はす向かいの家のおばさんがいた。それとそのおばさんの家の向こうのお隣さんもだ。
「ハル、手洗いうがい先にしてらっしゃい」
「うん」
手洗いうがいを済ませ台所に行くと、母はオレンジジュースのパックからコップについでいるところだった。
「お母さん、真生君は大丈夫だった?病院に行ったんでしょ?」
「うん、大丈夫だよ。暗い山道を歩いてて、ちょっと擦り傷とかあったけど、大きな怪我はしてないし、だいぶ歩いたからかなり疲れてたみたいで、病院に着く頃には寝ちゃってて、さっき帰ってきたよ」
「そっか、じゃあ明日はもう学校に行く?」
「たぶん行くんじゃない。真生君、もともとあんまり喋らない子だけど、今回もただ暗くなって道がわからなくなって、どんどん歩いちゃったって言っただけで、怖かったとかそういう話はしてないみたいいだし、そうそう、ラッキーとはぐれちゃったって落ち込んでたけど、ラッキーは家に戻ってきたって話したら、はぐれなければ帰れたのにって」
「ふ~ん、怖いとか言わないって、すごいね」
そんな話をしながら、母が用意したオレンジジュースとクッキーをお盆に載せていると、
「ハルちゃん、これも持って行きな」
と、おばさんたちがお盆に自分たちが食べてたお菓子のチョコやお煎餅をいくつも載せてくれた。
きっと、母とおばさんたちと、お菓子食べながら今の話をしていたんだなと思った。
「ありがとう」
そう言って、由美に今の話を早く聞かせてあげなきゃと思い、ジュースをこぼさないように気をつけながら、急いで部屋へ向かった。
階段を上がっていくと、由美が部屋から顔を出しているのが見えた。
「ねえねえ、真生君の話してた?」
手をおいでおいでのように振りながら、待ちきれないといった様子で由美が目を輝かしている。
机にお盆を乗せ、その机と壁の間に立てかけてあった小さな丸テーブルを出して、改めてお盆をそこに置き、由美にジュースとお菓子を勧め、私もひと口ジュースを飲むと、さっき台所で聞いた話を由美に聞かせた。
「ふ~ん、結局迷子になって、暗くなって、道を間違えて、山向こうの原町のほうまで行っちゃったってことだったんだね」
「そうみたいね。犬のラッキーとはぐれなければよかったのにね」
「でもなんではぐれたのかな?リード放しちゃったのかな?」
「山だったから放したのかもね」
「明日、真生君に夜の山の話を聞こうかな」
「話してくれるかな?真生君あんまりしゃべらないじゃん」
「だよね~ダメかな」
「あんまり聞かないほうがいいかもしれないよ。怖かっただろうし」
「あ、これ美味しい」
豆の入ったお煎餅をバリバリ食べながら、由美の話は由美の好きな信一の話にいつのまにか変わっていた。
私は由美の話を聞きながら、真生に山の話を聞いたら悪いかなと、自分で「怖かっただろうから聞かないほうがいいよ」と言いながらも、やはりどうしても聞きたいと思っていた。
真生がどうやって原町まで歩いて行ったのか、本当に夜の山道を一人でずっと歩いたのか、それにしては随分と早く原町に行けたような気がして、なんとなく釈然としないのだった。