もう一つの失踪5
なんで・・・なんで、この子がここにいるんだ!
いや、でもまだこれが泉ちゃんって子だとは限らない。
じゃあ、これは誰だ?
富士の樹の海に入り込んで、龍に抱かれてここに現れた子か?
でも、この子はどう見ても、去年僕が毎日教室で見ていた女子と同じくらいの背格好の子だ。
やっぱり泉ちゃんって子なんじゃないか・・・
じゃあ、なんでここにいるんだ・・・
まさか、まさか、でもここを知っているのは、伯父さんと僕と、・・・ハルしかいない。
まさか、ハルがこの子をここに連れてきたんじゃないか。
それで失踪という騒ぎになって、昨日、ハルが探しにきたんじゃないか・・・?
ハル・・・どうして、ハル・・・そうなのか?・・・ハル・・・
「落ち着け、落ち着け、まだ何もわからないじゃないか」
自分に言い聞かせるように、言葉にして声を出して、胸に当てた手が大きく上下するように深呼吸をした。
僕は持っていたテープをリュックの中に入れ、脇に懐中電灯を挟むと、冷たい地面の上に横たわる子を、両手で抱き上げた。
ものすごく重いかなと思って、両腕に力を入れて持ち上げたけれど、その子は思ってたよりずっと軽く、僕は溢れてくる涙を拭く術を持たなかった。
「一人でこんな暗いところにいるのは怖いよね」
僕はその姿勢のまま、テープをたどりながら来た道を戻り始めた。
来るときは急ぎ足だったので、その場所はすぐかと思っていたけれど、女の子一人抱え上げて歩もゆっくりになり、まだか?まだか?まさか消えちゃったなんてことないよな・・・と、歩く場所に間違いがないかテープを確認しながら戻ると、その人はちゃんとそこにいた。
僕は女の子をその人の横にそっと置いた。
「ここなら一人じゃないから、少しは怖くなくなると思うよ。知らない人と一緒にいるのは不安かもしれないけど、連れて戻ってあげられないんだ。ここは山の守り人の伯父や僕以外には決して知られてはいけない場所だからね。いつか、ちゃんとしてあげるよ。それまでこの人と待ってて」
僕は両手で流れた涙を拭くように擦りながらそう女の子に言うと、リュックからテープを取り出して、この子と会った場所から戻るときに弛んだ分をひたすら巻き取った。
弛んだ分を巻き取ると、持ってきたマッチを取り出して火をつけ、そのテープを火で焼き切ると、入ってきた祠のところから繋がっているほうのテープの切れ端を、女の子の手首に巻いて結んだ。
「ほら、ちゃんと出口に繋がったからね。僕が、いつかちゃんと迎えに来るから」
涙と砂で汚れてしまった女の子の顔を、着ている僕のシャツの端で拭いてやると、少しだけ綺麗になった。
ハル・・・どこにいるんだ・・・ハル・・・
もしハルがこっちに来たのなら、きっとこの子に気づいて、そこにいただろう。
そう思い、僕はテープを辿りながら他に曲がる道がないか確認しながら、最初に曲がったところまで戻ろうと歩き始めて、すぐにそれに気づいた。
僕が懐中電灯を向ける瞬間、闇の先に明かりが微かに見えた気がした。
「ハル?・・・ハルーー、ハルーーー」
「・・・・・く・・ん」
聞こえる。確かに、誰かの声だ。
「ハルーーーハーーールーーー」
大きな声でハルを呼び続けながらテープを辿り早歩きで進んで行くと、今度はハッキリ声が聞こえた。
「まさ・・くーーん」
ああ、間違いない、ハルだ。ハルがいる。
「ハルーーーハルーーー」
さらに呼び続け進むと、明かりがハッキリしてきた。
ハルにもこっちの明かりがわかるはずだ。
ハル、ハル、ハル・・・言葉が声になって出ているのか、心でも呼んでいるのか、どちらなのかわからないほどハルを呼んだ。
そして、闇から照らす灯りと共に、その姿が見えた。
「ハル」
「まさきくんっ」
ほぼ同時だった。
「まさ・・きく・・・ひっく・ひっく・・えっえっえっ・・・わーーん」
最後まで声にならず、ハルは僕の姿を目にした途端、大声で泣き出してしまった。
「よかったぁ・・・」
僕はホッとしすぎて、腰が抜けるかと思った。
「ハル、よかった。やっぱりここにいたんだね。見つけられてよかった・・・」
「えっ、えっ・・んっ・・・私、ちゃんと灯り持ってっ・・川の赤い石持って・・・ひっく・・ひっく・・・でも、いくつか曲がって、ひっく・・・そしたら、人がいて・・ひっく、怖くて慌てて動いて・・そしたらもう、赤い印わかんなくなって、怖くて・・戻れなくて・・・ひっく、ひっく・・・そしたら、声が聞こえた気がして、・・テープが見えて、きっと真生君だって思って・・・怖かったーーーわーーん・・・」
「ハル、大丈夫だよ。もう大丈夫だ」
そういって、僕はハルを抱き寄せて背中をさすって、「大丈夫、大丈夫」と声をかけ続けた。
あれ?ハル、こんなに小さかったっけ?ああ、僕の背が伸びたんだ。こんな時なのに僕はそんなこと思っていた。
しばらくすると、小刻みに動き続けていた背中も落ち着いてきて、ハルの泣き声も落ち着いてきた。
「ハル、とりあえず外に出よう」
ハルが落ち着いたところでそう言うと、
「真生君、あのね・・・あの・・・」
「うん?なに?どうした?まだ外に行きたくないのか?」
「うん。あのね、・・・怒らないで聞いてね」
まさかと思ってたけれど、ハルがあの子をここに連れてきて置き去りにしたとか言うのか・・・
「怒らないよ、なに?」
「私ね、私、泉ちゃんを探しにきたの」
ああ、まさかと思っていたけど、やっぱりあれが泉ちゃんって子なんだな・・・
「泉ちゃんって、メロディーに行くって出掛けていなくなった子だろ?」
「うん、知ってたの?」
「学校で友達に聞いたんだ。その友達のお兄さんが泉ちゃんのお兄さんと友達なんだってさ。それで、僕が宮小だろ?だから僕が知ってると思って話してきたんだ。っていうか、なんでその泉ちゃんがここにいるんだ?メロディーに行ったんだろ?」
「泉ちゃんは・・・泉ちゃん、メロディーに行ったんじゃないの・・・」
そう言うと、ハルは俯いて、静かにまた泣き出してしまった。
「ハル、戻ろう。外に出よう」
ハルは俯いたまま首を横に何度も振り続けた。
「ハル・・・」
再び呼んでも、ハルは首を振り続けて動かない。
言わずに済めばそうしたかったけれど、僕は意を決してその言葉を口にした。
「ハル、戻ろう。泉ちゃんは、・・もう・・・外には出られないんだ」
僕のその言葉を聞いて、ハッとした顔を僕に向けると、ハルは自分の顔をクシャクシャにして、その顔には、もう出ないんじゃないかと思っていた涙がまた溢れてきて、首を横に振り続けて、声を上げて泣き出した。
「ハル、とにかく外に出よう」
僕はハルの手を摑むと、懐中電灯の灯りでテープ辿って、ハルの足に合わせてゆっくりと進んだ。
ハルはもう、逆らうことなく、手を引く僕のあとをついてきていたけれど、その足はとても重そうで、立ち止まったらもう二度と動かなくなりそうで、僕はそれが怖くて、ただひたすら灯りの先のテープだけを見つめ歩いた。




