約束
「ハル、大丈夫か?なんで・・・なんで泣くんだ?」
いきなり僕の腕を持ち泣き始めたハルを見て、僕は酷く驚いた。
「ご、ごめん。なんか真生君がお祖母ちゃんみたいに消えちゃうんじゃないかって、なんとなくそう思っちゃって・・・」
「大丈夫だよ。消えたりしないし。それよりさ、ここのこと知ってたの?二本の木のところに出るってことも知ってたの?まさか、入ったことがあるの?」
「ううん、違う。入ったことはないよ」
「じゃあ、なんで?やっぱりって言ったよな?ずっと俺の後つけてるみたいなことしてたし・・・」
僕は誰にも言ってはいけないということはわかっていたけれど、ここのところずっと僕を待ち伏せしたり後をつけてくるようなことをするハルのことが、ものすごく気になっていた。
それは当然、あの似顔絵を見たからだ。
僕が迷子になったこのタイミングでハルがやたら周りをうろうろするようになったことと、あの似顔絵が全く関係ないとは思えなかった。
「お祖母ちゃんが亡くなって、蔵の鍵のかかったタンスに手紙があって、曾お祖母ちゃんが書いてあったの」
「ちょっちょっ・・・ちょっと待って。ハル、落ち着いてゆっくりわかるように話してよ」
ハルはまだ半分泣きながら、慌てて話すもんだから何が何だかよくわからない。
「蔵に鍵がかかったタンスがあって、この前お祖母ちゃんが亡くなって、部屋の片づけを手伝ってるとき、お祖母ちゃんのタンスから鍵を見つけたの。その鍵がタンスの鍵かと思って、こっそり持ってって開けてみたら開いたの。それでタンスの中を何か可愛いものがないかなと思って見てたら、ノートとか手紙とか出てきて、そこに洞窟のことが書いてあったの」
「洞窟のことって、二本の木のことや、青龍寺神社の祠のこととか?」
「二本の木のことと祠のことは書いてあったけど、祠がどこにあるのか書いてなくて・・・あっ、そうだ、水道山とか書いてあって、お母さんに曾お祖母ちゃんが子供の頃どこに住んでたのか聞いたら、原町だって。それで真生君が山で迷子になって、でも原町で見つかったって聞いて、もしかしたら真生君が洞窟に入り込んだのかもって思って・・・」
「そうか、それで僕の後をつけてくるようなことをしてたんだな」
「ごめんなさい。でもどうしても曾お祖母ちゃんの書いてた洞窟がどこだったのか知りたくて・・・」
「ハル、ひとつだけ・・・ものすごく大事なことだから聞くけど、このこと他の誰かに話した?」
「このことって、洞窟のこと?」
「そう。洞窟があるかもしれないってこと」
「ううん、誰にも話してない。だって鍵がかかったタンスの中に隠すようにしてあったし」
それを聞いて、僕がどんなにホッとしたか言葉で言い表せないほどだ。
「よかった。ハル、この洞窟のことは絶対に内緒にしなければいけないんだ。知ってるのは、ここの神主の僕の伯父さんと、伯父さんの跡を継いで将来ここの神主になる僕だけなんだ」
「えっ、真生君が青龍寺神社の神主になるの?」
「そう、まだずっと先だけどね。この洞窟の中は、ものすごく入り組んでいて、入ったら出てこられないって言われてるんだ。とても危険な場所だから、神主が誰も入らないよう護っているんだよ。昔の神主が、洞窟の入り口に二本の木を植えたのも、洞窟に入り込んで迷う人がいないよう、入れないようにするためなんだ。ここを知って入ろうとする人が増えて来たら危険だろ?だから絶対に誰にも言わないでくれよ。一生のお願いだから」
「うん、わかった。っていうか、もともと誰にも言うつもりはなかったよ。曾お祖母ちゃんが隠してた・・・というか、お祖母ちゃんが曾お祖母ちゃんのノートや手紙を隠してたから、誰にも知られたくないことかなと思ってたし」
「そうか、それを聞いてホッとしたよ。とにかくここは危険だから、本当に絶対に誰にも言わないでくれ」
「うん、言わないよ」
「ハル・・・そのノートや手紙って、見せてもらえるか?」
「うん、いいよ。でもね、そこに書かれていることって、洞窟のことだけじゃないんだけど、手紙も曾お祖母ちゃんが書いたものじゃなくて、もらったものみたいなんだけど・・・」
「もらったもの?」
「そう、曾お祖父ちゃんじゃない人からだから、だからあの手紙のこととかノートのこととか、誰にも知られないようにしたい」
「わかってるよ。ハルは洞窟のこと内緒にしてくれるだろ?僕はその手紙のこと、内緒にするって約束するよ」
「じゃあ」と、ハルが小指を差し出してきた。
僕も小指を出すと、ハルが自分の小指を絡め、「指切りげんまん 嘘ついたら針千本のーーーます。指切った!」と、たぶんハルがいつも友達とやるような指切りげんまんをしてきた。
その絡めたハルの小指は小さくて温かくて、僕は天使の顔を思い出し、それがハルと重なって、ドキリとした。
「ハル、そろそろ山を下りよう。あまり遅くなると下まで行く前に暗くなっちゃうよ」
そう言いながら杭にかけてたリードを外すと、ハルが「私がラッキーのリード持ってもいい?」と聞くので、「いいよ」と、リードをハルに渡した。
「家はお父さんが犬があんまり好きじゃなくて、飼えないんだよね」
「それじゃあ仕方がないね。ラッキーがハルに慣れたら、散歩するときに来てもいいよ」
「ホント?やったぁー!」
そう言うと、ハルはすごく嬉しそうな顔をして、「ラッキー」と声をかけ、階段を速足で下り始めた。
ハルとラッキーは僕よりひと足お先にというように、階段の下で一度振り返ると、歩き始めた。
僕は自分のペースで歩いて行くと、その広い通りから山道に入るところでハルは待っていた。
ハルとラッキーと山を下りていき、僕たちの家の裏を流れる川にかかる橋を渡ると同時に陽が沈んで見えなくなった。
山へ行くときも帰ってくるときも、山の上にいるときも誰にも会うことはなかったし、僕たちの横を通った車も一台もなかった。
これで誰にも僕たちが山の上で話したことも誓ったことも、聞きだされる心配がないと思い安心した。




