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鎮守の山  作者: 村良 咲
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山へ・・・

 伯父の話を聞いてから、僕はその洞窟がどんななのか気になって仕方がなかった。

入る入らないは別にして、とりあえず清龍寺神社に近いうちに行ってみようと思っていた。

学校が休みの土曜か日曜がいいかなと思ったけれど、普段はそうお参りする人が多くない山の上とはいえ、休みの日にはお参りに来る人もいるかもしれないと思い、学校が早く終わる平日のどこかで行こうと思っていた。

 そしてその日は、案外すぐにきた。

先生たちが他の学校へ授業を観に行く日がきたのだった。

毎年、先生たちが市内の他の学校へ授業を観に行く日が年に一度あり、僕の学校では今年は5年生の5時間目の授業を、他の学校から先生がたくさん観にきて、それ以外の学年は、学校が半日になり、給食を食べたら下校になる。

 僕は、その日を清龍寺神社へ行く日にしようと思った。お天気も週間予報ではよさそうだった。


「真生、今日は学校が半日だから1時半頃には帰ってくるでしょ?遊びに行くならちゃんとボードに書いて出てね。お母さん、パートが3時までだから、あんたが帰ってきたときにはいないからね」

僕が帰ってくるときに母が留守にしているときの、いつものやり取りだった。

毎回同じことを繰り返されるので、いい加減飽き飽きしていた。もう6年生なのに。

「わかってるよ!」

いつもよりちょっと強めに返事をして家を出た朝のやり取りを思い出しながら、リビングに入ったところの壁にかけてあるボードに、『3時~ラッキーの散歩』と書いて、テーブルの上にあるラップがしてある皿に入った、母の作ったクッキーの入った皿をひっくり返して、そのままラップに包んで持ち手のある小さなスーパーの袋に入れて、それを持って家を出た。

3時~と書いたけれど、実際に家を出たのは2時だった。

清龍寺神社へ行こうと思っていたので、母が帰ってきたときに、まだ出かけたばかりだと思われた方が都合がいいと思ったからだ。

 ラッキーを連れて、玄関を出て車庫を通って裏口へ出て、堤防に上がり、家の裏を流れる川の向こうの山へ行くために橋へ向かった。

山へ向かうのは、ほぼ農家の人たちだけなので、2時という中途半端な時間で、今から山へ向かう人はいないようで、橋を渡るときも、それを渡り終えて山へ歩いて向かう道に入って行くときにも、誰一人会うことはなかった。

「ラッキー、今日は山の上まで行くぞ」

散歩で橋を渡ることはあったけれど、山の上の方まで行くことはないので、ラッキーの歩はいつもよりだいぶ緩やかだ。

いつもは僕を引っ張って行く勢いで歩いて行くのだけれど、今日は僕の横をトコトコ歩きながらキョロキョロしているように見えて、たくさんの木のどこにマーキングしようか悩んでいるようにも見えて、これからはたまにはこっちにも散歩にこようかなと思いながら、ひたすら上を目指して歩いた。

 1時間近く山道を歩き、ようやく清龍寺神社へ上がる階段に出た。

階段を上がろうと、そこに一歩足を置こうとした瞬間、いつもと違う何かを感じた。

足を戻し、その違いはなんだろうと考えてみたら、それはきっと、僕の気持ちの変化なんだろうなと自分でもそれがわかった。

 山を登るような急な階段を上がり、鳥居をくぐり、その先にある短い階段を上がったところにある社務所まで行ってみた。

もしそこに伯父がいて仕事をしていたら、「散歩に来た」とか言えばいいやと思っていたけれど、社務所には雨戸が閉まったままで、誰もいないようだった。

 社務所脇の小さな木の枝にラッキーのリードを引っ掛けると、僕は手水舎で手と口を清めた。

手水舎の向こうにある池の中に流れ入る水は、龍の姿をしている蛇口から出ており、その龍の身体は山の中に入り込んでいて、その姿は全部は見えない。

手水舎にある蛇口も、同じ山肌から口だけが出ている形で流れ出ていて、以前母が、

「この口だけ出ている蛇口を持つ龍が山の中にいて、つまりこの山自体が龍なんだよ」

そう言っていて、これが龍の口なら、向こうの池に流れ入る水を出してる龍は、いったい何なんだ?と、いつも思っていた。

母の言う通りだと、この龍は口を二つ持っているというか、龍の身体からもう一つ龍が出てるってことになるんじゃないかと、池に流れ込む水の龍を見て、その姿を僕はいつも想像して、変な話だななどと思っていたのだった。

 けれど、伯父の話を聞いて、山自体が龍の身体だっていう母の話も、あながち間違いではなかったんじゃないかと思った。

 身を清め、その先の短い階段をまた上り、清龍寺神社拝殿の前に立ち、ポケットに入れてきた5円玉を賽銭箱に入れると、そっと鐘を鳴らし、手を合わせた。

 拝殿を回って、後ろに向かう。

表の鳥居よりもだいぶ小さい赤い鳥居があり、その前でいったん止まると、その階段を見上げてみた。

「ここも急な階段だな」

つい出た独り言を確認するように、鳥居をくぐって階段を上りはじめた。

その途中、拝殿の屋根の高さ辺りまで来たところで、振り返ってみると、なるほどかなり遠くまで見渡せる。

家の正面に見える田畑の向こうの方にある山も、ここから見ると思った以上に低く見えた。

 階段を一番上まで上ると、下からも微かに見えていた祠が目の前にきた。

そこでも手を合わせ、また振り返る。

まず、「怖い」と思った。

足が震えそうになるくらい、思ってた以上にここは高い位置にあり、急な階段は上ってくるときには全く感じなかったが、これは下りれるかな?と思うほど急で、足が竦んでいる自分を感じていた。

 振り返って怖さを感じた僕は、そっと身体を前に戻し、祠の前に一歩進んで、そこを開けた。

ご神体に手を合わせ、それを脇に置き、伯父が言っていた閂を見つけると、それを外した。

なるほど、この閂は知らなければ外すことなどできないなと、知ったことが自分を特別な存在だと思い込むにはそう難しいことではなかった。

 その感情も手伝って、僕はその扉を開けて入ってみようと思ってしまった。

まだ太陽もそこに見えていて明るく、急な階段を見下ろした怖さ以上の怖さなど、全く感じていなかった。 

 




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