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鎮守の山  作者: 村良 咲
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 蔵の中にこっそりと入りこんで、いつからそこにあるのかわからない、古いタンスの中を探るのが、私は大好きだった。

タンスには、お嫁に行った叔母が置いていったぬいぐるみや、旅行先で買ったのかお土産にもらったのか、置物やキーホルダーなどがあって、可愛いのはこっそり持ち出して使ったりしていた。

 けれど、一つだけ引き出しに鍵のついたタンスがあって、その引き出しだけはどうしても開けられず、いつかどうにか開けたいと、いつもそう思っていた。

 その鍵を見つけたのは、祖母の葬儀が終わって一週間ほど経った時だった。

「ハル、お祖母ちゃんのお部屋お掃除するから一緒においで」

「え~~?お掃除?」

日曜日、朝ご飯のあとアニメを観ていて、それが終わったと同時に母がそう言い、めんどくさいなと思ったけれど、祖母の部屋に行くと、よくテレビ台の下や押し入れ、タンスの引き出しなどから、お菓子を出してくれることがあったことを思い出し、何かいいものあるかもしれないと、少しだけ意地汚い気持ちを持ち、母のあとに次いで、祖母の部屋に入った。

 祖母が亡くなる前は、よくその部屋に行っていたけれど、祖母が床に就くようになってからは、母から静かにするように言われていたこともあり、その部屋に入ることもめっきり減っていたのだった。

そして祖母が亡くなってからは、なんとなく怖くて、その部屋には入れずにいたのだった。

 母に次いで祖母の部屋に入ると、プンッと鼻を突く臭いがした。

窓はすでに開けてあり、私は窓際に行き止めていた息を吐き、外に向かって新しい空気を吸い込んだ。

「お祖母ちゃんの布団、どうするの?」

「亡くなった人の使ってたものだから捨てようかと思ったけど、布団屋さんが古い布団を引き取ってくれるっていうから、他の古い布団と一緒に取りに来てもらうことにしたんだよ」

「ベットは?」

「このベットは二つに畳んで置けるから、物置にしまっちゃうよ」

 布団を丸めて紐で縛り、ベットを畳むと、「おとーさーん」と、母は大きな声で父を呼んで、ベットを物置に持って行くよう頼むと、早速掃除機をかけ始めた。

ベットの下には埃が少し溜まっていて、それを吸い取りながら、

「ハル、そこの雑巾で畳を隅っこから拭いて」

と言うので、バケツにかかっている雑巾を持ち上げると、それはすでに固く絞られていて、私は母が掃除機をかけたところからそこを拭いたけれど、雑巾はすぐに黒くなって、それをひっくり返してまた拭いて、黒くなった雑巾を水に浸けて、学校でやるように雑巾を洗って絞ると、「貸して」と言う母に渡すと、それを更に固く絞ってくれ、受け取るとまた畳を拭いてを3度ほど繰り返した。

 雑巾がけが終わると、「手を洗っておいで」と言われ、掃除機を抱えた母と部屋を出て、一緒に手を洗うと、母はテーブルに用意していた大きなビニール袋を持つと、「さて、タンスを開けてみようかね」と言って、また祖母の部屋に向かった。

「タンスの服、出しちゃう?」

「とりあえず下着や靴下はビニールに入れて、あとは四十九日におじさんやおばさんたちに欲しいものを持ってってもらって、あと、いらないものは処分だね」

「部屋にかざってるものは?」

「それも、おじさんやおばさんに見てもらって、欲しいものは持ってってもらおうかと思ってるよ。ハルも何かお祖母ちゃんの思い出に欲しいものがあるか見ておきなね」

 欲しいものと言われても、お菓子とかあったらいいなと思っていただけだったけど、そう言われてお祖母ちゃんのタンスの、ガラスがはまっている引き戸の中を見てみると、可愛い顔したこけしがいくつか並んでいたので、「じゃあ、このこけし一つちょうだい」と、一番背の低い、可愛い顔のこけしを手に取ると、「そのくらいならおばさんたちに聞かなくてもいいでしょ」と、私の手に渡してくれた。

 こけしを手に持つと、軽いこけしがなんだかずっしりと手に重みがかかるような気がして、お祖母ちゃんがここにいるような、そんな不思議な気がして、大切にしなきゃと思った。

 ガラスの引き戸の下には、細い引き出しが3つあって、服が入りそうな引き出しではなかったので、「開けていい?」と母に聞くと、「いいよ」と言われ、一番右の引き出しをまず開けてみた。

そこには、着物の時に使う紐や匂い袋、着物の生地でできたポケットティッシュ入れなど、細々したものがたくさん入っていて、お祖母ちゃんが大事にしてたのかなと思ったら、なんだか悲しくてたまらなくなってきたのだった。

 その引き出しの奥に、小さな木箱があることに気付いた。

思わず母の方を見て、こちらを見ていないか確認して、その木箱を引き出しの中に置いたまま、開けてみると、中にはさらに小さな布が張られた箱があり、あっ、これはきっと結婚指輪かなと、以前テレビで観たことがある箱と、とてもよく似ていて思い当たった。

 箱からそれを取り出そうとして、そっと持ち上げると、底に隠すように小さな鍵が一つ入っていた。

その鍵を見て、私はすぐにピンときた。

以前、蔵で見たタンスの鍵なんじゃないかと。

 母に布張りの箱を渡しながら、鍵をスカートのポケットに隠すと、

「お母さん、この木の箱、空っぽだからもらってもいい?」

「どれどれ?」

蓋にお花の彫り物がある小さな小箱を母は手にとり、「あら、可愛いわね」と言い、「もらっていいでしょ?」と、また聞く私に「いいよ」と言って、両手を並べて差し出していた私の手に木箱を乗せてくれた。

 タンスから下着を出し終え、押し入れの布団も出して丸めて、テレビ台の下を開けた母が、

「ハル、ほら、あんたが好きなキャラメル味のキャンディーがあるよ。お祖母ちゃん、あんたにあげようと思ってたんじゃない?」

そういって、袋ごと私に渡してくれた。

そのキャンディーを見て、お菓子でもあればいいなと思って掃除を手伝っていたけれど、キャンディーを見て、また私はとても悲しくなってしまった。

 母が言うように、お祖母ちゃんは、私と一緒にキャンディーを食べようと思ってたんだろうと思い、もう一緒に食べられないキャンディーを一人で食べることなんかできないと、そんなこと思いながら、それを受け取った。

 掃除を終え、私はキャンディーと小箱、こけしを持って祭壇へ行き、キャンディーを3つ供えて、手を合わせ「キャンディーもらうね」と言って、一つ自分の口へと入れた。

部屋へ行き、自分のタンスの上にこけしを置いて、机に座ると、ポケットから鍵を取り出して、木箱の蓋を開け、そこに鍵を入れてしばらくその鍵を見つめていた。

 これはきっと、あの蔵のタンスの鍵に違いないと、不思議と確信をもって、木箱に蓋をし、その日をいつにしようかと思いながら、机の引き出しの奥にそれをしまった。





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