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少年スレイヤーと黒いドラゴンさん  作者: ローリー・コーン
1/1

非日常は唐突に

最初は夢だと思った。目を閉じて一呼吸おいて目を開ければそこはいつもと同じ景色が広がっていると――


いつもの赤に白い文字でMeeと書かれたパーカー、動きやすいカーゴパンツ、足首まで隠す黒いショートブーツを履いた一人の少女、藤崎ナギはそう思いつつ行動に移す。


けれど目を開いた彼女の前には依然としていつもとは違う光景が広がっている。


大きな怪物、熊よりも大きなそれはカラスみたいな真っ黒い毛におおわれた生き物。

だれがどう見ても肉食を思わせるそれ、金色に光り輝く猫のような鋭い眼光は少女を捉えて目を合わせてくる。

口からは白い蒸気を吐き、トラバサミを連想させる牙が姿を見せ、少女はそれを見て全身が凍り付くような悪寒に襲われた。



これは・・・おそらく世間一般では怪物、もしくは化け物と呼ばれるものなんだろう、薄れゆく意識の中でナギは若干の安心を覚えたのだった。





「あぁ、これで夢から目が覚める・・・」





たわいもない都市伝説や噂話なんてものは割と身近にある物だ。あそこのマンションのエレベーターは異世界へつながっているだとか、あそこのビルには幽霊が出るだとか、実は田中太郎君の家はボロアパート住まいのくせに財産は10億以上あるだとか。

藤崎ナギの住む町、蓬莱町は例えるなら一つの巨大な学園だ。小中高はもちろん大学も同じ敷地内に建てられ、それぞれの学業施設へつながる列車やバスが走っている。

病院をはじめ大型ショッピングセンター、商業施設、それぞれ東西南北には観光地がありそこの場所特有のゆるキャラまで配置されているほどだ、残念なことに東側のゆるキャラは人間の胴体に頭部がブラウン管テレビという見た目で町おこしに大コケした過去があり、それはこの蓬莱町の唯一の黒歴史とされている。


「そういえば蓬莱神社の龍の像あるじゃん?」


スマホでゲームをしながら思い出したかのようにナギの友人の一人である四之宮(しのみや)雷蔵(らいぞう)が言う。


「あの黒い龍の像?」

「そうそうそれ、なんかあの像から見られてる感じがするよな」


雷蔵がいうその龍の像は蓬莱神社にあるが、なんだか少し不思議な像なのだ。というのもそれは神社の境内にあるわけではなくなぜか裏手の雑木林の中に雑然と置かれているのだ。

それも台座もなければ祀られていると言わけではなく、本当に乱雑にそこに存在している、まるで誰かが盗んできたけど処分に困ったのかそこに捨てた感じに。


「なんでも狛犬とか狐とかの像はあるけど龍はないらしいぜ」


「いやあるでしょ、湾緋神社と神式寺にもあるし」

その二か所の神社と寺も蓬莱町にある由緒正しき歴史ある建造物として観光名所とされている。

湾緋神社は人とのつながりを見つけられる場所であり、神式寺は子宝に恵まれる、と言い伝えがある。


「肝試しってことで今日見に行かないか?」

「え、いやだよ私の家から自転車で15分もかかるし」

「別に遠くじゃないからいいじゃん!」

「田中太郎を誘ってよ」

「誰だよそいつ知らねえよ!」


別に肝試しとかが怖いってわけじゃない、ただ単純に面倒くさいだけだ。蓬莱神社へ行くには家から自転車で向かうのが一番だが、100段ある階段を上らなければいけないのだ、しかもきれいな階段なのではなくまばらな階段となっている。

その肝試しの話をナギは気乗りしなかったが、同じく一緒にその場にいた二人の人物は少しだけ興味があるような反応を見せる、

越前裕也は雷蔵と同じ放送部であり、よく放課後放送室でゲームをやっている、雷蔵は常にノートパソコンも持ってきているのでいかがわしいエロ動画も見ていると考えられている。

そしてもう一人の霧島神楽、彼女は吹奏楽部に所属するナギの幼稚園のころからの親友だ、ナギも最初は彼女と同じく吹奏楽部に所属しようと思ったのだが、走るのが好きだったため陸上部に所属している。

吹奏楽部と言っても神楽の体力はそこらの男子よりもある、今目の前にいる裕也より長距離走は恐らく得意で、いつも体育の5キロマラソンで涼しい顔してナギに話しかけながらも必ず上位陣に食い込んでゴールしている。


「ほらもうそろそろ暑くなってくる季節だし涼しさを求めてさ?」

「なってねーよ徐々に寒くなってくる季節じゃねぇか、今10月下旬だぞ秋本番だわ」

「じゃあ裕也だけ来ないってことで――」

「肝試し行くなら俺も行きたいな」

「部活休みだし私も行くよ! 明日土曜日だしね」

「じゃあ決まりだな! もちろんナギも来るだろ?」


雷蔵はもう嬉しそうにナギの方を見てきた、目がキラキラしている。

この4人は小学校からの友人だ、いっつもバカをやらかす雷蔵だが真面目なときは割と真面目でナギたちの悩み事を真剣に聞いてくれたりする。成績も優秀で勉強が苦手な裕也と神楽に教えてあげてることが多々見受けられた。


「あ、ナギ・・・あそこの神社嫌いだったっけ」


思い出したかのように神楽がそう言い気まずそうにナギの方へと視線をうつす。


「ううん、もう全然気にしてないよ」


この神社の話が出た時点ですでに”そのこと”が脳裏に浮かんでいた。それは小さいころよく遊んでくれていた兄の存在である。

ナギにはたった一人の兄がいた、当時ナギは3歳で兄は6歳の出来事だが、友達と一緒に学校近くの神社で遊んでいた兄は忽然と、まるで神隠しにあったかのように消えてしまった。

学校や近所でもその事件は話題になり、その神社では神主が警察の取り調べを受けている、6歳という小学生になったばかりの年齢だというのに妹のナギの面倒をよく見る兄であり、母親の手伝いもよく行う気の利いた子で当時幼かったナギもとても懐いていたらしい、今となっては昔の事なのでナギはそのことについてほぼ覚えていないが、よく遊んでくれたことだけは覚えていた。


「肝試しやんの? 俺も行ってもいいか?」

「肝試し!? 私も私も」

「俺も行きてぇ!」

「帰ったらマリコカートやろうぜ」

「肝試しやるみたいだし俺そっち行くわ!」


四人の会話を聞いた人が何人か肝試しに参加したいと言い出して予想外にもざわざわしてきた、肝試し発案者の雷蔵は彼らを見て眉をひそめ、小さく舌打ちをする。


「お、なんだ四之宮お前もしかして藤崎か霧島と二人っきりになるの期待してたか?」

「そういうわけじゃないけど・・・」


と、楽しそうに教室の男女と話すナギを見て雷蔵は言う。一度は茶化そうとした裕也だったが、ナギを見つめる雷蔵を見て行為を抱いているのだと思ったのだろう。







「なんだかんだで16人ぐらいになったね」

「別に構いやしないさ」

「二人一組のペアで雑木林進むんだよね?」


下校中にナギは肝試しに参加する友だちの名前を確認しながら雷蔵と裕也に尋ねた。雷造はスマホを操作していたがナギの質問に短く答える。雷造は常にスマホかパソコンを触れていることが多い、今問題になっている歩きスマホもなんのそのだ。


学校の門から出た彼らは住宅街のある坂道を降りる。ナギの学校は蓬莱町の中心部にあり坂道が多い町なので町の多くを見下ろせる景色がそこかしこに点在し、これらも観光の名所として知られる。秋になるとこの坂道の真正面に姿を見せる夕日はそれはもう絶景だった。

そしてナギは今、肝試しで行くこととなった神社がある場所を見つめている。


「あの龍の石像ってなんか泣いてるよね?」

「どうでもいいからそんなまじまじ見てないしー」

「あれ泣いてるんじゃなくて隈取(くまどり)だろ、歌舞伎役者とかの顔の模様の」


ナギの質問に雷蔵はスマホを操作しながら答える。神楽はそもそもあの神社に数えるほどしか行ったことがないため龍の像がどんな形なのかもはっきり覚えていないようだ。


『隈取か・・・』


ナギは雷蔵から視線をそらして再び神社を見て立ち止まる、その後神楽に早く行こうと急かされたので神社をうかがうのはそれまでにした。



家に帰ってきたナギは鞄を床に落としベッドに倒れこむかのように横になった。

それと同時に手に持っていたスマホがブブブと振動するが、アプリのゲームの通知だったので見ることもなくそのまま目を閉じてしまった。







――あいつはいつも一人だった――





ふと目を開けたナギはいつの間にか寝てしまったようだ。部屋は暗く、開け放っていた窓からは冷たい風が流れ込んでいる、寝汗をかいたのだろうなんだかいやに体が冷たい。


「変な夢」


お気に入りのパーカーに雑木林へ行くという事でカーゴパンツを履いたナギだったが、頭の中からは夢の中での言葉が離れずまとわりついていた。

真っ暗闇の中、同じくして真っ黒い小さな手の平サイズの球がそう囁いただけの夢、しかしそれはなぜかナギの意識にとどまり心の奥底で妙なざわめきを起こしていた。






「早かったな」


龍の像の場所にはまだ雷蔵しかいなかった。待ち合わせ時間にはまだ30分もある、眠ってしまったことに焦りが出て早く来すぎたのだ。


「ところで肝試しって何するの?ただ雑木林歩くだけ?」

「・・・いやぁ、そうじゃないさ」


彼は持っていたスマホを触りながらそう口にする、彼のメガネがスマホの画面に反射して不気味に光っている。

雷蔵、裕也、神楽の3人は小さいころからの友人だ、しかしたまに雷蔵に対してナギは怖いと思うときがあった。小さいころこそまるで子犬の様にころころと感情が変わる雷蔵だが、今の雷蔵は何というか態度や口調では笑ってたりするのだが、心から笑っていないようなことをナギは感じ取っていた、ただの勘違いなのかもしれないが。


「ところで藤崎さは都市伝説とか噂話で異世界に行く方法ってあるの知ってる?」

「・・・何の話?」

「エレベーターで異世界に行く方法とか紙に飽きたって書いていく方法とかがあるらしいよ」

「その中でこの蓬莱神社ってのもあってさ、この時間帯に――」





そうスマホを操作していた雷蔵とナギの二人の周囲の景色が一瞬だがざらついた。




「この時間に、ある場所に電話するとその異世界への門が開くんだってさ」

「私そういうオカルト嫌いだって言ったよね?」

「肝試しってのはオカルトとホラーどっちに含まれるんだろうな」

「考えたことないから知らないよ」


さっきのは気のせい?周囲の景色がざらついたのはきっと木々が生い茂る広場だからだろうとナギは眉を潜ませて腕を組みながら雷蔵に対して若干いらだちを見せながら考える。

兄が行方不明になった際にマスコミやニュースで神隠しだのなんだのと散々報道されたのがその理由でナギはオカルト関連が少しばかり苦手だった、嫌でも兄がいなくなった事件を思い出してしまうから。





――いつもいつも一人だった――



そしてあの夢での声が再びナギの脳に響き渡るとほぼ同時の出来事だった――!


すさまじい風が二人の間を駆け抜けた。

ナギの長い髪が風に引っ張られて雷蔵の顔面に叩きつけられる。彼のメガネが地面に落っこちた。

再び二人の周囲がざらつく、一度目と違い今度はさらに周りの背景がブレ始める、それはさながら昔のテレビの砂嵐の様だ。

ナギは慌てて周囲をうかがった、頭の中の声もそうだが今の状況はとてもじゃないが普通とは到底思えない、左右前後風で包み込まれ周囲の木々が一切見えなくなっている。焦りで後ろに下がり龍の石像に背中がトンとぶつかった。


砂嵐が一気に収縮してからは展開が早かった――


2人は乱気流の中に放り出されたかの如くきりもみ状態に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。










あれほど強風とそれに煽られた木の葉のざわめきがあったというのに今は驚くほど静寂に包まれている。

雷蔵は落ちた眼鏡を拾い、レンズに傷がついていないか確認してからそれをかけた、

雷蔵はため息をついてから周りをうかがい、地面に突っ伏してキョトンとしているナギに手を差し伸べる。


「なんだかなぁ」

「な、なにが「なんだかなぁ」なの! 脇腹打ってめっちゃ痛いんだけど!」

「いやほらまさかあんな風吹くと思わなかったし?」


立ち上がったナギは体中についた土埃を掃い落とすと後ろの龍の石像に寄り掛ろうと後ろに下がる・・・が、しかし彼女は石像のもとへ行く前に何かをゴリと踏みつける感触に違和感を覚えた。


「これなに?ロープ?」


彼女が手に取ったのは雨風にさらされてボロボロになっていた縄だった、それは白と黒と赤の3色がらせん状にねじれながら木々に結わえ付けられている物だったのだ。


「あれ?」

「どうかしたか?」

「龍の石像、消えてる」

「龍の石像どころか周り見てみろよ、なんっかだいぶ景色変わってるぜ」

「・・・・・・」


先ほどまで薄暗い雑木林だったというにもかかわらず、今二人がいる場所は開けた場所だ、それもただの広場ではない、少し離れた場所にはなんだか小さな森小屋のような物が点々と存在する。

ナギは目を丸くして下唇を噛んでその光景にパチクリとさせた、雷蔵も遠くへは行かずその場をうろうろしながら様子をうかがっている。

そして数秒経ってからナギは持ってきたリュックの中から懐中電灯を取り出し、それを思い切り雷蔵に投げつけた!


「ちょっとここどこ!?」

「もしかしてさっき俺が試してた異世界へ行く方法って奴が成功した?」


投げつけられた懐中電灯をパシッと受け取った雷蔵はそれをつけて嬉しそうに笑って言った。


「あの龍の石像の前で夜8時頃に電話をすると異世界の門が開くって噂話があったんだ、聞いたことない?」

「あるわけないしどうでもいい!!」

「つまんないやつだなぁ」

「アンタはつまるかもしれないけどこんな夜に全く知らない場所とかありえないでしょ!」


バッグを振り回し、その勢いで雷蔵の頭にそれを叩きつけた。


バン!!


バッグが頭に叩きつけられたと同時に2人をまばゆい光が包み込んだ。







「あれ?四之宮とナギは?」

「四之宮はともかくナギはお前と来るとばっかり思ってたんだけどなぁ」

神社裏の雑木林に集まったナギたちの友だちはいつまでたってもやってこない雷蔵とナギを探していた。


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