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幻想掌編集  作者: 百里芳
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虹色クジャクと北の森

 冬は青のモノトーン。

 北の森に向かうにつれて、白と薄青と濃紺の世界は、より一層彩度を下げて行きます。

 星の光が刺さりそうなほどに凍えた星空の下。積もった雪は音も色彩も覆い隠してしまい、まるで時間までも凍り付いているみたい。ただ森を目指して歩くラークとタイチが雪を踏む、むぎゅ、むぎゅという音だけが響いているだけです。

「なあ、火貸してくんね?」

 お尻の飾り羽根をふるん、と振り回してラークが振り返ります。

「禁煙してるんじゃなかったのか。メスのクジャクに嫌われるんだろ」

「それがさ、クジャク人にも大丈夫な匂いのが出たんだよ」

 嘴に細い煙草をくわえたラークは、得意げな顔です。

 タイチはしぶしぶといった感じで手に持っていたクラゲ取り網を地面に突き刺します。コートのボタンをはずすと、さらにその内側の上着の内ポケットからひしゃげたマッチの箱を取り出しました。から、から、と軽く振ってマッチが入っているのを確認してから、一本取り出し、しゅっ、とひと擦り。

 白と青の世界に、橙の差し色。

 マッチの灯りに照らされるラークの羽根は、葉っぱの一年間を閉じ込めたかのように、緑から青、青から赤へと色を移ろわせます。虹色に光るクジャク人の羽根は、森や海や空や、この世の美しいものをすべて束ねたような、いっとう綺麗なものとして尊ばれています。特にこのラークというクジャク人は、自分の羽根をそれは大切に扱っているのです。

 タイチはそっ、と煙草に火を差し出しました。

 嘴に咥えられた煙草の先が、呼吸に合わせて波打つように紅く光る。ぱち、ぱちと火花を飛ばしながら、無彩色の世界を光と匂いで塗りつぶしていきます。

「煙草吸うんだったら、火くらい持ち歩けよ」

「持ってるさ。でもそういう手先を細かく使う作業はニンゲンのほうが得意だろ。万一失敗してオレの羽根が燃えちまったらどうすんだ」

 ザクロにも似た甘い煙草の匂いが、ふたりの間を漂いました。煙草の火がぱちぱちとはぜる音の中、ふたりはまた無言で北の森に向かって歩き始めます。

 雪を踏む、むぎゅうむぎゅうという音。

 北の森の入口が近づくのにつれて、乾いた冷たい雪を踏みしめる音が深く深くなっていきます。

「その煙草、なんで火花散っているの?」

「葉の中にさ、蛇目石って宝石が砕いて混ぜてあるのさ。火がつくと爆ぜて甘い匂いがするんだ。面白いぜ、お前も吸うか?」

 タイチは大きなバックパックをしっかりと背負い直して、白い息を吐きました。

「知っているだろ、“捕まえ屋”に煙草は御法度だ。臭いが染み付いちゃったら、捕まえられるもんも捕まえらんないよ、それより――」

 手に持ったクラゲ取り網をしっかりと握り直してから。

「本当に大丈夫なんだよな。モグラ人の縄張りを荒らしたりなんかしたら、捕まえ屋として面目丸つぶれだよ」

「大丈夫だって。奴ら、リククラゲの中でも例外的にユキリククラゲだけは収穫しないんだ」

 ラークの吐く息は、ぱちりと火花を散らすとそのまま夜の青に溶けて行きます。すぱすぱ、ぱちりぱちりとしばらく煙草をのんでから、やっとタイチの怪訝そうな顔に気付いたのか、慌てて口を開きました。

「あれ、言ってなかったっけ? ユキリククラゲを食うと全身の毛という毛が光るんだ。モグラ人たちの奴、まぶしいのが苦手だろ。だから食わねえんだとさ」

 尾の飾り羽根を大きく扇に広げて、ラークは愉快そうに目を細めました。

「ユキリククラゲを食えば、俺のこの羽根、さぞ美しく光るんだろうなぁ! 来週の太陽神のお祭りで女の子にモテモテだぜ」

「……そんな話聞いてないぞ。僕はただ珍しいリククラゲが食べれるっていうからついてきただけだ」

「まあ、そういうなよ。俺の羽根の手じゃ上手に収穫できるか分からねえんだ。『迷い鼠から魔物まで、なあんでも捕まえますの捕まえ屋』だろ? 頼りにしてるぜ」

 ラークの調子の良い物言いに、タイチはため息だけで返事をしました。


 ふたりが北の森に入ってしばらく進むと、白いぼんやりとした光が見えてきました。

 暗い森に、雪玉のような淡い光。ヒトの背丈ほどの高さに、それこそヒトの頭と同じくらいの光の玉がふわふわと無数に並んでいます。朝日に照らされた雲を真横から見たらこんな感じになるかもしれないな、とタイチはぼんやりと考えました。ぼんやりとしか考えられないほどに、その光景は今までに見たことが無いようなものだったのです。

 木の肌は薄明かりに照らされて本来の荒々しい茶色を露わにし、艶やかに煌めくのは常緑の葉。

 ほろりと落ちる咥え煙草の灰――ぱちり、とひとつ火花を散らして。

それからしばらくの間、ふたりはまるで音も立てず、ただじっとその光景を見ていました。

「……これが、ユキリククラゲ、だな。辞典爺さんに聞いた通りだ」

 リククラゲは、「クラゲ」と名前がついていますが、その実、きのこに近い生き物だといわれています。

 細い足を地面から生やして、ヒトの背丈ほどの高さに笠がふわふわと浮かばせる様子は、まるでクラゲが水の中を泳いでいるよう。足を切り離すと空へ空へと浮かんでいってしまうので収穫には注意が必要です。

「特にこのユキリククラゲは雪に根を張るからな、繊細に扱わなきゃいけないんだ。雪が崩れたらすぐに飛んでっちまう」

「……って辞典爺さんが言ってたんだろ。受け売りを自分の知識のように話すのをやめなよ」

 タイチはぶつくさといいながらも、リククラゲ収穫の準備を始めます。手に持っていたクラゲ取り網はおそらく使えません。予想以上にユキリククラゲが大きかったからです。すばやく、でも静かに周囲の雪をふみかためると、ナップザックの中から少し大きめの投げ網を取り出します。

 手近に生えていた、まだ若いリククラゲ――成熟したリククラゲを収穫しないのはモグラ人たちの間では常識です。捕まえ屋もそれくらいは知っています――にふわりと網をかぶせます。網が笠全体をしっかり覆っていることを確認したら、小さなナイフで足の根元を地面ごと掘り返す。それだけです。

 リククラゲを手放さないように掴んだまま金具つきの袋につめて、しっかりと口を結わえて閉じます。そしてバックパックに付いている金具と繋げば、飛んでいってしまう心配もありません。笠の真ん中にナイフを突き立てて、きちんとガス抜きをすれば浮いてしまうこともなくなるのですが、鮮度が落ちてしまうため食べる直前にガスを抜かなければなりません。これまた常識です。

これくらいの浮力なら、もうふたつかみっつはもって帰れるな、タイチはそう考えながら次のクラゲ収穫のために網を広げました。

「さすがの手際だな。これならあっという間に収穫が終わっちまう」

「……来るのにかかった時間に対して、収穫の時間が短すぎるよね。新鮮なうちに一個くらい食べちゃおうか」

 それからは早いものでした。

 あっという間によっつのユキリククラゲを収穫して、そのうちみっつを袋に入れてナップザックにつなげます。

 残りのひとつのリククラゲはそのまま網に入れておいて、地面に繋いでおきます。

 タイチはバックパックから小さなコンロ、スタンドと金網を取り出して、平らにならした雪の上に設置していきました。

 ラークはその間、足で器用に雪を集め固めて即席の椅子を作ります。

 煙草を灯けるのに使ったひしゃげた箱のマッチ。タイチは再び懐から取り出すと、から、からと振り中身があるのを確かめてから、取り出して、ひと擦り。

 マッチの小さな火を保ったまま、さっとコンロに近づけ、ガスの量を調節しながら橙の火を青く灯しました。

 ユキリククラゲを手元に引き寄せると、真ん中にナイフを突き刺します。すると、ふしゅうと間抜けな音がしてガスが抜けていきました。タイチは小さくしぼんだ笠を、そのまま適当に裂いて網にのせていきます。

 じくじく、じいじい。

 青い炎にあぶられたリククラゲは、切り口を透明なスープでいっぱいにしています。

 ぽたり、ぽたり、と旨味の雫を垂らす切身に、タイチはさっとハーブソルトを振りかけました。リククラゲ用に特別にブレンドした、自慢の一品です。

 リククラゲの照明と、雪化粧の反射板。

 真っ白の世界が、ただハーブとリククラゲの匂いに彩られています。

 ラークとタイチは、おたがいなにもしゃべらずに、じっとリククラゲが焼けるのだけを待っていました。

 光のゆらめきの、火のはぜるおとの、ただその心地よいゆらぎに身をまかせていました。


「焼けたかな」

「たぶんね」

 ふたりは、持っている折り畳みナイフを取り出すと、ぱちんと開きました。気休め程度に服の裾で拭ってから、網の上のリククラゲの程よく焼けてそうなのに突き刺して、そのまま口へ。

 口を切らないように、歯で、嘴で慎重にリククラゲだけをくわえて、ナイフだけを引き抜きます。

 ひとつ食べ終わったら、さらにひとつ、もうひとつ。

 次々にナイフで突き刺しては口へと運びます。

「旨いな」

「そうだね」

 ヒトの頭ほどもあったユキリククラゲは、あっという間になくなってしまいました。

 ハーブの香りがするため息を、ふうとひとはき。

「おい、お前」

 ラークがぽつりとつぶやきます。

「髪の毛、光ってるぞ」

 そういいながらも、ラークは自分の羽根が光っているのを確かめながら満足そうに眼を細めています。

 ばさり、と飾り羽根を広げて。

「見ろよ、俺の羽根。はははっ、美しかろう」

 ラークの羽根は、夕暮れの空のように淡く、しかしはっきりと輝いています。一色にとどまることなく、赤紫に、黄に、蒼に。ふわりと羽根を翻すたびに、さまざまに色を変えます。冬の北の森のラークの周りにだけ、春と夏と秋がいっぺんに来たようでした。

 タイチも自分の腕を見ると、産毛がうっすらと光っているのがわかりました。さっきからちかちかとまぶしい感じがするのは、きっと睫毛が光っているからでしょう。

「うはははっ。俺ちょっと飛んでくる」

 ばさりと羽根を翻し、足元の雪を巻き上げて、ラークは飛び立ちました。

 と、その時です。

 雪がきしむ音がして、地面がぐらりと揺れます。

 ふたりが踏み荒らしたせいなのか、コンロの熱のせいなのか――

 ラークとタイチの周りに生えていたユキリククラゲが、雪の鎖を断ち切って宙へ浮かびあがりました。

 十、二十の光の玉が一度に宙に浮かぶのを、タイチには止めるすべがありません。

 ゆるやかに星空を目指すユキリククラゲ。

 それにたわむれながら輝きながら飛ぶラークは、まるで太陽神様の使いだな、とタイチはぽかんと口を開けて眺めていました。


 虹色に輝く鳥と、白い光の玉は、ハーブの匂いをさせたままゆっくりと静かに夜空を泳いでいました。

http://hkmnsk7.tumblr.com/7index.html

覆面企画7参加作品です。

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