あとがき
あの批評文を読んでからどれくらい経っただろう。
私は今も素人作家として日夜、頭を抱え、ペンを走らせ、バイトへ行き、という生活を送っている。
未だ世に私の名前が知れること無く、いや、実は知れかけたところまでは行ったのだ。そう、私は一度売れかけたのだ。
批評文を読み終えた直後から書き始めた作品が、とある三流雑誌に連載が決まり、それがなかなかの好評で書籍化され、どの本屋へ行っても必ず私の本がある、といい感じに進んだのだ。まぁその本はたいして売れなかったが、本屋に自分の書いた本がある、というのは素人作家からしてみれば涙を流して歓喜するくらいのことであり私も田舎のおふくろに…いや、実は田舎には連絡はしていない。何故か?書いた本があまりにも低俗だからだ。
あの雀が助言してくれた通りに私は自らの頭にある全てを偽りなく正直に書いた。そうしたらどうだろう。これこそ健全な老若男女が目を覆いたくなるような作品が出来上がってしまったのだ。言葉遣い、思想、執念、性、その全てがグチョグチョに混ざり合い、まるで私という人間をすり潰して原稿用紙に塗りたくったかのように、書き上げた原稿用紙からは強烈な生臭い人間臭、私の匂いがこみ上げてるように思えた。書き上げてそれを見直した直後は「なんてヒドい作品だ。これが本当に良いと思うのか」と自分自身と雀に心の中で訴えた。しかし意味は違えどこんなに強烈な作品は今まで書けた試しがなかったので一応駄目元で色々な雑誌社に持ち込んだところ、その三流雑誌社が「これいいね」と気に入ってくれたということだ。
その雑誌社の担当曰く「この酷い人間臭さが作品にリアル感を出してくれてる。人間が目を背ける人間の本能がイヤと言う程詰まっている」と賞賛してくれた。
ちなみにその本のあらすじは、ある浮浪者と普通のサラリーマンが1人の女性を奪い合うというものであり…いや、この話はもうよそう。
「まぁ売り上げはこんなもんでしょう。まだ駆け出しの作家ですから。次回作が勝負ですよ。頑張りましょう」と担当者は私を励ましてくれたが私は別に売れなかったことにショックは受けていない。頭の隅のほうで「売れなくてよかった」とさえ思っている。あんな汚らしい作品を私は私の作品と認めたくなかったのだ。確かに連載が決まったとき、書籍化が決まったときは本当に嬉しかった。しかし出来上がった作品を見返すとやはり私の目指すものと全く真逆のものなのだ。
私の目指すもの…美しい文学。
美しいものは必ずしも清潔とは限らない、と雀は書いていた。確かにその通りだ。
しかし、あの汚れた作品のようなものは二度と作りたくない。
私は悩んだ。
悩み抜いた結果、私は以前の作風で挑むことにした。そう、雀から酷評されたあのスタイルだ。
確かに不潔な作品かもしれない。私になんかスマートな作品なんて一生出来ないかもしれない。
しかしだ。やり続ければ何かが起こるかもしれないじゃないか。
私は担当者に自らの悩み、そして出した結論を打ち明けた。
「作風が変わるのは…まぁでもやってみますか?私も出来る限り協力しますよ」と渋々了承してくれた。そこから私は担当者のダメだしを喰らいながら新たな作品を書き続けている。
最後に「もし私が今、あの雀に手紙を書くとしたら」ということで色々書いてみたのでそれにてこの物語を終了しようと思う。
あの時の雀へ
批評文ありがとう。参考になった。
君の言うことはもっともだ。私は無謀な挑戦をしていたのだろう。
しかし私は諦めぬ。このまま突き進んでやろうと思ってる。売れなくても構わない。君に罵倒されても構わない。
ただ私は私の書きたいものを正直に書くつもりなのだ。
人間というのはそういう生き物なのだ。自らの信念をどんなに都合が悪くても突き通さなくては真の幸福を得られぬのだ。我らの文化が発達したのもそういう人間特有の性質のおかげなのだ。
最後に。
君には本当に感謝している。是非今後も私の行く末を見守って欲しい。
私は君に人間の意地を見せてやろうと思っているのだ。
我が信念の尊さを、力強さを、そして儚さを、是非見て欲しい。
そして私がくたばった時にどういう顔をしてるか見て欲しい。
信念を貫いた人間の結末ほど美しいものはないはずだ。
完