雀の手紙
お久しぶりです。あの時の雀です。
あなたの作品を拝見させていただきました。そしてあなたの作品を見て私も色々思う所があったのでこうやってお手紙を書いてみました。
まずはじめに、あなたってば数日前に例の「フン事件」の現場にいらしたでしょう?
私もあの時その近くにいたのですよ。もっと言えばあなたと目が合いましたよ。
そして私はすぐにわかりましたよ。きっとあの時の仕返しに来たんだわって。
だってあなたはフンを落とされた場所に突っ立って、あの時私がとまってた電線を見上げてなんだが悔しそうな顔をしてらしたもの。よほど悔しかったのでしょうね。すごい顔でしたわ。太陽が眩しかったのかしら?いいえ、あの時はちょうど曇り空で太陽は分厚い灰色の雲で覆われていたんだから…やっぱりフンを落とされたのが悔しく悔しくて、そしてそれを思い出してあんな顔をしてらっしゃったのね。
あら、ごめんなさい。でも言わせてください。いや、あとで書きますわ。ごめんなさいね。
そしてあなたは辺りをキョロキョロ見回してましたね。私はわかってましたよ。きっと私を探してるんだわって。
実はあの時、私はあなたがいたところより少し離れた電柱にいましたの。そう、あの電柱に。もうあなたもお気づきになりましたでしょう。そうそうあの時のあの電柱にいたのが私です。あなたったら私をじーっと見て、アラ、気づかれたかしら…なんてヒヤッとしましたが、やっぱり無理だったようで首をゆっくりかしげてどこかへ行っちゃいましたね。
私はわかってましたよ。雀の見分けがつかなくて困ってらっしゃるわって。
でもひとつわからないことがありました。それはあなたが持っていた紙です。のちにそれがあなたの立派な「作品」だったと判明したのですがその時は全くわかりませんでした。なので失礼極まることと承知の上であなたを尾行しました。あなたが私に何をしようとしたのか。そしてあの手に持った紙はなんなのだろうか。全てを解き明かすには尾行が一番だと誰かが言ってた気がします。(誰が言ってたかご存知ですか?もし知っていたら教えてください。私はうっかり忘れちゃいましたの。)
そしてあなたの家を突き止め、あなたの名前を知ることが出来ました。
あの紙の正体があなたの「作品」であったこと。そしてその内容が私たちへの怒りに満ちていたことも判明しました。
どうして作品の内容がわかったのかって?あなたの作業机、そうあの机ですよ。あの机は外から丸見えなのです。ほら近くに窓がありますでしょう?あなたったら机の上に作品を放ってしまうんですもの。そら、外からでも読むことが出来ましたわ。でも外からだと読みづらい箇所がありましたし(あなたの書いた字が…その…あまり達者じゃなかったので)そこであなたの居ない間に窓を開けさせていただきました。そして勝手にお邪魔しました。入った私も悪いですが施錠を行ってなかったあなたにも落ち度があるはずです。私はあなたの部屋でじっくりあなたの作品を拝見させていただきました。
ある作品をその作者の家で読む…これは実に素晴らしいものです。
「あのどこか陰気臭い作品はこのジメーっとしたこの部屋で生まれたのかしら。」
「こんな汚い部屋でよく人間様なんて言えるわね…おや辞書が開きっぱなし。あらあら「し」のページですわ…「失敬千万」の意味でも見てたのかしら?オホホ。あらヤダ。本当にあったわ、失敬千万に線が引かれてるわ。結局は辞書を見ないとあの四字熟語を使えない作者なのかしらね。やれやれ。」
と、作業風景が目に浮かんできてますます作品にのめり込んでしまいましたわ。これを世間では「ファンになった」と言うのでしょうか?
そして私はいいことを思いついたのです。
「この作品にお手紙を書こう。1人のファンとして、いや1羽のファンとして。」
そうして私は手土産に持ってきたビー玉を、あなたの部屋に勝手に入ったことへのお詫びの品をして置いて巣へ帰りました。
巣へ帰ってすぐに手紙を書き始めました。そしてあっという間に書き上げてしまいました。自分でもびっくりするくらいスラスラとペンが進むのです。いつもなら何て書こうかしら、と悩んで書いてはすぐ消して、の繰り返しなのですが、今回はそうじゃありませんでした。本当に楽しい気持ちで書き上げてしまったのです。
どうしてこんなに楽しいのでしょうか?それはあなたの作品に私の創作意欲を刺激されたからでしょう。創作意欲というのはある素晴らしい作品に出会った時に電気が走ったかのように刺激されるのですが今回はそうではないのです。必ずしも素晴らしい作品が創作意欲を刺激してくれるわけではありません。駄作に出会ったときも刺激されるのです。「こりゃヘタクソだなぁ、私ならこうするのになぁ」なんて色々考えているうちに「それじゃあやってみるか」となることがあります。その場合は電気のような刺激ではなく、なんだか徐々に熱されてくるのですね。「創作意欲」と言う名の臓器があるとしたなら、その臓器の周辺がだんだん熱くなってきてある地点に達した時に臓器自体に火をつけるのです。
正直あなたの作品は駄作です。正直に言ってあげた方がその人の為です。別にイジワルで言ってるわけではありません。勘違いなさらないで。あら、ここで怒って読むのをやめてしまってはあなたは一生文学の世界で名を上げることは出来ないでしょう。私の言うことをちゃんと聞いて欲しいのです。たかが雀の、だなんて言わないで。雀にだって文学の善し悪しくらいわかりますわ。(ついでに言わせてください。ルビなんて振ってもらわなくても結構よ。)ファンのこういう声をしっかり受け止め次回作に活かして欲しいのです。
そうそう、私の話でしたわね。あなたへのお説教みたいになってしまいましたわ。ごめんなさい、気を悪くしてしまいましたか?
あなたの作品によって創作意欲に火をつけられた私はあなたへの手紙を早々と書き終えると別の原稿用紙を用意してそこにあなたの作品に対する批評文まで書いちゃったのです。物を書くということがこんなにも楽しいことだなんてどうして今まで気づかなかったのでしょう。
ここまで来るのにすごく長くなってしまってごめんなさい。
ということでここからが本番です。
今までのはただの「お手紙」
ここからはあなたの作品への批評文。
そうだ。私の批評文を読む前にここで少し休憩を入れてはいかが?ここからも長くなりますわ。
ここまで色々あなたも疲れたでしょう?ねぇ?
私は原稿用紙を封筒へしまった。
喉のつっかえる感じがした。
この手紙の随所随所に存在する私への完全なる悪意がどれもこれも繊細な私には十分な程、効いたのだ。ふと気を緩めれば涙が出てしまいそうだった。
「続きを…読まなくては…」
しかし、しかしだ。
満身創痍のこの体で続きを読めばどうなるか。あの手紙に確かに存在した女性特有のネバネバした、粘着質な、執拗な、そんな悪意満載の雀の批評文を…。
まぁ雀の書いた批評文なんか読まずに捨ててやっても良いだろう。しかしここで逃げるのはどうだろうか?まだこの段階では私は白旗を振ってはいない。振りそうになる手を必死に抑えてる状況だ。そうだ、逃げるにはまだ早い。負けたら逃げれば良い。決着はまだついていない。かなり劣勢だが…相手は雀だ。そうただの雀だ。
「奴の批評文を読んでやろう。そしてそれを私がコテンパンに批評してやろう」
既に満身創痍の我が身を考えれば、もう勝ち方にこだわってる余裕は無い。這いつくばってでも、泣きべそかいても、勝てば良いのだ。結果が全てなのだ。
私は奴の批評文の汚点を洗いざらい挙げて、それを武器として盾として、そして奴に挑もうと決断した。つまり批評文の批評文!これぞ文学者の喧嘩!
そうと決まればまずは休息だ。今のままじゃロクな批評が出来ぬ。
私はベッドに覆い被さるように倒れた。
目を瞑ると奴の手紙の内容が、私への攻撃の一文が……辞書……字がヘタクソ…クッソタレめ…。
そうして3時間後。
休息は十分である。奴の批評文の悪い所を随時メモするためメモ帳を用意した。
準備万全。さぁ覚悟を決めよう。これは文学者として、人間として、絶対に勝たなくてはならない。
私は雀の「批評文」を読み始めた。