その後
「動物とのふれあい」を書き終えた私はアツくなっていた。
雀への怒りが再燃したのである。怒りが沸々と沸き上がってくる。
さて、どうしてやろうか。色々考えた。人道に反するような残虐な方法を思いついたが即却下である。下品だからだ。復讐は美しくあるべきだ、と自らに言い聞かせる。あるひとつの妙案が浮かんだ。
「そうだ!この作品をあの雀に見せてやろう!」
あの日の出来事を綴ったこの傑作を憎き雀野郎に見せつければ奴らは自らの行いを猛烈に反省し、人間にしか出来ない、文字だけで様々な世界を作り出す「文学」と言うものに衝撃を受け「こいつは凄い…文字を読むだけで頭の中にその情景が目に浮かぶ!こんなこと俺たちには出来ない!人間は偉大だ!人間様万歳!」と雀達は惜しみない拍手を私に浴びせてくるだろう。
こんな素晴らしい復讐を思いついた自分自身を讃え、復讐を遂げた後のことまで考えた。
「猛烈に反省する雀達に最後、なんと声をかけようか。最後はカッコ良く決めたいものだ。私の偉大さを彼らに印象づけるカッコいい一言…うーん…悩むなぁ。」あーだこーだ考えつつも、書き上げた作品を別の紙に清書して(もちろん漢字にはルビを振ってあげた)早速あの雀がいた所へ向かった。
向かう途中は脳内で綿密なリハーサルを行った。
私にフンを落とした雀達が道路で遊んでいる。私は「おい」と声をかける。彼らは一斉にこちらを向き、きょとんとするだろう。そして私の傑作が書かれた原稿用紙を彼らの前に投げる。「とりあえず読みたまえ。ルビは振ってある。ルビとは振り仮名のことだ。」と感情を出さず淡々と話すのだ。少し小声を意識しよう。大声は下品だ。
そして3羽の雀達は原稿用紙の前に体を寄せ合いながら我が傑作を読み始める。そして読み終えた雀達は私の足下までチョンチョンと跳ねながらやってくる。
「大変素晴らしい作品でした。文字のみでこんな素晴らしい世界を創ることが出来るなんて…ああ、それは置いといて、あの時は本当に申し訳ございませんでした。こんな立派なお方にあのようなことをしてしまうとは私どもはなんと愚かでしょう。どうぞ殺してください。この罪は私どもの粗末な命を以てしても償えないかもしれませんが…どうか、どうか!私たちにはこうするしかないのです!」
3羽の雀達は目に涙を浮かべながら何度も何度も頭を下げた。
そこで私はどうするか。もちろん殺したりなんかは絶対しない。何故なら私は高貴な人間だからだ。
私は頭を下げ続ける雀達にこう言ってやるのだ。
「もうおよしなさい、可愛い雀達よ。顔をあげなさい。私はもう怒ってなんかいないよ。私は猛烈に感動しているのです。私たち人間が使うことわざの中で「雀の涙」というのがある。「ほんの僅か」という意味だが、私は今あなた方の涙を見て気づいたことがある。確かに人間の涙に比べれば君たちの涙は小粒だ。しかし人間の涙よりも美しいのです。小さいから美しいという簡単なことじゃありませんよ。あなた方の流した涙にはあなた方の気持ちが詰まっているのです。その気持ちというのは、後悔なのかもしれません。恐怖かもしれません。苦しみかもしれません。まぁそれはどうでもいいのです。その涙に詰まった気持ちが美しいのです。なんの邪心も感じられない素直な、純粋な、無垢な、そんなあなた達の気持ちが美しいのです。残念ながら人間の涙はそうじゃありません。涙の裏にはとんでもないものが隠されてたり、その涙自体が嘘だったりするのです。赤ん坊の涙も大人に比べたら綺麗かもしれませんが、あれは別物なんです。何も詰まってない涙なのです。綺麗は綺麗ですが、深みの無い光を放っているので私はあまり好きではありません。話が逸れちゃいましたね。私の悪い癖です。申し訳ない。
私はあなた方を許します。あなた方は美しい。誰が言い始めたかわかりませんが雀の涙なんてよく言ったもんです。こりゃ宝石じゃないですか。ええ、もういいんですよ。私も自分の作品を褒められて嬉しいんですよ。エヘヘ、文学ってのは良いもんだね。うん?そう、文学。文字のみで世界を創り上げることだよ。君たちがさっき読んだアレも文学と言うものだ。まぁ私なんかまだまだなんだよ。世界には様々な文学があるんだよ。えっ、サインかい?いいよいいよ書いてあげよう。よしこの原稿用紙に書いてあげよう。うん?ああ是非持って帰ってじっくり読んでみたまえ。それにしても私みたいな素人作家のサインを欲しがるなんて、まぁ後々価値が出てくるかもしれないがね。なんちゃって。アハハ。あらあら雀達がたくさんやってきたね。こりゃサイン会の始まりだ。」
病的な程に壮大な妄想を、いやこれは綿密な脳内リハーサルだ。とにかく脳内リハーサルは完璧だ。
「フフフ…これを見て反省するがいい。そして私の目の前で可愛らしく頭を下げるがいい。」と雀の土下座を想像し、しかしその可愛らしさに胸がキュンとなってしまい、フフッと小さく笑いをこぼしてしまった。
私が向かうは例のフン事件の現場。
右手には傑作、頭には綿密な作戦、リハーサル、サイン会…。
無敵である。
さてあのフン事件の現場へ着いた。フンを落とされた場所に立ち、あの日、雀が止まっていた電線を見上げた。そのまま目を瞑り、深呼吸を行った。忌々しい記憶がうっすらよみがえってくる。
ゆっくり目を開く。さて始めよう。
だが、ここで大きな問題が。
あの綿密な脳内リハーサルでも予期出来なかった問題である。
「どの雀に見せればいいのか」
辺りを見回すと雀なんてそこら中にいる。雀なんてどれも同じに見えるじゃないか。現に向こうの電柱に止まってる雀を見ても、あの時の雀か否か全くわからない。あの時の雀を探し出すにはステキな特殊能力が無い限り不可能だ。
嗚呼、私は馬鹿者だ!灯台下暗し!
私の悪い癖だ!先のことばかりに気を取られ、初歩的なところでいつも失敗してしまう。今回の脳内リハーサルも雀を探すという肝心な作業をすっ飛ばしてしまってるじゃないか。何がサイン会だ!馬鹿野郎!「サインペンを持ってきておいてよかった」なんて言ってる場合じゃないぞ!潜在的に常に「自分をカッコ良くしよう」と意識するからこんなことになるんだ。よくもまぁ綿密なリハーサルなんて言ったもんだ!ただの妄想じゃないか!病的に壮大な妄想!
私は私を罵倒した。
いや、反省をした。すでに雀への怒りを凌ぐ程の「自らに対する怒り」が私の体を駆け巡っている。道中で考えてたあのステキなサイン会も水の泡…というよりそもそも雀を見つけることが出来て作品を見せてもサイン会なんて本当に起こるかどうかも疑問だが私はそこに着眼することもせず、もう一度あの電線を見上げた。ああ、腹が立つ。もう何に腹立ててるのか自分でもよくわかってなかった。
私の「雀の土下座を見たい作戦」は大失敗であった。
家に帰り清書した作品とサインペンを机に放り、色々考えた。
色々考えてるうちに飽きてしまい別のことをやり始めた。何を考えてたのか忘れてしまったが、もう雀なんてどうでもよかったのだ。
数日後、家の玄関の前に封筒が落ちていた。
封筒の表には私の名前が書かれていた。私へ宛てたものだろう。
送り主の名前と住所は書いてない。封筒の裏にただ一言「あの時の雀より」と大変綺麗な字で書かれていた。
心底驚いた。あまりの驚きで一瞬、心臓が爆発したのではと思うくらい大きく打った。
色々考えた。色々考えたが色々考えすぎてゴチャゴチャになってしまった。私は複雑に物事を考えることが苦手なのだ。
とにかく読んでみたら全てがわかるだろうと思い部屋へ戻り早速封筒を開けた。
中には文字がビシッと書き詰められた原稿用紙が数枚が入っていた。胸の鼓動の音が耳まで響いてくる。手も少し震えている。正座をし、背筋を伸ばし、大きく息を吸い、そしてゆっくり吐き、手の汗をズボンで拭って、原稿用紙を両手で持ち、さっそく読み始めた。
さて、雀は何を書いたのか。
ここからは雀に貰ったこの原稿用紙の中身をそのまま書いていこうと思う。先に言っておく。これを読んだ私は完全に打ち負かされたのだ。5歳児に論破されたような、非常に悔しく、自らを殺してしまいたいくらいの気持ちになったのだ。雀だからと侮ってはいけない。彼らも…いや、彼女らもまた私たち人間と同じように「自我」と「誇り」を持って生きているのだ。