無関心よりも警戒心
突然ですが、どうやらここ、乙女ゲームの世界らしいです。
初めまして、ぼくは佐伯 悠里。どこにでもいる、普通の高校二年生です。
え? 乙女ゲームだとか言っている時点で普通ではない?
ご心配なく。それを言い出したのは、目の前にいる自称、乙女ゲームのヒロイン、昨日、転入して来た愛野 姫さんです。
放課後、下駄箱に入っていた手紙で、教室に呼び出されたのです。そうして来てみれば、彼女は向かい合う形で席に座り、
「悠里君、信じられないかもしれないけど、本当のことなの。ここは【トキメキ♥スクールlove】、略して【トキラブ】の世界で、わたしがヒロイン。悠里君はサポートキャラで、イベントで重要な役を持ってるんだよ」
と言う内容のお話をした訳です。
正直、簡単に信じられるものではありません。が、彼女の真剣な眼差しは嘘を言っている様にも見えませんでした。
何より、ぼくにはその、乙女ゲームの攻略対象みたいな人達に覚えがあります。それはもう、幼なじみな上、なぜか異様に懐かれているので、覚えがあると言えばあるのです。
ついでに昨日、愛野さんとまるで、どこぞの少女マンガ並の出会いをした、と世間話として聞いています。それはさておき……、
「そうだとしても、彼等が愛野さんと恋愛に発展する可能性は低いと思いますよ? 知っていると思いますが、彼等は同性愛者で既に相手がいます。皆さん、貴方のことは可愛い子だとか変な子だとか言っていましたけれど、それだけでしたからね」
思い返したぼくの返答に、彼女は言葉に詰まり、唐突に瞳を潤ませました。
その表情はとても心細げで、上目遣いに見上げてくる大きな瞳は、とても加護欲をそそります。
乙女ゲームのヒロインだけあり、とても可愛らしい容姿をしています。
セミロングの茶髪に、零れ落ちそうなエメラルドの瞳。体型はまさにモデル体型で、仕草もとても女の子らしいのです。まるで、お人形さんの様でしょう。
「悠里君、お願い。わたしを助けて。わたし、どうしても、みんなと恋愛したいの。みんなに、わたしだけを見て欲しい……。悠里君だけが頼りなの」
なので、こんな風に頼られると、手を貸してあげたくなるのでしょう。
それはさておき、
「嫌です」
「……え?」
いえ、ぼくの方が“え?”だと思います。いくら何でも、無茶苦茶でしょう。
「“嫌”? ……え? な、なんで?」
「寧ろ、ぼくの方が“なんで?”、です。貴方の逆ハーレムを手伝っても、ぼくには何の得もありませんよね? て言うか、先程は低いと言いましたけれど、絶対に有り得ないです。いえ、有り得たら個人的に許せません。あの五組の同姓カップルが成立するまで、悉くサポートをする羽目になったぼくが、どんなに苦労したと思っているのですか? 本人達は素直になれない上、周囲の説得も必要でしたし、少し目を離すだけで話が拗れて、あの十人がようやく落ち着いてくれたのが、高校入学直前でした。今日までの間も、少しのすれ違いで両方から相談が来るし、いっそうのこと、別れて絶縁してくれた方が、ぼくの苦労がかなり減る気はしますが、それではこの十七年間の意味がなくなりますし、周囲への説明も面倒ですから。しかも、貴方との逆ハーレムなど成立させたら、さらに話がややこしく、面倒になるのが見えています。なので、お断りします。ついでに、ぼくが引き受ける根拠が、美少女だから、などと言うものならば、他を当たって下さい。そう言うのに惑わされた挙げ句、あんな十七年間を過ごしたのです。それに、容姿も性格も、貴方より彼等の方が断然、可愛いですから」
そうです。ですから、愛野さんの可愛さに、また相手が愛野さんを気に入ったのかも、だとか、愛野さんに相手を取られるかも、だとか言い出しやがった奴等を、昨日からお説教する羽目になったのです。
ぼくに言うのではなく、その相手に直接ぶちまければいいと言うのに、あの馬鹿共は相も変わらず、何かあればぼくの元へやってくるのです。
甘やかしているぼくも悪いですが、あんな風に甘えられては、幼少期からずっと面倒を見ていたせいもあり、上手く突き放せないのです。それに、少しの変化も嫌でも気付いてしまい、心配になってしまいます。
「と、言う訳で、ぼくは失礼させて貰いますね」
ぽかんとしている彼女を残し、ぼくは席を立ってドアへと歩みます。
「あ! ま、待って!! まだ話はーー」
「生憎、貴方の電波なお話をゆっくり聞ける程、ぼくは暇ではありませんし、親切でもありません。それと、彼等の中を邪魔する場合、ぼくは全力で貴方を排除するので、覚悟をして置いて下さいね。また明日です、愛野さん」
何かを言おうとした彼女に、ぼくは禄に取り合うことなく、一方的に告げてドアを閉めたのでした。
さて、今日もバイトをして、帰るとしましょう……。
遠ざかっていく足音。たった一人の教室の中、立ち上がっていたわたしは、心の中を取り巻く感情に、思わず笑みを溢れさせながら、窓の向こうに広がる夕日を見つめた。
「やっぱり、悠里君ってわたしの理想だわ……」
パラレルとして描かれた、乙女ゲームとBLゲームが、混合して存在しているこの世界。
中等部編であるBLゲームでは、主人公は彼、佐伯 悠里君。攻略対象は幼なじみ十人。
五組ある受けと攻めのカップリング。
乙女ゲーム攻略対象一人ずつに専用のライバルがいる様に、攻略する相手に用意された相手役が、ライバルとして邪魔して来る仕組み。
両方攻略すれば、そのカップルをくっつけるルートが現れ、全員攻略すると五組のカップルをくっつける、大団円ルートが現れる。
所謂、サポートルートと呼ばれるそれは、普通の攻略ルートよりも何倍も難しく、一組くっつけるのも大変なのに、五組も同時になど無理ゲー過ぎる、と言うのがプレイした腐女子気味の友達からの感想だった。
ノーマルだったわたしは、高等部編の乙女ゲームをやっていたが、攻略対象達のキャラがイマイチだとずっと思っていた。
て言うか、理想がさっきも言った様に、サポートキャラである悠里君だった訳で、なぜ、悠里君ルートがないのかと歎いた程だ。
だから、どういう訳かヒロインに転生してしまった今、悠里君を現実でゲットする決意をしたわたしは、まずは邪魔になるであろう本来の攻略対象達と接触を計った。
親友から聞かされていた、出会いイベントを再現しようとしたが、結果は惨敗。十人揃って、ゲームの様な好奇心を働かせず、ましてや何だか接触を避ける様な態度だった。
ま、後で聞いた噂で、悠里君が大団円ルートをクリアしていることを知って、なら余程の奇跡がない限り、わたしと恋愛に発展する確率はないと、悠里君攻略に集中すると決めたのは、ゲーム開始の昨日のことだ。
なのに、なんでこんな警戒される様な真似したのか、って?
あぁ言って置くけど、断られるのは計画通りだ。
彼の性格上、これが1stステップとして、一番効率が良いと思ったから。
世話焼きで加護欲が強く、身内の為に我が身を犠牲に出来る彼。
わたしが彼等の仲をダメにしようとしていると分かった以上、悠里君はわたしと彼等の接触を避ける為、わたしを監視することになる。
わたしが彼等とどうしても接触する時、出来るだけ関係を深めさせない為、自分がわたしの相手を引き受けようとする。
そうして、わたしにずっと振り回される羽目になった悠里君を、わたしは一年掛けてゆっくり攻略していくのだ。
と言う訳で、無関心より警戒心を持たれて、注意を引く方が何倍も良い。
さて、明日からわたしを警戒する悠里君との、楽しい恋愛が始まる。
わたしはさっさと家に帰って、計画の確認をするとしよ、っと!
席を立ったわたしは、無意識に弾んでしまう足取りで踏み出したのだった。