Nebelの意味
あの、7周年イベントが終了して1週間。
通常営業に戻った、店内はいつも通りの1日だ。
お店の入り口のドアが開き、若い男性客が一人入ってきた。
「いらっしゃいませ。」と俺が言うと
「どーも。…なるほど…な。」と、カウンターに座って俺の事をみながら、笑顔で
「すみません。ユウって、今日出勤ます?」と話かけてきた。
「ユウですか? 今呼んできますね。」と俺が言った途端
「あーっ!久しぶりだよな?やっと落ち着いたんだ。シオンくん。」と、ユウがキッチンから出てきた。
「あのなぁ。俺の方が年上だし、客だろ? 敬語使えよ。」と、
シオンくん と呼ばれた男性客は、被っていた帽子を脱いだ。
「いいじゃん。『同じ趣味だから仲良くしよう』って、言ったのシオンくんだろ?
ドリンクは、いつものヤツでいいの?」と、オーダーのモメを胸ポケットから取り出した。
「あぁ。よろしく。…で。俺としては、マサヤさんとも、少し喋りたいんだけど?」と、
キッチンへ戻ろうとした俺は、引き止められてしまった。
「そーですか。じゃあ、おれはカクテルでも、作って来るよ。マサヤさんよろしく。」と、俺の背中をぐいっと押すと、キッチンへ戻っていった。
「はじめまして。シオンさんって、ユウと仲いいんですね?」と聞くと
「俺からすると、はじめましてじゃないんですけど…ね。それと…シオン でいいですよ??
俺の方が完全に年下ですし。」と、言ってニコリと笑った顔は少し幼さがあった。
「俺、マサヤさんと同じ業界の人間なんですよ。」と、シオンくんが言い終わるタイミングで、
「おまたせしました…"いつもの"ファジー・ネーブルです。」とユウがカクテルを差し出した。
「"いつもの"って強調しすぎだろ。俺が酒弱いの気にしてること、知ってるだろ??」と、シオンくんは苦笑いをした。
【それにしても、"ネーブル"に反応しすぎだろ。
"ネーベル"って、なんだっけ…思い出せそうなんだよな。】
なんて、
頭の中は1週間前のあのワードで一杯だ。
「あーぁ。バレましたか。それにしても、舞台観に行ってるんですか??
超多忙の売れっ子なのに。」とユウがからかうと
「所詮、顔が出ない仕事だから
気づかれないし、行ってるぞ。勉強の為にな。」
「あっ。マサヤさんには、ちゃんと説明しときますね。
シオンくんって、超人気のスーツアクターなんですよ。」と、
ユウは、おもむろに店のタブレットを使って、何か検索し始めた。
スーツアクターといえば、特撮モノの変身後の演技をする役者の事だ。
「ほら、コレ。今オンエア中の変身ヒーローのレッド。これの、スーツアクターこの人なんですよ。」と、変身ヒーローの画像を見せられた。
「凄い人なんだな。俺なんて、全然だよ。」と俺がため息をつくと、
「俺からすると、マサヤさんの方が凄いですよ。演技の幅が広くて、演技力もあるし。
ブルーセカンドの舞台観に行きましたよ。
【運命の歯車】のマコト役めちゃくちゃ、良かったですよ。
勉強になりました。」と
さらりと、褒めることのできる辺り売れっ子なんだな。とか、考えてしまった。
「シオンくんの場合は、ブルーセカンドファンも、あるけど【Nebel】の作品好きですもんね。」と、笑ったユウを見て思い出した。
「…そうか。」と俺がポツリと呟いた。
「どうしたんですか、マサヤさん? Nebel ってどんな人なんですかね??」と、ユウが言うと
「【Nebel =ドイツ語の"霧"】って事と、【メディアの顔出しNG】の脚本・演出家って事位しか明かされてないしな。」と、シオンくんが続けた。
「マサヤさんとか、オーナーとかって、会ったことないんですか??Nebelに。」と、ユウが聞いてきた。
「演出つけて貰うときに、少しお会いしたけど、いい人だよ。」あまり稽古に顔を出してなかったし、帽子を被っていたのもあり、印象はそれ位しかない。
「どこの劇団の知り合いに聞いても、そんな感じなんですよね。
Nebelの印象って。」と、シオンくんは残念そうに言うと、
「おーい。マサヤ、キッチン手伝ってくれないか??」と、キッチンからオーナーに呼ばれ俺は、キッチンへ戻って行った。




