エチオピアのハゲは全身フサフサでした
まあとにかく、俺はこの真っ白な空間で、この妙に順応した人間たちと、絶妙で微妙なコンタクトを取っている。
「越前、あんた本当に若返ったんなら、たぶんお前は人間じゃないな。脳味噌の分子配列まで同じようにつくられた、人間もどきの可能性が高い」
俺がそういうと、越前はその短く細い脚でローキックしようとする。無駄無駄。
「おっさんもそうだ。あやしいぞ。この状況にパニックになってない。何でそんなに落ち着いてるんだ?」
「いや~、驚いてそこらじゅうに吐きまくってもいいことないでしょう。私は冷静さが売りですから」
「嘘コケ。あんた出会ったとき変な言葉ずっと喋ってたでしょうが!ウンババ~って」
そういうと、あれは~っと何やら言いにくそうに、富岳は自分のなくなった前髪を探すように目線を上に。上に。
「あやしくね?こいつのがあやしくね?」
「越前は黙ってて」
「あ?小娘が私を呼び捨てかぁ!?」
初対面で銃口を向けられてあらというもの、越前の藤崎に対しての対応は虫並である。
「まあまて。おっさんは怪しいが、お前も十分に怪しい。そこで、おれはこれを呼び出してみようと思う。キヤノンの赤外線カメラ!あと注射器寄こせ!!」
俺はそういって、壁の中から赤外線カメラと注射器を取り出す。
「これで今から全員丸裸にしてやる。まずはスキャン。あとは血液検査だ」
「てか何故にキヤノン製?」
「具体的なメーカー指定した方が成功するような気がしたな」
俺は手に持った赤外線カメラ(巨大)のスイッチらしき、赤いボタンを押しこみ、その機械的な赤と青に彩られたプレデターのような視点を起動させる。
ブ~ン。そんな音がしそうだ。しかし実際は無音そのもの。まず俺はカメラを藤崎に向ける。
「おお~」
これが暗視カメラで、藤崎の服が真っ白のワンピースなら、きっと楽しいことになっただろう。しかし実際は赤と黄色の、よくある人間らしいシルエットの人間のフォルム。体温にも異常はない。
「次は越前だ」
「おうよ。見たいだけみな」
越前の体にも異常はなさそうだった。見たままの小学生体形。中に大量のエイリアンが詰まっていたりはしなかった。
「じゃあまあ富岳さんも……」
俺は最後に富岳さんにカメラを向ける。すると、彼の体温は低いようで、前の二人ならば真っ赤になっていた、心臓に近い体の中心が、薄い黄色、ほとんど緑色だった。これが意味するところは……彼はひどい低血圧なのだ。
「ふーん、富岳さんって低体温なんですね」
「人のプライバシーをそうやって覗き込むのは感心しないな~」
彼は不愉快であるという、解り易に苦い表情と共に、やれやれとため息をつく。
「じゃあ、次は血液検査といきましょうか」
「血液って、血とってあんたに何がわかるっていうの?舐めてみたら味がわかるとか?」
「いや、まあ何となく。もし緑色の血液だったら宇宙人まるわかりかな~と」
「ばっかじゃないの……」
越前と藤崎はあきれ顔で俺を見る。そんな目で俺を見るな。そう言いたかったが、客観的に見てみれば、注射針が好きな人なマゾヒズム的人間はこの中には居ないらしく、見な注射器を持った俺を嫌な目で見るのだ。
「おいおい、君は正脈注射とかそういうの知ってるのかね?もしくは看護師の免許とか?」
「もってるわけないでしょ?」
「なら私がやる。採決の経験はないけど、注射はヒロポンで何回か使ったことあるし」
「ヒロポンって麻薬のことじゃ……!?」
藤崎がそういう間に、越前は素早く注射器セットを俺からもぎ取ると、藤崎の手をつかんで注射針を向ける。
「イッタい!!」
「ハイとれた。真っ赤な人間の血よ」
藤崎は注射針の先端で左腕を切り付けられ、真っ赤な血を流していた。
「考えれば別に注射器使わなくたって、こうやってちょこ~と切り傷作ってあげたらいいじゃない。で、次は?」
「いや、いい。自分でする」
俺は自分のナイフを取り出すと、非常に繊細なタッチでナイフの先端を左親指にあて、ゆっくりと少しだけ押し込み、真っ赤な血が一粒出てくるのを周囲に見せた。
「俺も人間だ」
「みたいね。あんたのそのとんでも能力的には、人間じゃないんだけど」
幼い体を持つ老婆めいた越前がそういうと、最後にはまたもや富岳さん。
「じゃあ富岳さんはどうします?私は自分でやるのをお勧めしますけど?」
「じゃあ……そうします」
富岳さんは俺からナイフを受け取ると、ゆっくりと自分の指に切り傷を付けた。
「ほら、私も人間です。人間ですとも」
そういって富岳さんは自分の傷ついた指を見せる。問題ない。真っ赤だ。
「な~に馬鹿なことやってんだか。映画好きもほどほどにしなさいよね」
「じゃあ越前は子の仕業が何処かの金持の道楽だとか、政府の陰謀だとか思うわけ?」
「藤崎ちゃん、あんたはどう思ってるか知らないけど、私はこの状況をそんなバカげた陰謀論で終わらせるつもりはないわよ?この事態はもっと上のクラスの問題だわ」
「なによそれ?」
「いんや、詳しくはわからんのだけど……」
そういって二人は黒幕談議に花を咲かせる。そこで、残された俺は富岳さんに近づき、壁から麦茶を取り出して一服しようとした。
「これでもどうぞ。まあお互い災難ですね」
「いや~まったく」
サラリーマン的会話を交わし、俺は麦茶の香りを楽しもうとする。すると、富岳さんはその麦茶を一気に飲み干した。
「残してきた妻子が心配でなりません……」
「妻子ね……」
俺には妻子はいるのだろうか……。そんなことを考えても仕方がない。記憶がないのだから。
俺は自分の事をあえて考えないようにしながら、青い顔になった富岳さんをみる。彼は先程切った指をなめながら、これからのことを考えているようだ。
「ぐふぅ……」
そういって彼は自分指から流れ出る血をなめている。思ったより深く切ってしまったのだろうか。そう俺が彼に大丈夫か聞こうとしたとき、富岳さんの口元から、一つ時の血液が垂れる。
「あ……緑色?……緑色!?」
富岳さんは俺がそういって初めて自分の口から垂れた緑色の粘液をふき取る。
「これは違うんだ!!」
彼は必死にそういって言い訳を始める。
しかし、彼の手からは緑色の血液らしきものが再び垂れて、それが足元の白い床を染める。緑色に……
「うっごくな!!」
越前は藤崎が壁に不用心にも重いからという理由で立てかけていた、小銃を掴むと、その体格に不釣り合いな長ものを構え、取り敢えず足へ照準を向けると、ためらいなく引き金を引いた。
「ギャアッ!!」
人間らしくない悲鳴。富岳さんの顔面に穴が開く。具体的には5.56ミリぐらい。越前はどうやら天性の殺し屋らしく。彼女本人が足を狙おうと手を狙おうと、銃弾はヘッドショットめがけて一直線らしい。
「キャアアア!!富岳さん!?」
頭がぶっ飛んで白目をむく富岳さん。もうこれは助からない。ここですかさず新しいサラリーマンを壁から出して、無かった事にはならないだろうか。
「富岳さんじゃないわよ。緑色の血液流す人間が何処にいるっての?」
「まあ、そうだけど……」
藤崎、納得するな。越前、トドメをさそうとするな。
「ころさないで……」
富岳さん、命乞い。白目をむきながら。何故生きているのかはきっと人間でないから。
「え、え~と。正体をアラワセ~!!」
俺は何ともこの人外が不憫になった。なぜなら、その人外は人外でも、苦しんでいるうえに抵抗の意思がないからだ。
もしもここで、ブリッジしながら体中から触手を伸ばし、取り敢えず越前を八つ裂きにでもすれば、おれはオープンファイアと叫びつつ、銃を乱射していただろうに。
「困った。驚かないで?ゆっくり脱ぎますから」
富岳さんはそういって、両手で自分の頭を引き抜いた。顔がぽろり。なぜそんなに簡単に外れるのか。
次に富岳さんはまるでスーツを脱ぐような手軽さで、自分の体から皮膚をすべて脱ぎ去る。スーツと一緒に。
「「キモ~い!」」
越前と藤崎が女子高生のような声を上げるが、富岳さん?はそのまますべて脱ぎ去って、生まれたままの姿?になった。
「本当にすいません。あの流で見せると殺そうとしたでしょ?」
「いや、素直に見せてくれてれば……無理か」
富岳さんの真の姿は、二足歩行に特化した熊のような体だった。しかし堅そうな体毛はクリーム色で、眼球は額に三つ目がある。体長は160センチほどだが、噛み付かれたら死ぬだろう。
「そんな目で見ないでください。私も列記とした地球人ですよ?」
「お前のような地球人がいるか!!」
越前は再び銃をかまえる。しかし今度は富岳さんは動じない。きっと彼の体に5.56ミリは効かないのだろう。
「私の一族は、代々地球で生活しています。いつからかは知りませんが。昔から」
「私たちの世界にはほかにもあなたみたいな宇宙人がいるっていうの?」
「ええ、他にも何種類か聞いたことがあります。まあ実際は数少ない身内と同族以外はあまり見ませんがね」
煙草いいですか?そういうジェスチャーをしながら、目の前の奇形のクマは、美味そうにマイセンを燻らせた。