1・雨音に描いて
その日は朝から雨が降っていた。
網戸にした窓の外からは、途切れることなく静かな雨音が続いている。
「なぁ、ハル」
「なに、リュウ」
「お前も少しは遊べよ」
「これが終わったら。最初からそう言ってるだろ」
祖母の家で与えられた一間に折りたたみ式のテーブルを持ち込んで、ハルは夏休みの宿題を片付けていた。
その傍らで、リュウは家から持ってきた携帯ゲーム機をつけて遊んでいる。
ハルも、リュウと同じゲームソフトを家から持ってきていた。
今、子どもたちの間では男女問わず流行している、モンスターとコミュニケーションを取りながら育成していくゲームだ。育てたモンスターは通信対戦で戦わせることができる。
「だいいち、リュウも宿題を持ってきてるはずじゃないか。終わらせたら遊ぶ、って最初に約束しただろ?」
ハルがノートやドリルを広げる向かいには、漫然と積まれたまま放置されたリュウの宿題がある。
「雨だから宿題を教えてくれ、って言ってきたのはリュウの方なのに」
「俺そんなこと言ったっけ? えーと、あれだよ、コジツケ、とかいう……」
「それを言うなら口実、だよ……まったくもう」
呆れたように呟くものの、最後にはハルもぷっ、と噴き出して、
「……仕方ないなぁ。でも、僕のモンスターに勝てると思うなよ?」
傍らのドラムバックに入れてあったゲーム機を取り出すと、電源をつけた。
リュウと過ごす日々は続く。
それは、今までハルが過ごしたどんなひとときよりも楽しくて、まるでそれ自体が輝いているかのような日常だった。
おそらくは、リュウもそう思ってくれているのだろう。たまには遠出して地元の友人と遊べばいいものの、彼は毎日ハルを誘いに家までやってくる。
(これが『親友』っていうものなのかな)
ときどき、ハルはそんなことを思った。
最近では、目線や、ちょっとした表情の変化で、リュウが何を考えているのか、なんとなく解ってしまうのだ。
空腹、退屈、好奇心――どれもちょっとしたことに過ぎないのだけれど、ハルにはそれが友情の証のように思えて、少しだけ嬉しかった。
八月の二週が過ぎれば、夏休みも徐々に終わりが見え始める。ほとんど終わらせたドリルや、色塗りも仕上げを残すのみとなった写生、読み始めた読書感想文用の本などが、ハルへ如実にそれを教えてくれていた。
夏休みが終われば、リュウとはお別れだ。
それは最初から解っていたことで、だからこその関係だったのだけれど。ハルはこの頃、ふとしたきっかけで思い描いてしまう。
――リュウと一緒に学校に行ければ、毎日が楽しいのだろうか。
二人で過ごした夏休みと同じように遊び、勉強をして、机を並べる。
ずっと、そんな日々が続く。続いてゆく。
「……ありえない」
夜、布団の中でいつものようにそんな夢想をしてみて、ハルは苦々しく呟いた。
そもそも、想像の中のハルは少年の姿をしている。現実の自分はまぎれもない女だ。
なら――女だ、と言ってしまえば、どうだろう。
リュウは驚くだろうか、怒るだろうか。ただひたすら頭を下げて「でも、最初に勘違いしたのはそっちだろう」なんて軽口を叩くハルを、仕方ない、と笑って許してくれるだろうか――。
「…………ありえない」
もう一度呟く。ハルはそのまま眠りに落ちた。