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光の庭、夏の夢幻  作者: xxx
序・一章
2/7

1・ハルとリュウ

 真夏の強烈な日差しは時として視界を暗闇に染める。

 目の前が暗転した瞬間、頬に冷たい感触を浴びて、ハルは思わず小さな悲鳴を上げていた。


「……リュウ!」


 叫ぶように名前を呼べば、小さく笑う声。徐々に回復する視界の中で、彼は得意気な笑顔を浮かべてハルを見つめている。


「ぼうっとしてるからだよ。目が覚めただろ?」


 そう言ってもう一度、彼は膝下まで浸かっている川の水を手のひらですくい、ハルの方へと飛ばした。


「ちょっ……冷たいよ、リュウ!」


 ハルは慌てて膝に乗せていた画板を抱き込むようにして庇った。夏休みの宿題のひとつである写生は下書きの真っ最中だ。水に濡れて駄目になってしまっては元も子もない。


「ハルも少しくらい涼めよ。せっかく川まで来たのに、足も漬けないなんてつまんねぇだろ」


 よく日焼けした足で水を掻き分けるようにして河原に上がると、リュウはハルの隣にあった大きな岩場に腰掛けた。


「へぇ……お前、絵うまいのな」

「そんなことない、普通だよ」

「馬鹿言え。俺こんなに細かく描けねえっての」


 感心したように覗き込むリュウの視線を避けるように、ハルは彼と反対側に顔を向ける。


「……あ」


 ハルの声がわずかばかり高くなった。視線の先、川の中では小さな魚が尾びれを震わせ、優雅に泳いでいる。日差しにきらめく背中は銀地に黒のぶちだ。外敵から身を守るためには川底の小石のように擬態しなければいけない。授業で習ったことがある。

 ハルの見ているものに気付いたリュウは、おもむろに岩場から降りた。


「……ほら」


 そして、泳いでいた魚を素早く掴むと、それをハルの目の前に持ってくる。


「描きたいんだろ。なら、近くで見た方がいい。でも、すぐに放すぞ。死んだら可哀想だからな」


 突然の行為にハルは戸惑い、言葉を失っていたが――やがて。


「あ、ありがとう……」


 勢いよく体をばたつかせる魚を観察し始めたハルに、リュウは満足そうに笑った。



 リュウはすぐに魚を川の中に戻した。

 水の中に戻った魚は何事もなかったかのように尾びれを揺らし、川の流れを気にする風もなくその場に留まる。その隙にリュウは石を積み上げて、即席のダムを作り上げた。


「ほら、これで描きやすくなった。終わったら石を崩してやれよ」

「うん、ありがとう、リュウ」


 ハルははにかむように笑うと、画板の上に置かれた画用紙へと鉛筆を滑らせた。


「それにしても、あっちぃなぁ……」


 川べりの石に座ると、リュウは水の中に足を浸す。それから黙々と写生に励んでいるハルへと視線を向け、


「……よくそんな格好してられるな、お前」


 と、呆れたように言った。


「肌が弱いんだよ。日差しを浴びると真っ赤になる」


 ハルは苦笑する。長袖のシャツは白地に紫のラグランスリーブで、下は淡い色のジーンズだ。足元は黒いキャンバススニーカー。頭には麦藁帽子を被っている。


「仕方ないとはいえ、さすがに今日みたいな日は厳しいね」


 ハルはタオルで顔に浮かぶ汗を拭う。

 朝一番に見た天気予報は、この夏一番の暑さをしきりに強調していた。その時点で連日の暑さの極みを垣間見てうんざりしていたのだが、それでもこうして外に出てしまったのは理由があるからだ。


 膝まで川に浸かり、うだるような暑さからひとときの涼を求めるリュウ。彼の誘いを、ハルは断ることができない。

 夏休みに入ってすぐ、ハルはこの小さな町、母方の祖母の田舎にたった一人で放り込まれた。

 そして出会った、たった一人の友人――それが、リュウだったのだ。

 電信柱にくくりつけられたサイレンが遠く近く鳴り響き、小さな町に正午を知らせる。


「お、昼だ。帰ろうぜ、ハル」


 リュウは川から上がると、河原に置いてあったナップザックの中からタオルを取り出して濡れた足や汗を拭いた。

 ハルも筆記用具を傍らに置いたメッセンジャーバッグにしまい込む。画板を抱えて立ち上がると、リュウと共に川沿いの道路に続く坂道を登った。


「じゃ、昼食ったらまたここに集合な」

「うん、わかった」


 顔を見合わせてうなずくと、二人はそれぞれ反対方向へと歩き出した。


「……」


 気付かれないように振り向く。リュウの姿がゆるやかなカーブの先に消えて見えなくなると、ハルはそっと重たげな息を吐き出した。

 過ぎる時間が楽しくて、楽しくて――少しだけ、憂鬱だった。

 会話のほとんどない祖母の家に戻り、無言で昼食を食べることもそうなのだが、理由はそれだけではない。


 ――たった一人の友人に、ハルは重大な隠し事をしている。

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